テラーノベル
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しばらく歩くと、真っ赤な林檎が並ぶ露店が目に入った。つやつやとした透明な蜜をまとい、陽の光をきらきらと反射している。
「あれは?」
「蜜がけ林檎ですわ」
「うまいのか?」
「甘いものがお好きなら」
「では、二つくれ」
「あいよ!」
店のおばちゃんが、蜜がけ林檎を二つ差し出しながら、私たちを見比べた。
「いやぁ、お似合いの二人だねぇ」
「え?」
「明日の建国祭もデートかい?」
「いえ、私たちはそういう仲では――」
言いかけて、言葉が止まった。
(……あれ?)
(一応、夫婦なのよね)
(でも政略結婚だし……恋人かと言われると、何か違うような……)
(私たちの関係って、結局なんなの?)
「ああ」
「でん……カイ!?」
危ない!また殿下って呼びかけた!
おばちゃんは気づいた様子もなく、にこにこと続けた。
「なら、明日の最後の花火は一緒に見るといいよ」
「花火?」
「知らないのかい? 建国祭の最後の花火を一緒に見た恋人は、ずっと一緒にいられるって言われてるのさ」
「ずっと一緒に……」
思わず呟く。
「見るぞ」
「……え?」
「明日の花火だ」
瞳が、真っ直ぐ私を捉えた。
「俺は、お前と見たい」
「…………っ」
ドクンッ。心臓が跳ねた。
(何でそんな殺し文句を真顔で言えるわけ!?)
「か、考えておきますわ!」
熱くなった顔を隠すように、くるりと背を向ける。
「もう行きますわよ!」
「待て」
「何です――」
ぎゅっ。
「……え?」
突然、手を握られた。大きな手のひらが、私の手をすっぽり包み込んでいる。
「人が多い。はぐれるだろう」
「子どもじゃありませんわよ!」
「知っている」
でも、手を離そうとしない。
「…………」
(な、何よこれ)
もっと恥ずかしいことなんて、とっくにしている。なのに――。
(どうして手をつないでるだけで、こんなに心臓がうるさいのよ!?)
そのとき。人波が一気に押し寄せてきた。
「きゃっ」
思わず手が離れかける。
「危ない」
ぎゅっ。
「…………っ!?」
今度は、指と指がしっかり絡められた。
「これなら離れない」
(これ……完全に恋人つなぎじゃないのよ!?)
「ソフィ?」
「ま、前を見て歩いてくださいませ!!」
カイル殿下は不思議そうな顔をした。けれど、結局その手を一度も離そうとはしなかった。
***
夕暮れ時。街灯が一つ、また一つと灯り始めた頃。カイル殿下が、時計店の前で立ち止まった。
「ここだ」
店内には、大小さまざまな時計が並んでいる。宝石を散りばめた華やかなものもあれば、シンプルで実用的なものもあった。けれどカイル殿下は商品を見て回ることもなく、まっすぐ店主のもとへ向かう。
「先日頼んでおいたものを」
「かしこまりました」
「……先日?」
思わずカイル殿下を見る。
(デートの返事もしてない段階から、準備してたってこと?)
店主が奥から、小さな箱を持ってくる。箱を開けると──
「……懐中時計?」
中に収められていたのは、手のひらに収まるシンプルな銀の懐中時計だった。
「お前に」
「……私に?」
「ああ」
余計な装飾はほとんどない。けれど、だからこそ毎日使いやすそうだった。
「……どうして、これを?」
「小さな置き時計を持ち歩いていただろう。懐中時計の方が便利だと思った」
(……そんなところまで、見てたんだ)
胸の奥が、温かくなった。
ふと、以前のことを思い出した。青い薔薇の花束を部屋の前へ置いて。温室ごと私へ贈ろうとしていたカイル殿下。
(あのときも、私を喜ばせようとしてくれていた)
そして今回は――。
(ちゃんと普段の私を見て、選んでくれたんだ……)
「裏を見てみろ」
「?」
言われるまま時計を裏返す。
「あ……」
裏蓋には、繊細な飾り文字が刻まれていた。
『Sofia Selene Ordis』
「……私の名前」
「ああ。頼んでおいた」
さらに裏蓋を開くと、内側には小さな琥珀色のトパーズが一粒、埋め込まれていた。
「これは……?」
「護身石。護り石だ」
「護り石?」
「皇族が伴侶へ贈る品には、贈り主の魔力を込めた宝石を入れる習わしがある」
「……あなたの魔力ですの?」
「ああ。大した力ではないが、多少の護身にはなる」
指先で、銀の蓋をそっと撫でる。
そのとき。ふと、考えてしまった。
(……私が皇宮からいなくなったあとも)
いつか、この人はまた誰かのことを想って、こんなふうに贈り物を選んだり、手をつないで歩いたりするのだろうか。ゲームのシナリオ通りなら――。
(……シェリーと、こんなふうにデートするのかしら)
ずきっ。
「……っ」
胸の奥が、小さく痛んだ。
(……何よ、今の)
離婚して、逃げて。自由な第二の人生を手に入れる。それが私の目的のはずなのに。
(そのあとのカイル殿下が誰と一緒にいようが、私には関係ないでしょう?)
なのに。想像しただけで、少しだけ胸が苦しい。
「ソフィ?」
「……!」
顔を上げる。
「どうした? 気に入らなかったのなら、別のものを――」
「違いますわ!」
私は銀の懐中時計を、胸元へぎゅっと抱き寄せた。
「ありがとうございます。カイ」
「……っ!」
「すごく、嬉しいです」
カイル殿下が一瞬目を見開く。そして――笑った。今日一番の笑顔だった。
(自分からねだった1000万ルクのエメラルドより――)
(こっちの方が、ずっと嬉しいなんて)
(……こんな時間も)
(たまには、悪くないかもね)
――このときまでは。今日のデートは、完璧だったのだ。
コメント
1件
わあ、もう第42話なんですね!今回はもう、反則級の破壊力でした…! 蜜がけ林檎の屋台のおばちゃんに「お似合いの二人」って言われた後のソフィの戸惑いが可愛くて、でもその後に待ってる恋人つなぎがズルすぎますよ! 「これなら離れない」って真顔で言うカイル殿下、反則です(笑) それと懐中時計のプレゼント…「ちゃんと普段の私を見て、選んでくれた」っていうソフィの気づきがじんわり沁みました。1000万ルクのエメラルドより嬉しいって、もう完全に恋してますよね☺️ 続き、すごく気になります!
ひより
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#ロマンスファンタジー
百はな🍑
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世羅 鈴🎨🎤
272,863
#主人公最強
伊織
41