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混血SFD詐欺師編

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混血SFD詐欺師編

4 - 3章 薄く鮮やかなプライド

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2025年06月01日

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ヨウと清水と周渊(シュウ・エン)の3人は中国の南京(なんきん)市にいた。南京にはシュウの知り合いが多いらしく、今はシュウの知り合いの別荘を使わせてもらっている。

そして、清水はヨウの命令で何故か絵を描かされていた。

シュウが清水の肩越しに絵を覗き込む。

「日本人は器用だって聞いたけど、清水くんヘッタクソじゃん」

ソファに座ってスマホを触っていたヨウも、清水の絵を見るなり残念そうに微苦笑する。

「うーん。これじゃ買ってくれる人はいないだろうね」

「なんで清水くんに絵なんか描かせてるの?」

「贋作を作らせようかと思ってね。でも、タオズーの画力じゃ無理だ!」

「悪かったな不器用でっ!」

清水は声を荒げヨウを睨む。ヨウは馬鹿にするようににやにやと笑っていた。

「贋作って…そんな物作ってどうするの。どっかに売るの?」

シュウの問いに、ヨウはスマホの画面を見せた。画面には男の顔写真が表示されている。

「今回のターゲット、絵画コレクター李墨生 (リー・モーシェン)。彼にとある画家の贋作を買わせようと思ってるんだ」

ヨウに説明された計画はこうだ。

落札した絵画の贋作を作り、高値で出品して稼いでいる李墨生。 ヨウは彼に近づき、正体不明の画家として知られている〈ノヴァ〉の失われた絵画、日本語で「青の楽園」と呼ばれている絵を出品する事を李墨生に伝える。

シュウは得意な情報収集を指示され、清水は李墨生が高値で入札するように行動し、彼が破産寸前になるまで追い込むよう指示された。

大雑把な計画に、清水は1つ不満な点があった。

「その内容だと、俺がオークションに参加する事になるんじゃないのか?」

ヨウは目だけを動かしこちらを見る。

「なにか気に食わない所があるのかい?」

「気に食わないというか、俺はオークションに参加した事も無いし会場に行ったことすらない。そんなんで上手くいく気がしない」

清水の言葉に、ヨウは馬鹿にするように目を細めてくすくすと忍び笑いを漏らした。

清水は眉を顰める。

「何が可笑しいんだよ」

「やっぱりタオズーオークションに参加した事なかったか!ふふふ。変われるなら俺は全然役交代していいけど、タオズー中国語喋れないじゃん」

人を嘲る時だけ嬉しそうに笑うヨウを見て、清水は呆れ半分怒り半分でヨウを睨みつける。

シュウの方に目をやると、彼女は知らないふりして目を逸らし、口元に手を当て隠しているが笑っているのがバレバレだった。

清水は完全に2人のおもちゃにされていた。

「まぁ新しい事をやるのは楽しいと思うよ。それに、タオズーの苦手な心理戦の練習になる」

文句を言ってやろうかと思ったがやめた。言ったところで、ヨウはいつもの不愉快な笑みを浮かべるだけだからだ。


ヨウはオークション会場の展示スペースにいた。開始日の2週間前だが、展示スペースには出品される絵画が2、3個並べられていた。

不審に思われない程度に辺りを見渡す。

予想通り、彼はそこにいた。

ヨウは目的の人物の元へ歩み寄る。

「誰かと思ったら、李先生ではありませんか!」

「誰だね君は」

李墨生は温和な顔で対応する。しかし圧のある顔だった。

「私は姚励兴(ヨウ・リーシン)と申します。よく絵画をここで出品していましてね。 実は次のオークションで、あの失われた青の楽園を出品しようかと思いまして」

青の楽園という言葉に李墨生は驚き興味を示したようにこちらの目をジッと見つめる。光を反射させない、ヨウとは真反対の黒い瞳だった。

「青の楽園?まさかとは思うが、あのノヴァの青の楽園か?」

「えぇ、そのノヴァですよ」

ヨウは微笑んで見せる。変わらず李墨生は見定めるようにこちらを見つめる。

「中国語でよく分かりませんが、ノヴァの絵画がどーのこーのって話してませんでしたか?」

緊張感のある空気を無視して、派手な髪色の男が2人の間に 割り込む。

清水だった。

「何の用ですか?」

ヨウは清水に日本語で対応する。

「おっ!日本語喋れるんですか?それは助かる。で、ノヴァの絵画がどうしたんですか?」

ノヴァの絵画を出品しようと考えていることを清水に説明する。わざわざ説明しなくても彼は全て知っているが、まぁそんな事はどうでもいい。

清水はふーんと唇を尖らし、李墨生を見下し薄笑いを浮かべる。

「ノヴァの絵、あなたも興味あるんでしょう?どんな絵画かは知りませんが、ノヴァの絵なら高く売れる。必ず私が落札しますよ」

ヨウは清水の言葉を翻訳し李墨生に伝えた。

清水の言葉を理解した李墨生は眉間に皺を寄せる。

2人は完全に敵対した。

「その男に伝えろ、絵画の価値が分からん奴に青の楽園は渡さないと」

李墨生はそう吐き捨てると、踵を返してオークション会場を出て行った。

清水は李墨生が見えなくなってからヨウに話しかけた。

「で、シュウから連絡は?」

「あるよ、俺への文句が送られてきた。シュウの知り合いに贋作を描ける画家はいないのかな?」

「普通はいない」

「シュウは俺より知り合いが多いんだけどなぁ」

ヨウはきょろきょろと周りを見渡しながら話す。動きがうるさいなと横目で見ていると、不意にヨウの動きが止まった。

ヨウの見つめる方向に目をやると、そこには白髪の老人が立っていた。

「知り合いか?」

「…さぁね」とヨウは小さな声で否定する。なんだか様子がおかしかった。

老人は歩きを早め、険しい顔をしてこちらに向かってくる。そして、ヨウの胸ぐらに掴みかかった。清水には見向きもしていなかった。

「もう2度と俺の前に現れるなと言っただろ。消えろ、ここから出ていけえっ!」

「落ち着いてください。会いたくないのなら見なかったことにして近づいて来なければいいでしょう?」

ヨウの表情が珍しく崩れていた。

清水は2人を引き剥がす。老人は僅かに落ち着きを見せたが、それでも血走った目でヨウを捉えて離さない。

ヨウは分が悪そうに顔を顰める。

「見逃してくれませんかね。”仕事”が終わったらこの国から消え去りますので…」

「人殺し……人殺しがあっ!」

「それ聞き飽きましたよもう…。タオズー、行くよ」

清水はヨウに引っ張られ、逃げるように会場を出ていく。

外の空気を吸うと、頭が冷静になった。

「さっきの爺さん酷く怒ってたけど、一体誰だったんだ?」

清水の問いにヨウは苦笑する。

「腐れ縁って言うのかな?どうやら恨まれているみたい」

「じゃあ、人殺しっていうのは……」

「あーお腹空いた!昼飯食べに行かない?」

清水が言い終わる前に、ヨウは強制的に言葉を切った。そして、さっきまでの出来事が無かったかのようにいつもの微笑みに戻っていた。


外は日が暮れ、夜の帷が下りる。

ヨウと清水とシュウの3人は別荘で合流し、それぞれインスタント麺を啜っていた。

シュウはどうやら酒を飲んで酔っ払っているようで、先ほどから中国語で1人喋っている。

「あいつなんて言ってる?」

清水はシュウを冷めた目で見ながらヨウに聞く。

「『私は仲間が多くて情報屋として優秀だけど、さすがに贋作を描ける詐欺師を1日で見つけるのは無理だし、そもそも絵画になんて興味なーい』……って言ってるよ」

「シュウがどれだけ優秀かは知らないけど、1日じゃ無理だろうな」

シュウはグラスに酒を注ぎ、一気に喉に流し込む。

「絵画を完成させるのには時間がかかるの知ってるでしょ?オークションは2週間後、制作日とクオリティを考えたら今すぐに描き始めるべき。リーシン分かってる?」

分かってるよ、とヨウは適当に答える。

「だからさぁ…もう柔梅(ローメイ)に頼んだら?」

柔梅という名前を聞いたヨウの顔が若干曇る。

口に含んだ物を飲み込んでからヨウは返答した。

「彼女を巻き込むな」

ヨウは空になった容器をゴミ箱に放り込み、水の入ったコップをシュウに渡した。

「ロオメイって?」

会話が途切れた所で清水はヨウに柔梅という、おそらく女性の人物について聞いてみる。

ヨウは頭を掻いて困ったように何度目かの苦笑をする。

「昔の仲間の妹だよ。でも、彼女は詐欺師じゃない」

「贋作で李墨生を騙せるほどの画力があるのか?」

「おそらくね」

「じゃあそのロオメイって人に描いて貰えばいいだろ。何珍しく躊躇してるんだよ、その人が詐欺師じゃないからか?」

「タオズー。君いつからそんな無慈悲な奴になったんだい?」

「どの口が言ってんだよ」

清水は空になった容器をゴミ箱に捨てる。

「シュウも言ってたけど、完成させるのにかかる時間を考えたら描き始めるのは早い方がいい。明日にでも、ロオメイに頼んでみたらどうだ?」

ヨウは不意に失笑し、薄笑いを浮かべながら清水を見る。

「発音が違う。ロオメイじゃなくてローメイだよ、タオズー 」

曇った顔は、いつのまにか相手を嘲る普段の嘲笑に戻っていた。


後日、ヨウは渋々柔梅に贋作を描いてもらう事を決めた。

柔梅という人物は、ここから離れた病院に入院しているらしい。シュウは借りた車でヨウを駅前まで送る。清水はシュウが運転免許を持っている事が意外だった。

「2人は引き続き画家探し頼むよ。柔梅が頼まれてくれるかなんて分からないからね」

ヨウが建物の中に消える。

車内はシュウと清水の2人きりになった。

気まずい空気が流れる。その空気をシュウが破った。

「多分、ヨウは上手くやるよ。柔梅に贋作を描かせて持ってくる」

頬杖をつき、窓から外を眺めながらシュウは静かに言う。

清水はシュウにヨウについて聞きたいことがあった。

「シュウって昔からヨウの仲間だったんだよな?」

「昔って言っても数年だけどね。それがどうかした?」

「ヨウとオークション会場に行った日、1人の老人がヨウに怒鳴って来た。誰かは知らないが、あの爺さんはヨウに”人殺し”と言っていた」

シュウの顔が一瞬曇る。

「あいつは昔何があった?」

こちらを向いたシュウの顔は、どこか拗ねたような印象を受けた。

「じゃあ情報量10万元ね」

「は?」

「うそうそ、冗談」

ふふ、と笑ってシュウは電子タバコを取り出し吸い始める。

「リーシンは面倒くさい奴だからなぁ、そりゃ話してないよね。…昔、リーシンと私とカイって男。あと柔梅の姉の琪(チー)と4人でチームを組んでた。私たちは元マフィアのボスが持つルビーを狙って計画を進めてたんだけど、カイが突然私達を裏切って、ターゲットの信頼を得るために琪を撃ち殺した」

シュウは一度言葉を切り、深いため息を吐く。

「リーシンと私は彼女が撃たれた瞬間をしっかり見てたから今でも覚えてる。あの時カイは笑ってた。嬉しそうに、満足したように笑ってた。………胸糞悪。清水くんの言ってたオークション会場でリーシンに怒鳴っていた人は多分琪の父親。リーシンのせいで娘が死んだんだって責めてくるのよ。お門違いもいい加減にして欲しいわ」

不快感をあからさまに顔に出しながら、シュウは電子煙草を再び吸い始めた。

車内に気まずい沈黙が流れる。外は雲が陽を遮り薄暗く、今にも雨が降り出しそうな雰囲気を漂わせていた。

「リーシンもさ、贖罪のつもりか知らないけど、持病で長期入院中の柔梅にずっと入院費送ってんのよ」

沈黙を破ったシュウの言葉には怒りが滲んでいた。

「ヨウが詐欺師を続けるのは復讐のためなのか?」

「違う」

シュウはボソリと言下に否定する。

「あいつは多分、死ぬために詐欺師をやってる」

「どういう事だ?」

「知らないよ……やっぱりこういうのは本人に聞くべきなんじゃない?」


ヨウは電車を使い大学病院へ向かっていた。数ヶ月前に見舞いに行ったばかりだが、今回は見舞いでは無い。

彼女の姉が亡くなってから数年経つ。どんな顔をして会えばいいのか未だに分からない。ましてや詐欺の協力など、合わせる顔がない。

1人葛藤していると、いつのまにか病院の前に到着していた。

受付の女性に患者の名前を伝える。慣れた手順を終わらせ、エレベーターで彼女の病室に向かった。

病室に扉の前で深呼吸をする。ヨウは珍しく緊張していた。

扉を数回ノックする。すると、中から「どうぞー」と可愛らしい返事が返ってきた。

そっと扉を横に引く。ベッドの上で文庫本を開けている柔梅が、読書を中断して優しくこちらに微笑んだ。

「また来てくれたんですか?」

「あぁ、少し用があってね」

「珍しいですね、いつもは少しお話しするだけなのに。用ってなんですか?」

有名な画家の贋作を描いて欲しい。彼女はそんなことを気軽に頼める相手では無い。

ヨウは逡巡し、しかし彼女ならすぐに断ってくれるだろうという考えを信じてお願いした。

「ノヴァって画家、君なら知ってるだろう?今日はノヴァの青の楽園の贋作を作って欲しくて君にお願いしにきたんだ」

柔梅は本を閉じ、先程とは違う真剣な顔でヨウの目をまっすぐ見つめた。

「…詐欺にでも使うんですか?」

「その通り。ターゲットの絵画コレクターに、失われた青の楽園を数十万元で買ってもらおうと思っている」

困ったように眉を顰める柔梅に、ヨウは少し安堵する。

断ってくれると思った。

「どうして私なんですか?」

「俺の知ってる中で一番絵が上手いのが君だからだよ。嫌なら断ってくれて構わない」

「断って欲しいんですか?」

「どうしてそう思う?」

「失礼かもしれませんけど、なんだか怯えているように見えます」

図星なのでヨウは何も言わない。

怯えている。確かにそうだ。散々人を騙し恨まれて来た。慣れているし、気にすることも無かった。だが、まるで家族のように接してくれた相手に恨まれるのは怖かった。

「姉の事ですか?それとも私の父がまた失礼な事を言いましたか?」

それもまた図星だった。

彼女の姉が死んだのは事実で、自分がしくじったのも事実だ。だが彼女が死んだ直接の原因は俺では無い。

分かっている。分かっているが、100%俺が悪く無いとは言えなかった。

柔梅はこちらをじっと見つめる。

「描いてくれるかい?それとも断るか」

先程の柔梅の質問を聞かなかった事にし、ヨウはさっさと用事を済ませ清水とシュウの2人に報告しに行こうと思った。

質問を無視された柔梅は、少しムッとした表情でこちらを睨んだ。その顔は彼女の姉に似ていた。

「断ります。私は詐欺なんてしません」

「そう言うと思ったよ」

「でも、画家としてならその依頼引き受けますよ。まぁ私は画家じゃないですが 」

予想外の提案にヨウは静かに驚く。

「…本当にいいのかい?」

「画家としてならいいですよ。あ、ただ画材とかは用意してもらっていいですか?」

「あぁ。いいよ、もちろん。1週間程で描き上げて欲しいんだけど、できるかい?」

1週間という短さに、柔梅は驚き困ったように眉を顰めたが、すぐに気を取り直して静かに息を吐いた。

「…なんとかしてみます」


夜、3人はいつも通り別荘で合流し進捗を報告しあった。

「こっちはダメだった。贋作描いてくれる奴なんてやっぱ見つからなかったー!」

ソファに沈みスマホをいじりながらシュウはヨウに報告する。「一生懸命探しましたよ」という言い方だが、実際は遊んでいただけだ。もちろん清水も一緒に。

一方ヨウは、椅子に腰掛け天井を仰ぎながらウィスキーの入ったグラスを一気に飲み干した。

「…柔梅に描いてくれる事になった。あとは完成を待って出品するだけ」

「珍しく不機嫌だな」

清水の言葉に、ヨウは拗ねたように口をへの字に曲げこちらを睨んだ。

「はぁ……こっちの苦労も知らないでドライブでもしてたんだろ君らは。俺がどれだけ気を遣って彼女に頼んだか…。あー疲れた」

清水は呆れる。指示をしたのはお前だろ。

「リーシンもアルコールでストレス発散するタイプなの?」

シュウはくすくす微笑う。つい最近、ヨウに無茶なお願いをされ、上手くいかずに酒を煽っていたのはどこの誰だったか。

2人とも似た者同士だと、清水は鼻で笑った。

「何笑ってるのさタオズー。君も俺が哀れだって思うのかい?」

酔った男の相手をする気はない。ヨウの言葉を無視し、清水は寝室へと向かった。

オークションが行われる日まで約1週間。贋作が描かれている間に、3人は青の楽園の噂を広げて準備を整える事にした。


オークション当日。ヨウは李墨生と展示スペースに並べられた絵画を見ながら会話をしていた。

柔梅に描いてもらった贋作のノヴァの作品も、勿論展示スペースに並べられている。

「なんでここに青の楽園があるんだ」

「この絵画、本当にノヴァの作品なのか?」

「もし本物だとして、失われた青の楽園を手に入れれば今後相当な額になるぞ…」

数人が贋作の前に集まり意見を交わしていた。ヨウはそれを横目に李に話しかける。

「どうやら噂になっているみたいですね」

「そうだな」

同じ絵画を欲しがるライバルが増えている事に、李は少し不機嫌になっている様子だ。いや、苛立っているようにも見える。

「落札したがるコレクターも増えているんでしょうね。まぁ、それもそうでしょう。あの絵画は今後更に価値が上がっていく」

李は何も答えない。ヨウは話を続ける。

「私はあの絵画が誰の元へ渡ってもどうでもいいですが、どうせなら李先生に落札してもらいたいですね。そういえば、あの派手な髪色の日本人の姿が見当たりませんね」

「あんな奴、このオークション会場には相応しくない」

李は低い声でそう言い残し、オークションホールに向かって行った。

「おい」

後ろから聞き覚えのある声がした。

「どうしましたか?清水様」

満面の営業スマイルで対応する。だが清水には嘲笑しているように見えたのか、忌々しそうにこちらを睨んだ。

「…案内しろ」

「よろこんで」


オークションホールには、すでに大勢の人が集まっていた。 清水はヨウから教わったオークションのやり方を頭の中で何度も復習する。だが教え方が適当な上に大雑把だったので不安は消えない。

先程の呑気にこちらを嘲笑するヨウの顔が脳裏に浮かび、彼への怒りが湧く。教えるならしっかり詳しく丁寧に教えてくれ。

やがてオークショニアがやって来て軽く挨拶をし、木槌の音が会場に響いた。

「ではまずはこの『黄昏』。2万5千元から」

その言葉を合図に次々と指が上がる。

2万8千元。

3万元。

3万5千元。

入札額はあっという間に上がっていき、上がる指が無くなったタイミングで再び木槌の音が響いた。

それからも、見たことも聞いたことも無い絵画が次々と落札された。

「次、この絵画が出るのを待っていた人も多いのでは無いでしょうか?」

運ばれて来たのはノヴァの失われた作品『青の楽園』だ。深く青い絵の具が多く使われており、まるで深海のような、無意識のうちに引き込まれ呑み込まれてしまいそうな魅力があった。

だが、それはローメイが描いた出来の良すぎる贋作だ。

清水は絵画に1ミリも興味が無いが、それでもこの絵画には不思議と惹かれた。

李墨生の様子を斜め後方から伺う。が、暗くて顔は見えない。

「では6万5千元から!」

次々と指が上がる。それに比例して入札額も上がっていった。

7万元。

9万元。

12万元。

それからもどんどん額が上がっていく。清水も入札合戦に参加し入札額を上げていった。李墨生も慎重に額を上げている。

だが25万元を超えたタイミングで、極端に上がる指が減った。

27万元。

30万元。

31万元。

空気が静かに緊張し、強張る。

最後に李墨生が入札した31万元から動く気配が無いのを感じ取ったオークショニアが木槌を鳴らそうと空を切った時、1人の男が指を上げた。

「35万」

清水だった。

指を下ろした時、李墨生と目が合う。煽る様に清水はニコリと微笑んでみせた。

まんまと煽りに乗った彼はさらに入札する。

「37万」

「40万」

滑稽だと思いながら清水も額を上げる。入札合戦は続き、周りは唖然。

「50万」

李墨生は正気の沙汰じゃなかった。50万元は確か日本円で1000万ほどだ。いや、それ以上だった気もする。

清水は流石に手を引いた。

木槌の音が響く。それを合図に、李墨生は肩に入れていた力を抜き、奇妙な笑みを浮かべていた。


絵画オークションが終わった後、ヨウと合流する。

「いやぁ50万元か、もう少し取れたんじゃないタオズー?70万とか」

「どんだけ人の心がないんだお前は」

「心理戦下手なタオズーにしては上出来…かな?」

一言一言が癪に障る。返答が面倒になってきた。

「これからあの絵を李墨生に渡しに行ってくるね。50万はすぐそこさ。君はもう帰ってていいよ」

「金は何に使うんだ?」

清水の問いにヨウは驚く。

「珍しい事を聞くね。君がいいなら、この金は柔梅に渡そうと思うんだけど……どうかな?」

ヨウは小首を傾げて提案する。

「……拒否権ないだろ、それ」

「日本人はお人好しで親切だね。ありがとう清水」

クスッと笑い、ヨウは踵を返して李墨生の元へ向かった。

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