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新学期が始まり、いよいよ本格的に卒研や院進に向けての準備が始まり、忙しい毎日を過ごしている今日この頃。
そんな中、朝のこの時間は僕にとって特別な癒しで、今日も元貴の体温を感じながら目を覚ました。
カーテンの隙間から漏れている柔らかな朝の日差しが、元貴の長い睫毛を淡く照らしている。
夢でも見ているのか、時折瞼の下で視線が揺れ、睫毛がふるふると小さく震える。
少しだけ開いた、柔らかそうな唇にそっと指先を触れさせてみる。
すると、きゅっと口角が持ち上がって――それが可愛くて、僕は思わず小さく笑ってしまった。
(…やっぱり、癒されるなぁ。)
そう心の中で呟きながら、僕はそのまま元貴の寝顔に頬を寄せる。
どんなに忙しい日々でも、この穏やかな朝があるから、僕はまた今日も頑張れるんだ――。
pipipipipi
ウトウトとしてきた頃に、僕のスマホが朝を告げる。
目を閉じたまま手探りでスマホの画面をタップすると、すぐ隣で元貴の眠そうな『おはよう。』の声が聞こえてきた。
「おはよ〜。」
「おはよ。」
僕が返すと、反対側から若井の声も混ざってくる。
三人で暮らし始めてから、当たり前になった朝の挨拶。
それが今では、こうして同じ布団の中で、同じ声を聞き合えることが、なんだかまだ夢みたいで。
(…忙しい日々でも、この時間があるから大丈夫。)
そんな風に思いながら、僕は愛しい温もりに包まれたまま、もう少しだけ布団の中に甘えていた。
・・・
「ん?元貴どうしたの〜?」
いつも通り、卵を割って朝ご飯の準備をしていたら、顔を洗ってきたのか、前髪を濡らした元貴がトコトコと近付いてきた。
「お手伝いする。」
そう言うと、食パンの袋を開けて三枚取り出し、眠たそうな目をしょぼしょぼさせながらトースターに並べていく。
「ありがと〜。」
まだ寝ぼけてるのに一生懸命な様子が可愛くて、思わず笑みがこぼれた。
そんなぼくの視線に気付いてるかは分からないけど、元貴はむにゃっと小さくあくびをした。
そこへ、同じく前髪が濡れた若井がキッチンに入ってくる。
「おれもやるー。」
言いながらマグカップを3つ並べ、棚からインスタントスープの箱を取り出した。
「二人とも、何の気分ー?」
袋をひらひら見せながら訊ねる若井に、僕と元貴は顔を見合わせる。
「僕は、コーンスープにしますっ。」
「ぼく、わかめのやつ。」
「おけ。おれはオニオンにしよーっと。」
若井はうんうんと頷きながらケトルをセットし、それぞれのマグカップにスープの粉を入れていく。
キッチンに広がっていくスープの香りと、トースターから漂ってくるパンの匂い。
こうして三人で少しずつ朝ご飯を作ってるだけなのに、胸の奥がじんわりあたたかくなった。
「「「いただきまーす!」」」
いつも通り三人揃って手を合わせていく。
「ん〜、あったかい……」
元貴がスープをすすると、ほっとした顔になった。
その頬がほんのり赤く染まっていて、まだ少し寝起きみたいで可愛い。
「パン焦げてない?俺が取り出してなかったら絶対真っ黒になってたし。」
若井がバターを塗りながら、横目で元貴を見て笑う。
「…うるさいっ。」
「大丈夫だよ、ちょうどいい焼き色じゃない〜?」
僕は一口かじって、カリッとした食感を確かめた。
少しバターが溶けて、口いっぱいに香ばしさが広がる。
「なんかさ、三人で食べるとそれだけで美味しいよね。」
若井が、ぽつりと呟いた。
僕と元貴は、思わず顔を見合わせて笑う。
テーブルの上には、特別な料理が並んでいるわけじゃない。
…相変わらず僕が作るスクランブルエッグも不恰好だし。
だけど、この朝の光景が、とても大切なものに思えた。
・・・
一限から講義がある元貴と若井をお見送りして、少しだけのんびりする。
黄色いマグカップにお気に入りの紅茶を注ぎ、1人掛けのソファーに小さくなって座り、リビングを見渡してみる。
大きい方のソファーの端にちょこんと置かれている、学祭の時に若井が取ったくまさんのぬいぐるみ。
ソファーの向こう側には三組の畳まれた布団。
更にその向こうにある棚に飾られている緑の縁の写真立て。
ダイニングには元貴が脱いだ部屋着がなぜか椅子に掛けられていて、キッチンカウンターには赤と青のマグカップが揃えて並べられている。
ぼんやりと視線を巡らせながら、思わず小さく笑みがこぼれる。
4月の終わり、去年の今頃は、こんな景色、自分の中に想像もしていなかった。
静かで、でもどこか賑やかさの残るリビング。
たったひとりで紅茶をすする時間でさえ、今は『三人で暮らしている』実感に満ちている。
カップの縁から立ちのぼる湯気を見つめながら、胸の奥がじんわり温かくなった。
今日も帰ってくれば、あの二人が『ただいま』って声を揃えてくれる。
それだけで、なんだか少し頑張れそうな気がした。
「さっ、僕も行こっかなぁ。」
時計を見ると、まだ家を出るには少し早いけど、僕は大学に行く支度をした。
玄関で靴を履きながら、さっきまで二人がバタバタしていた姿を思い出す。
ちょっとおかしくて、ちょっと愛しくて。
ドアを開けると、春の匂いがふわりと頬を撫でた。
小さく深呼吸をして、『いってきます』と手を合わせた。
帰る頃には、あのリビングにまた三人で集まれる。
その事が何より楽しみで、僕の足取りは自然と軽くなっていた。
・・・
夕暮れの中、一人歩く帰り道。
(疲れたなぁ…)
と心の中で呟いた。
今日は、やる事が多すぎてお昼休憩もろくに取る事が出来なかった。
いつもは食堂で三人で食べるのに、それが出来ず、二人とは朝、玄関で見送ったきり。
…僕ってこんなに寂しがり屋だったっけ?
…元貴の寂しがり屋が移ったのかな?
そう思って苦笑しながらも、早く二人に会いたくて、自然と足は少しずつ速くなっていった。
角を曲がると、窓からこぼれる明かりが見える。
その瞬間、胸の奥がふっと温かくなった。
あの中に二人がいると思うだけで、今日一日の疲れがすっと溶けていく気がした。
「ただいま〜。」
玄関の鍵を開けた瞬間、ふわっと漂ってきたのは、食欲をくすぐるいい香り。
「おかえりー!」
キッチンからひょこっと元貴が顔を出す。
その瞬間、グゥ〜とお腹が鳴ってしまい、思わず頬が熱くなった。
「ふふっ、ちょうどいいタイミングだねっ。」
元貴は小さく笑ってまたキッチンへ引っ込む。
靴を脱いで後を追うと、今度は若井が『おかえり』と、フライパンを振りながら声をかけてくれた。
ジュージューと美味しそうな音と一緒に、油の香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっている。
「あとちょっとで出来るから、座って待ってて。」
若井の声に頷いて、持ってたリュックは椅子の背もたれに掛けて、そのまま椅子にそっと座った。
「涼ちゃんは大盛りー?」
若井の隣でどんぶりにご飯を盛りつけていた元貴が大きな声で聞いてくる。
「うん!お願いしま〜すっ。」
僕もそう、大きな声で返すと、『おけ!』と返ってきた。
ほどなくして、『お待たせー!』と、ほかほかと湯気の立つどんぶりが三つテーブルに並び、最後に若井が運んできたスープも加わる。
全員そろったところで、自然と声が揃った。
「「「いただきまーす!!!」」」
「わぁ、めちゃくちゃ美味しそう!」
箸を手にした僕は、目の前の丼を見て思わず声を上げた。
「涼ちゃんの好きなきのこが沢山入ったスタミナ丼です!」
「作ったのはおれなんだけど?!なんで元貴がドヤ顔するんだよっ。」
若井がツッコミをいれると、元貴は『えへへ』と舌を出して肩をすくめた。
僕はそのやり取りを見て、思わず笑ってしまう。
「でも、二人で準備してくれたんでしょ?ありがとぉ。」
そう言いながら箸を取って、丼からひと口。
じゅわっと広がる旨みに、頬が自然とゆるむ。
「…ん、すっごく美味しい!」
口にした瞬間、若井と元貴が同時にこちらを見て、同じように目を細めて笑った。
その顔を見ただけで、心がとっても満たされた気がした。
・・・
「お風呂上がったよお。」
「じゃ、次おれ入ってくるねー。」
「は〜い。」
元貴と入れ替わるように若井がお風呂に向かい、リビングには元貴と二人きり。
美味しかった手作りの夕飯に、お腹も心も満たされ、幸せいっぱいでソファーに座って寛いでると――
「涼ちゃん、肩揉んであげるっ。」
元貴がひょいと背後に回り、ぽん、と僕の肩に手を置いた。
「えっ、いいの〜?」
「うん!涼ちゃん最近忙しそうだから、今日は特別ねえ。」
「やったぁ。お願いしま〜す。 」
ちょうどいい強さで指が押し込まれて、思わず声が漏れそうになる。
その心地よさに目を閉じたまま、ふと思い出したように口を開いた。
「…あ、てか、だからご飯も作ってくれたの〜?」
「うん。若井が“涼ちゃんの好きそうなやつ作ろ”って言ってくれてさ。」
「そっかぁ…。じゃあ、あとでまたお礼言わないとねぇ。」
『え、もう何回もありがとうって聞いたよ?』と元貴が面白そうに笑う。
僕が『え?そうだっけ?』と返すと、『ご飯食べる度に、“すっごく美味しい!二人ともありがとう〜”って言ってたじゃん。』と言われ、さらに笑われた。
「ほんとに〜?めちゃくちゃ無意識だったなぁ。でも、ほんとにありがとね。マッサージも気持ち良かった〜。」
「もういいの?」
「うん。それに、元貴も疲れちゃうでしょ。」
そう言って、肩を揉んでくれていた手をぽんぽんと叩いた。
すると、元貴は少し不満そうに口を尖らせた。
「えぇー。もっとなんかしてあげたい! 」
その子供っぽい顔が可愛くて、思わず笑顔が溢れる。
僕は少しだけ考えてから、ふっと思いついたように言った。
「じゃあ…元貴にしか出来ない事、お願いしていい?」
「えっ!なに?!いいよ!」
ぱあっと表情を輝かせた元貴が、嬉しそうに身を乗り出してくる。
その仕草すら愛しくて、くすくす笑うと、僕は少しだけ意地悪な顔をして“お願い”を口にした。
「元貴からキスして欲しいな〜。」
僕の言葉に、元貴は一瞬で顔を真っ赤にして固まる。
「え、そ、それは……っ」
慌てて後ずさろうとする元貴の手を、僕は逃げられないように掴んで、まっすぐ目を見つめた。
「いいよって言ったよね〜?」
わざと甘えるように囁くと、元貴は耳まで真っ赤にしながら、困ったように、それでも少しずつ顔を近づけてきた。
「…目、閉じてっ。」
「ふふっ、は〜い。」
「…ちゃんと閉じてる?」
「閉じてるよ。」
「…この指、何本に見える?」
「目、閉じてるから見えないよ。」
「…..うぅ。」
ちゅっ。
それは、ほんの一瞬。
軽く触れるだけのキス。
「ふふっ。目、開けていい?」
ゆっくり瞼を開けると、すぐ目の前に、真っ赤な顔で俯く元貴がいた。
照れくさそうに唇を押さえる仕草が、あまりにも可愛くて胸がきゅっとなる。
「ありがと。すごく嬉しかった。」
素直にそう告げると、元貴はますます耳まで真っ赤にして、ぷいっと視線を逸らした。
そんな元貴の頬を両手で挟み、無理矢理こちらを向かせると、よほど恥ずかしかったのか、目を潤ませてる元貴と目が合った。
「…その顔は反則でしょ。」
僕はそう呟くと、そのまま元貴に顔を近付ける。
キスされると思ったのか、元貴の目がぎゅっと閉じられた。
その様子が可愛くて、くすっと小さく笑うと、赤く潤んで美味しそうなそのアヒル口をぺろっと舐めてみる。
「…ふぇぇっ?!」
すると、元貴から聞いた事のない声が漏れたので、僕は声を上げて笑ってしまった。
「あははっ。もぉ、元貴ってなんでそんな可愛いの〜?」
「…ぇ、あ…え?!…な、舐めっ… 」
「うん。なんかとっても美味しそうだったから。ご馳走様ぁ。」
戸惑っている元貴にそう言って、少し悪戯っぽく笑うと、元々赤くなってた顔が更に赤くなった。
「……っ、からかわないでよ……!」
潤んだ瞳のまま抗議するように睨んでくる元貴。
「えー?からかってなんかないよ。だって本当に可愛いんだもん。」
わざと真剣な声でそう告げると、元貴の喉が小さく震えた。
「……そ、そんなこと……」
言葉の続きをごまかすように口をつぐんだ元貴の唇に、今度は僕から軽くキスを落とす。
「……っ……」
目をぎゅっと閉じて受け止めるその姿が愛おしくて、僕は唇を離さないまま、何度も啄むようにキスを繰り返した。
「……んっ……」
唇を離すと、元貴はぽーっとした顔で僕を見つめてきた。
その様子があまりに無防備で、思わずにやりと笑ってしまう。
「……な、なに……?」
「いやぁ…元貴、ほんとキス下手だなぁ〜って。」
「っ、なっ……!?」
僕の言葉に、元貴は一瞬で顔を真っ赤にして、慌てて僕の胸をぽかぽか叩き始めた。
でも力なんて全然入ってなくて、むしろくすぐったい。
「あははっ。可愛いなぁ〜。」
「か、可愛いとか言うなぁ……!」
「だってさぁ、必死に目閉じて、唇ぎゅって固くして…もう、食べちゃいたいくらい。」
「……っ!!」
元貴は耳まで真っ赤にしながら、結局僕の首元に顔を埋めて黙り込んでしまった。
そんな姿がまたたまらなく愛おしくて、僕は頭を撫でながら、そっと耳元に囁く。
「…でもね、そういう不器用なところも、全部好きだよ。」
びくっと肩を震わせた元貴は、何も言えないまま、ぎゅっと僕のシャツを握りしめていた。
・・・
「お風呂上がったよー。」
数分後。
髪の毛をガシガシと拭きながら、若井がリビングに戻ってきた。
僕はというと、一人掛けのソファーから大きい方のソファーに元貴と一緒に移動して、甘えるように僕の胸に頬を寄せる元貴をぎゅうっと抱きしめていたのだけど…
「…え。元貴、寝てる?」
「うん、寝ちゃった。」
若井は小さく笑い、そっと元貴の隣に腰を下ろす。
「お願いしていい?」
「うん。元貴、こっちおいで。」
僕は身体を少し傾けて、元貴を若井へとゆっくり渡す。
「…んんぅ…..」
寝ぼけた声を漏らしながらも、元貴はするりと若井の胸元へと身を預け、また安心したようにスヤスヤと寝始めた。
長い睫毛がときおり微かに震えて、子どもみたいに指先をぎゅっと丸めている。
「…反則級じゃない?これ。」
思わず若井が苦笑まじりにぽつり。
僕も、頷いて髪を撫でる。
「ずるいくらい安心しきってる顔してるよね。」
二人でこっそり見守りながら、なんだか自分まであったかくなる。
こうやって無防備に寝てくれるのが、少し誇らしくて嬉しくて。
気づけば僕と若井、目が合って――同時にくすっと笑った。
「ねぇ、どうしよぉ。可愛すぎてお風呂行けない。」
「気持ちは分かる。」
「あ、そうだ。ご飯作ってくれてありがとね。ほんとにすっごく美味しかったぁ。」
「それ、もう何回も聞いたって。」
「あはっ。元貴にも言われた〜。」
僕らの間に流れる静かな笑みが、今夜のリビングをいっそう柔らかく包み込んでいった…