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「面白かったね!」

「ああ、子供向けかと思ったら、結構面白くて驚いた」

明彦を誘って映画を観た帰り、麗ははしゃいでいた。

今回はいつも明彦に連れて行ってもらっていた高級なシートがある映画館ではなく、ショッピングモールについている映画館で普通のシートだ。

毎年、新作映画公開の時期に二、三年前くらいの旧作映画をテレビ放送してくれるので、それを待っているのだが、今年は明彦を誘ったのだ。

明彦は、主人公が体は子供、頭脳は大人であることは知っていたものの視聴は初めてだそうだ。

麗には、テレビっ子以前に日本人として信じられない話である。人気のエピソードだけ先に見せてみようか。

映画終わりで一斉に出ていく人が多く、麗は自分から明彦の手を握った。

すると、ぎゅっと握り返してくれた。

誰でもするようなありきたりなデート。

フードコートでご飯食べて、映画を見て、帰る。

洗練された明彦には欠片も相応しくない。だが、最近のデートはもっぱらこんな感じだ。

麗が割り勘できる範囲だから。

それでも明彦は文句一つ言わず、付き合ってくれる。

「そろそろ帰るか」

「うーん、そうだね」

「麗?」

歯切れの悪い返事に明彦が顔をのぞき込んできた。

明彦とお付き合いをし直すことになってから半年のときがすぎた。

「まだ帰りたくないかなー」

「ん? 居酒屋かバーかボウリングにでも行くか?」

「ばーか、ばーか」

「ええ?」

麗の突然の暴言に明彦が困った顔を作っている。だが、意図するところはわかっており、言わせたいだけだ。

その証拠に目の奥が輝いている。

この男は結構わかりやすい。麗がこれまでわかっていなかっただけ。

麗は明彦の腕に空いている方の手を絡め、頭を乗せて囁いた。

「今夜は帰りたくないな」

「っ!」

言わせたくせに明彦は顔を真っ赤にし、隠すように手で覆った。




明彦の車に乗り込むと、カーナビがついて、テレビが映った。

画面の向こう側で、姉が工場を紹介している。その姿は、いつもの通り美しいのに、どこか疲れて見えた。

佐橋児童衣料はV字回復中で、きっと忙しいからだろう。

映像を見ていると静かに明彦が口火を切った。

「行く場所が本当に俺の元で良いのか?」

隣で明彦が麗の中の真実を探るように見てきたので、見つめ返した。

「姉さんの元に行かなくていいのか、って聞きたいの?」

「そうだ。麗を手に入れるために、麗にも言えないようなことをしてきた俺の元で本当に良いのか?」

「そうだね、明彦さんはきっと、今みたいに私が偶然、姉さんの映像を見るような真似をしてきたんだろうね」

麗を試しているのだ。疲れた顔をしている姉の映像を見た瞬間、姉の元に舞い戻ろうとしないか。

「それ以上のことも」

馬鹿な男だ。黙っていればいいものを。

それともそういうところを含めて愛されたいのか。

業が深い。

「明彦さんの思い通りにならない私はやっぱり愛せない? だから、試したの?」

「どんな麗でも、愛してる。本当だ」

抱き寄せてくる腕の中に麗は素直に入った。

「麗音の元に帰りたいのなら、帰っていいと伝えたかっただけだ。だから、映像を見せた。麗音だけを一途に愛する麗のことだって愛してみせる。邪魔はしない、よっぽどのことがない限りは」

よっぽどのこと。つまりまた麗が姉のために自分を売るような真似をしようとすることだろう。

「帰らないよ、帰れないし、帰りたくない」

麗はカーナビに映る姉の姿を振り払うため、カーナビを切った。

静寂な空間。二人だけの時間。

「そりゃあ、明彦さんにはむかつくこともあるし、劣等感もビシビシ感じるし、しんどいこともある」

それでも、この人を選んびたい、自分で。

押し付けられたわけではなく。

「……すまない」

「でも、それでいいの。明彦さんも姉さんのこととかで私にはむかついてきたわけじゃん? だから、おあいこ」

明彦が小さく頷いた。

「腹が立つことがあったら、私はもう遠慮しない。だから明彦さんも遠慮しなくていい。喧嘩しよ、対等に」

「麗は口げんかで俺に勝てるのか?」

「はい、むかつく」

麗は明彦の脇腹を拳で軽く小突いた。こんなこと一度もしたことがなかった。

いつも遠慮して生きてきた。

だが、それも終わりだ。

麗は自活するようになって、ようやく愛人の娘として生まれてきた自分を許せた。

生まれなんか自分でどうしょうもないものを恥じたって、無意味だ。

どうせ恥の多い人生なら、自分でしてしまったことやしなかったことで恥じなければ。

というよりそもそも、自罰的に生きることをやめなければ。

欲しいものは欲しいと口に出して、手に入れるために努力すべきだ。

「私が卒業したら、結婚してください。もう、してるけど」

「待て! 今のはプロポーズか、プロポーズなのか!?」

明彦が驚きすぎて目を見開いている。

珍しい表情だ。

「そう、明彦さんはついぞしてくれなかったから、私からしたの」

ふふふと、笑うと明彦が麗の両腕を掴んで距離をとってきた。

「麗と結婚する。もうしてるが、俺は麗しか愛せない」

「うん」

「プロポーズは改めてちゃんとする。麗が卒業したときに」

今麗がプロポーズしたのだからもういいだろうと思ったが、プロポーズをされてみたい気持ちもあり、口に出さなかった。

「わかった」

すると、明彦が安堵したように微笑んだ。

そうして、再び引き寄せられ、耳元で囁かれる。

「今夜はまだ、恋人として過ごそうな」

麗は返事の代わりに、口づけを持つためそっと目を閉じたのだった。



【おわり】



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