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「ここですか……」
東の村まで歩いて一日―――
正確には明るい内に、なので……
徒歩で7時間、休憩を挟んで8時間ほど。
恐らく午前10時前に町を出発した私たちは、
夕日がまだ沈む前―――
午後6時くらいに『東の村』へと到着した。
「う~ん……」
この目で確認してみて、思わずうなってしまう。
村自体、地方特有の『土地だけは余ってます』
状態なのか―――
人口500人の町に対して、その半分くらいの
大きさはあった。
ただ区画整理はお世辞にも出来ているとは言い難く、
町がほぼ円形の石壁で囲まれていたのに対し、
こちらは申し訳程度の柵が、気になったところに
作りましたとでも言わんばかりに、ぽつぽつと
ある程度のものだ。
「えっと、泊まる場所はありますよね?」
「は、はい。一応、町の手前の休憩場所みたいな
ところだべ……ですので」
それは聞いていたのだが―――
心配しているのは、この人数が泊れるかどうかだ。
マヨネーズも作って欲しいので、その材料を……
楽に養殖出来るので貝も現物で持ってきている。
こっちの近くの川に生息しているのか確信が
持てなかった、というのもあるが。
荷物持ちとして、あの同郷の3人組の若者―――
カート君、バン君、リーリエさん……
護衛としてギル君とルーチェさんも
呼びたかったのだが、そこまで出すと
孤児院の警備が手薄になるのと、
子供たちが泣いて寂しがるので却下され―――
護衛は代わりの人にやってもらう事になった。
ちなみにバン君は女の子たちに猛反対されまくり、
連れて来るのに一番苦労した人選でもある。
そして一夜干しの要員としてメルさん、風魔法使いは
貴重なので、念のためリーベンさんに来てもらった。
一夜干しの作り方自体はいろいろな料理店や宿屋に
教えてあるので、少しの間いなくても大丈夫だろう。
さらにトイレや施設建設の指導のための職人さんが
7人ほど。
結局15人ほどの結構な大所帯になってしまった
ので、この村の宿泊施設に収容出来るかどうか
疑問だったのだが……
「そちらの町ほどではねぇですが、もともと
外から来る客を相手に商売しておりますので、
これくらいなら大丈夫だべ……です。
取り敢えずオラの家まで来てもらっていいっぺか?
オヤジの村長にも話さなければならないだべよ」
こちらの不安を見抜かれたのか、ザップさんは
先回りするように提案してきた。
そして一行は―――
村の中では比較的大きな、平屋建ての屋敷へと
案内された。
家の中はそれなりの広さで、町の物とは比較に
ならないが、そこそこ高級感のある調度品が並ぶ。
そして一応、私が『代表者』として―――
他のメンバーを大広間らしき部屋に残し、
ザップさんの案内で村長の部屋へと通された。
「この度はようこそ我が村へおいで
くださりました。
それで、その……
あなたが代表者という事でよろしいかの?」
もうすっかり白髪、白髭となった老人は、
私の顔や格好を見つつ確認してくる。
「オヤジ! この人がシンさんだっぺ!
あの『ジャイアント・ボーア殺し』の人だべや!」
それを聞くと、そのオヤジさんは目を丸くし、
「し、失礼しました!
まさか直接来て頂けるとは思わなんだで……!
わしがこの村の村長、バウムと申します。
して、わしらがしても良いのは、どれですかのう。
許してくださるなら何でも良いので」
おずおずと語る村長に対し、私は―――
「えっと、初めまして、シンです。
それであの、許可を頂けるのなら全部やりますよ?
トイレ、大浴場、調味料の作成、
鳥の飼育施設から養殖用の水路まで……」
それを聞いた彼らは、いったん顔を見合わせて、
「そ、そう言ってくださるのは有り難いっぺが」
「この村で、あまりお金は出せないんですがのう。
ご期待に添えられるほど、裕福ではないので……」
資金面の心配をしているようだが、これも将来への
投資―――
何より自分の仕事の負担が減るのであれば……
「資金はこちらで用意しますよ。
こちらが欲しいのは、人手と―――
相互補助、とでも言いますか」
「「そうごほじょ??」」
ほとんど親子同時に聞き返してきて、
意味がわからない、というように固まる。
「要は、この村にはいざという時の、町の補助、
予備になって欲しいんです。
町の機能や鳥や魚といった素材、調味料の
調達に至るまで―――
もし町がどうにかなっても、この村に来れば
同等のサービスが受けられるくらいに。
そのためには、この村で何でもやれるように
なってもらわないと困るんです」
それを聞いて、息子の方は神様でも見るような視線を
こちらへ向けてくるが、一方父親の方は、
「……条件は、何ですかいのう。
予備としてこちらを発展させてくださるのは
理解出来ましたが……
何でもタダで、という事ではありますまい」
さすがに年の功というか何というか。
美味い話には裏がある、というのを経験として
知っているのだろう。
ただ、純粋にこちらは裏など無いのだが……
カーマンさんからの助言で、相手に何も出させずに
いると―――
返って信用されないという事はわかっている。
そこで私は考えた。
町で思いついたが、諦めた『アレ』を。
「実は、この村で作って欲しい物があります。
それは調味料ですが―――
作り方は単純なものの、非常に時間がかかる。
それの製造及び引き渡しをお願いしたい」
「そ、そんな程度でいいだべか?」
ザップさんの言葉に私はニヤリと笑い、
「その調味料が出来上がった時……
多分ザップさんは、『そんな程度』と言った事を
後悔しますよ?」
後ずさる息子とは対照的に、父親はその身を
乗り出して来て、
「交渉成立……ですかの。
それで、お聞きしたいのですが、どこから
手を付けるおつもりで?」
「まずは下水道ですね。
これが無ければトイレも浴場も出来ませんし。
後、周囲に水路を作ります。
貝は持って来ているんで、これならすぐに
養殖出来ますよ」
フーム、と村長は大きく重い息を吐いて、
「では、よろしくお願いします。
村の事や周辺の案内、何かの手伝いでも何でも
必要になった時は、愚息を使ってやってくだされ。
コイツが言えば、村の者も従うはずですじゃ」
「わかりました。
では、明日からよろしくお願いします」
そして互いに深々と一礼すると―――
私は村長とザップさんに別れを告げた。
「今日はお疲れ様でした。
宿屋は各自、用意してくれた宿があるという
事なので、指示に従ってそちらへ……」
取り敢えず全員に、今日のところは休むように
お願いし、お開きとする。
「貝はどうします? シンさん」
水桶に貝を入れて運んで来てくれた、カート君が
それを見せるようにして質問してきた。
「メルさん、一回水取り換えてください。
生命力強いから一晩くらい放置しても……
って増えてませんコレ?」
私がそう言うと、わらわらとみんながのぞきに来て、
「うわ、マジだ。
たった半日で増えるモンなのか?」
「本当に不思議な人だわ、シンさんって。
こんな生き物まで作るなんて」
2人の意見に私はブンブンと首を左右に振り、
「いや私、生き物なんて作れませんからね!?
しかし良かったんですか?
クラウディオさん、オリガさん。
護衛まで引き受けてもらって」
そう―――
ギル君とルーチェさんの代わりに来たのは、
町へ『テスト』と称してやってきた彼らであった。
「ぶっちゃけ、王都に戻るより―――
シンさんと一緒にいた方が面白そうだしな」
「どっちにしろ護衛は必要だったでしょ?
それとも、私たちじゃ物足りないかしら」
それに対して再び首を左右に振り―――
改めて足元の貝の入った水桶に目をやる。
「しかし、どうしたものでしょうか。
どなたか、大きめの桶をもらって来て
くれませんか?」
そこへ先ほど呼んだメルさんが寄ってきて、
「適当に、村の外に土魔法で穴掘ってもらって、
そこに水と一緒に入れておけばいいんじゃ
ないですか?」
彼女の意見に、私は頭をかきながら、
「それでもいいんですけど、まだ下水道とか
ありませんから。
下手に池みたいに作ると、水の入れ替えが
大変になるんじゃないかと」
「あー、そうですねえ。
ほんじゃ私、ちょっともらってきまーす!」
言うが早いか、メルさんはどこかへと走り去り、
残されたメンバーも持っていた荷物を次々と
分けて確認し始め―――
こうして、村に到着したその日の夜はふけていった。
―――翌朝。
村長の家でザップさんと朝食兼相談を行い、
まずは二手に別れる事にした。
一方は周辺の状況―――
魚や鳥、貝などが生息しているかどうかの確認。
もう一方には、施設の建設において、どの区域に
どれを建てるか、その選定をしておいてもらう。
「下水道はさっそく、村にもいる職人たちにも
協力させるとして……
オラはどうすればいいだ?」
「ザップさんには、周辺の案内をしてもらいます。
出来ればこの村でも、鳥や魚が確保出来れば
それに越した事はありませんし」
「わかっただ。
メシを食い終わったら、案内させてもらうだ」
こうして、村に残って作業する組と、村の外に出て
調査する組に分かれ―――
行動が開始された。
「それじゃ行きましょう」
私はザップさんに先導させて、村の外へ向かう。
荷物持ちにはカート君・バン君・リーリエさんの
例の3人組と、何人かの村人にも来てもらう。
護衛にはクラウディオさんが付き、また村で
作業・待機する組にはオリガさんが警備にあたる。
事前情報の通り、30分ほどで川に到着。
そこで3人組に魚獲り用の網カゴを設置してもらい、
彼らの守りをクラウディオさんに任せると、
もう一つの目的地である山へと向かう。
山―――と言っても小高い丘程度の地形ではあるが、
その麓までだいたい川から10分ほどで到着した。
「ふーむ……」
山肌を見ながら周囲を散策し、同時に鳥の捕獲用の
トラップの設置も行う。
これはザップさんと他数名の村人にも手伝って
もらい、罠にかかるまで、情報収集を兼ねて
時間を潰す事にした。
「そういえばザップさん。
柵らしい柵も無かったですけど、ここは
盗賊の被害とか無いんですか?」
すると他の村人と共に、彼らは自嘲気味に笑って、
「こんな何も無い村を襲うなんて、誰も
思わないですだ。
ただ、あの町に近いから、通り道にある
休憩場所として―――
旅人や商人、冒険者の方々が訪れてくれて
いたから、何とか持っていただけですだ」
それが唯一の収入源だったという事か。
食事自体は村にある畑を確認したので、それで
自給自足が完結しているんだろうが―――
それだけじゃ、夢も希望も満たせないからなあ。
「ところで、この辺りに洞窟とかはありませんか?」
私の質問に、彼らは顔を見合わせ、
「聞いた事はねぇだべな」
「そもそも、川や山に入る用なんて、オラたちには
無いだべ」
またこれか、とも思い―――
仕方ないとも思う。
水は魔法で出せて、食料供給は……
恐らくは町と同じであろう穀物で十分満たせる。
それなりの攻撃魔法が使えないのであれば、
漁も猟も出来ない(と思い込んでいる)のだから、
必然、外に出る理由は無い。
むしろリスクが高いだけの行動になるのだろう。
「作るしか無いか……
横から掘っていくだけだし、トンネルを作る事が
出来るんだから―――
たいした手間は取らないだろうけど」
「あの、何を作る気なんだべか?」
疑問を口にするザップさんに、私は向き直り、
「ここで新しい調味料を作ります。
正確には保管場所ですが―――
まとまった広い土地、そして村から離れていた
方が良かったので。
ではしばらく、鳥が捕まるまで待ちましょう」
それから30分ほどして―――
まず鳥を20羽ほど確保した私たちは、川で
カート君たちと合流。
彼らもまた、30匹ほどの魚を捕まえており、
それらを持って村へと戻った。
そして村に到着すると、昼食の準備を兼ねて、
一夜干しやその他の料理、調味料の作り方を
レクチャーする。
場所は村の中で一番大きな宿屋で―――
教える人は料理人は元より、主婦の方々にも
来てもらっていた。
最近は町でも、家庭料理と同じくらいに普及
される事を願って―――
また、主婦の方々の収入手段にもなると踏んで、
現状30人くらいの奥様方に習ってもらっている。
「えっと、料理人は貴方たちでしょうか」
「は、はい!」
20代後半から30代前半くらいの男性3名が
私の呼びかけに答える。
「ではまず、貴方がたに覚えてもらいますので、
その後で主婦の方々にも教えてあげてください」
まずはプロの人に見てもらい、マスターして
もらった後、一般の人にも学んでもらうのだ。
「た、卵がこんなに……」
「西の町じゃ、卵をたくさん使った料理が
あるって噂だったけど……
ウソじゃなかったのね」
そして、10名ほどの女性陣が、材料を前にして
戸惑っていた。
まあ、マヨネーズの作り方も覚えてもらう
つもりだったし……
素材として、卵50個、それにお酢と油は
ふんだんに持って来てもらっていた。
「いくらでも失敗して構いません。
それと、卵を触ったら後で絶対手を洗って
ください。
えっとまずは、肉と魚のさばき方を―――」
それからマヨネーズを―――
そして天ぷらを……
教える、というほどの物ではないが、目の前で
実際に作っていく。
料理教室が始まってから30分もすると……
厨房から次々と、天ぷらサンドやマヨチキサンド、
ツナマヨもどきサンドといった料理が運ばれていき、
その度に驚きと歓声が上がった。
町にある宿屋『クラン』よりは広いが、それでも
村人や町から来た一行全員を収容出来る容量は無く、
料理は出来上がる度に外へも運ばれていく。
昼食の間、職人の人と話そうと思ったのだが……
どうも室内にいなさそうなので、外へ出て探して
みると、顔見知りの職人さんが村の職人であろう
人と話しているのが目に入った。
「お疲れ様です。
どうでしょうか、下水道は作れそうですか?」
片手を上げながら近付くと、彼らも反応し、
「おお、シンさんか。
村から土魔法を使える人を20人ほど
出してもらう事になったから、これなら
3、4日ほどで出来ると思う」
「だども、本当にいいんだべか?
日当までもらえるって話だべが……」
もちろん、タダでやらせるという選択肢もあった
だろうが―――
モチベーションの問題上、それは絶対に外せない。
それにあくまでも、町のバックアップになって
もらう、という約束・契約の上でしてもらうのだ。
従属とまでは言わないけど、ある程度は主導権を
握らなければならない。
それには、資金面で上回るのがうってつけだ。
「それと、後は水路ですが―――」
「その事なんだけどよ。
いっそ、村を囲む堀とかにしちまわねーか?」
と、声をかけて来たのはクラウディオさんだった。
当然のようにオリガさんも一緒だ。
「私もそれがいいと思うわ。
今後、この村をあの町と同じように
発展させるなら、狙われる可能性だって
グンと上がるし」
確かに、村の防衛力については私も不安に
思ってはいたけれど。
でも町に作った水路は、そもそも子供が
溺れないように水深を浅くして作ったわけで……
この村の子供たちは別にいい、というわけにも。
「う~ん……
でも万が一、子供が落ちた時の事とか考えますと」
それを聞いた村人は、きょとんとした表情で、
「そもそも子供は村の外に出ねえだよ。
危ないし、木や何かの素材を取るために
行く事はあるが―――
そん時ゃ大人と一緒だべ」
あぁ、なるほど……
町でもそうだったけど、確かに子供はおろか、
外に出る大人もそんなにいなかったな。
治安や安全は地球とは比べ物にならないが、
その代わり防犯・防衛意識は、それこそ
本能レベルで徹底しているのだろう。
町で子供たちが水路で遊んでいたのは……
『安全圏内』だったからで―――
改めて、この世界の厳しさを認識する。
「まあ、そんなに気になるのなら、
柵なり土壁なり作ればいいんじゃないの?」
「そうだな。それがありゃそれなりに防御力も
上がるし」
2人の意見を参考にしつつ―――
堀なら、ただ土を掘り返して水で満たせば出来る
との事で、今日1日をかけて作るという話が出たが、
何しろ下水道がまだなので……
また町のように川が近くに位置しておらず、そこに
排水するという方式も取れないので―――
一応造りはするが、水を入れるのは保留する、
という事で落ち着いた。
「んじゃ、ここからやってくれ」
「こっちからこう、ぐるーっとね」
いつの間にやらクラウディオさんとオリガさんが
陣頭指揮に立ち、村の外周に掘を作る作業に
取り掛かった。
「ちょっと村から離れていますが大丈夫ですか?」
およそ村を囲む柵から10メートルほど離れて、
職人の指導のもと、村人たちが掘り始める。
これだと、直線距離にするとかなりの長さに
なるような。
「なるべく間は開けておいた方がいいのよ。
そうすれば、後々村を拡張する時に面倒に
ならないし」
「オリガは一応子爵サマだからな。
こういうのは任せていいぜ」
それを聞いた村の面々は驚き、
「へっ!?」
「き、貴族様だったっぺか!?」
戸惑う村人たちを横目に、オリガさんは
クラウディオさんをヘッドロックのように
後ろから極め―――
「一応、って何? 一応って。
あと、こういうのは冒険者時代に培った知識よ。
盗賊だけじゃなく、魔物だっているからね。
あるに越した事は無いわ」
仲の良さを見せつけられても困るだけなので、
私は別方面へ視線を向ける。
すると、あの3人組の姿があった。
私が手を振ると、リーダーポジションのカート君が
まずそれに応えてくれる。
「お疲れ様です、カート君。
それにバン君とリーリエさんも」
すると、3人とも私も前に集まってきて、
「俺たちも日当もらってますからね」
「僕やカート、リーリエも火魔法と土魔法が
使えますから……」
「こういう工事なら、うってつけってわけです!」
彼らの言葉に、ウンウン、と私はうなずき、
「それはそうと、この近辺の川ですが……
やっぱり他の生き物もいたみたいですね」
「そうですね。
町の近くの川と、そうそう変わらないんじゃ
ないでしょうか」
カート君が代表のように答える。
漁の網カゴ設置を頼んだ際―――
エビや貝を見かけたら報告、出来れば捕まえておいて
欲しいと依頼していたのだ。
エビはダメだったが、網カゴに入ったのが数匹、
そして貝は比較的あちこちにいたそうで―――
これなら、捕獲手段さえ確保出来ればこの村でも
素材が補充出来るだろう。
「では、後はクラウディオさんたちや職人さんの
指示に従ってください。
くれぐれも、ケガはしないように」
「「「はーいっ」」」
3人組は元気よく返事をすると、所定の位置へ
戻っていった。
そして、日が傾く頃―――
「……出来る物なんですねえ」
全長1.5kmほどになろうかという、村をぐるりと
取り囲む堀を見て―――
思わず感動の声を漏らす。
堀は高さ2メートルほどの深さで、片側、
村の方には土壁が手すりのように―――
1メートルほどの高さで作られていた。
「どう?
ちょっとした砦くらいにはなったでしょ?」
「少しおおげさな気もするけどよ。
あの町と張り合うってんなら、ここまで
しなきゃーな」
オリガさん、クラウディオさんの言葉に同意して
うなずく。
そして、これだけの事が出来るのであれば、確かに
近くの川まで下水道を3、4日で通す……
という職人さんの話も信じられる。
「しばらくはここから先、ワシらの仕事に
なるから、シンさんは明日あたり一度、
町へ戻ったらどうかね?」
「そうですね。
では、護衛にクラウディオさん、荷物持ちに―――
最初はカート君でお願いします」
その声に、集まっていた職人さん、村人たちの
中から、彼が歩み寄ってきた。
「わかりました、シンさん!」
戻る、というのは私の事情もあった。
どちらかというと町や商売の、必要性にかられての
理由でもあるが。
現在、卵や貝はともかくとして……
食材として伯爵様への取引に使われる魚や鳥は、
私一人しかその供給元がいない。
魚は倍化させる水路があるから、まだ数日は
もつものの―――
鳥は確実に供給がストップしてしまう。
なので片道一日のこの村から、『可能な限り』
町へちょくちょく戻って来て欲しいと要請を
受けていたのである。
そして―――
もう1つ、ギルド長と私の間で話し合われ、
決めた事があった。
―――回想中―――
「あの3人組ですが……
シルバークラスになるのは難しいですか?」
「ああ、ちょっと……
こと攻撃に関しては絶望的だ」
この東の村に来る前の人選で、ジャンさんと
2人きりで話し合った際、カート君、バン君、
リーリエさんについて相談したのだが―――
「ギルやルーチェはまだ、一応少しは攻撃に
特化していたから、まだ言い訳は出来た。
でもあいつらじゃなあ。
支援系や、特殊な魔法も無いんじゃ
どうしようもない」
魔法前提のこの世界、さらにゴールドクラスの
ギルド長の評価は、とてつもなく重かった。
「何、そんな顔するな。
シンがいろいろと雇用を増やしてくれているし、
アレだ、土木作業専門の連中とか作りたいって
言ってただろ?
それでいいじゃねぇか」
「それはそうなんですが……
工事はそれほど機会があるわけではありませんよ。
やはり、彼らにも彼らなりに―――
何かで食っていける『魔法』があれば……」
腕を組んで悩みまくる私に対し、ギルド長は、
「お前さんは神様でも何でもねぇんだ。
今、魚やら鳥やら獲る手伝いをさせている
だけでも、やつらは御の字だろうぜ」
慰めるつもりを抜かしても、彼の言葉は正論であり
正しいが―――
狩猟だっていつまで出来るかわからない。
養殖は貝以外はまだ成功しておらず、
もし私がいなくなったり、彼らに手伝いを
頼めなくなったら……
……ん?
「……それ、イケるかも知れません」
「?? 何がだ?」
―――回想終了―――
「では、明日朝から町へ向かいます。
途中で鳥や魚も獲らないといけませんし。
えーと……」
集まっていたメンバーの顔を見回し、
「リーベンさん、職人さんたちと一緒に後を
お願いしますね。
何かあったらザップさんにすぐ相談を。
あとオリガさん、この村の警備よろしく
お願いします」
そして私の、町と村を往復する日々が始まった。
2週間後―――
2、3日毎に町に戻り、また村にやってくる……
そのお供にカート君、バン君、リーリエさんと
だいたい二巡くらいした頃。
私はまた村へと戻ってきていた。
『東の村』には―――
下水道、トイレ、大浴場、水路、鳥の飼育施設と……
町と変わらない設備が揃いつつあった。
やはりというか、下水道は思ったより手こずった
ようだが……
川が離れているのと、さらに漁のジャマにならない
ように下流へとつなげる必要があったので、それは
想定済だ。
村の周囲を囲む2メートルほどの深さの掘には、
1メートルほどの水を入れ、300匹ほどがその
巨体を泳がせている。
また、貝やエビ用の水路は村の中に作った。
そして、鳥の飼育施設も巨大で―――
恐らく400羽はキープ出来るほどの大きさだ。
という事は、町で200羽の飼育施設で卵がだいたい
週80~100個ほどの確保出来ているから……
この村では週200弱の生産能力とみていい。
水路や飼育施設の規模だけなら、町よりも上だろう。
ただ問題がある。
それは、肝心の鳥や魚の捕獲人員が私しかいない、
という事。
しかし、その解決も時間の問題だ。
そんな事を考えながら村に入ると、村長の息子さんが
出迎えのように駆けてきた。
「シンさん、お疲れ様だっぺ」
「ザップさん、村の様子は―――
まあ見ればわかりますけど」
「言われた物は一通り出来たと思いますだ。
まさか、ここまでのモンが出来るとは……」
そこへ、お供をしてきたリーリエさん、そして
護衛のオリガさんが荷物を下に置く。
往復の護衛はクラウディオさん・オリガさんに
交互にしてもらい……
特にオリガさんには都市計画のように、村の
整備や区割りにも協力してもらっていた。
「おお、酢と油ですか。
いつも持ってきてもらって助かりますだ」
「こればかりは村で生産出来ませんからね。
カーマンさんに話をつけて、いずれは商人を
定期的に寄越せるようにしますよ」
立ち話をしていると、女性2名がこちらに
声をかけてきて、
「シンさん、私たち―――
お風呂に行きたいんだけどいい?」
「もう暑くって汗だくで……
耐えられません~……」
オリガさんとリーリエさんは、手でパタパタと
顔をあおぐ。
「あ、お疲れ様ですだ。
荷物はこちらでやっておくだで、どうぞ
休んでくだせえ」
彼もまた、身体強化は使えるのか、軽々と荷物を
運んでいく。
それを見届けると、私も一汗流すために浴場へと
向かった。
翌日―――
午前中は休ませてもらい、午後に人を集める。
いつものように、鳥や魚を捕獲する、その手伝いの
ためなのだが、今回はある人選を行った。
まずカート君、バン君、リーリエさんの3人組……
そして村からはザップさんと、今年16歳になった
ばかりという少年、リック君だ。
歳の割には小柄で、灰色の短髪と額の生傷が
苦労人を思わせるが……
テキパキと効率よく仕事をしている姿が
印象的だった。
いつもなら、他の村人も数人混ざって
行くのだが―――
人員を指定・限定された事で、若干の不安が
彼らに見てとれる。
「シンさん、あのー」
「どうして僕たちだけ?」
まずカート君とバン君が、当然の質問をしてくる。
それに対する私の答えは―――
「実はですね。
この村に来てから、あるテストをしていたんです」
「テスト?
何だべか、それは」
ザップさんが首を傾げ、他の4人も同様の疑問を
顔に出す。
「最初は偶然だったんですけれど、鳥や魚を獲る
このトラップの魔法……
設置系なのですが、これ―――
実は魔力が無くてもある程度獲れるんです」
実際、最初の頃の私は『魔法を使わずに』鳥や魚を
獲っていたと公言してしまっていたので、それ自体は
町にいた3人組に取っては周知の事実だったのだが、
村人の2名は驚いたようだ。
「そ、そんな事出来るだべか」
「それが出来たら―――
ぼくでも鳥や魚が捕れる?」
それに対して、私は彼らをじっと見つめ、
「確かに、魔力が無くても出来る人がいるんですが、
それは非常に微々たる量しか獲れません。
ですが―――
無意識に、この魔法が使える人がいます。
私の村にも数人いました」
私の言葉に5人は聞き入り―――
その先を急ぐ。
「きっかけは、この村でトラップを仕掛ける際、
私が魔法をかけるのを忘れていた事があったん
ですが……
それでも普通に魚や鳥が獲れたので、
もしかしたらと思って、密かに調べて
いたんです。
そして適性がありそうなのが、あなたたち―――
というわけでして」
その言葉に5人はいろめきだつ。
「じゃ、じゃあ俺たち―――
風魔法や水魔法が使えなくても」
「鳥や魚が獲れる……!?
その設置系の魔法が使えるって事!?」
「ブロンズクラス止まりの冒険者で、
終わると思っていたのに……!」
同郷の3人組は泣きそうになるくらいに喜び、
そして村人は―――
「オ、オラの村も……
仕入れで村以外の人に頼んだり、依頼したり
する事は無くなるっぺ!」
「ザップさん、ぼくも頑張ります!」
ただ単に、自分の仕事をもう少し楽にしたいだけの
人選だったので、そこまで喜ばれると罪悪感がある
のだが……
とにかく、私は最後の『テスト』を行い―――
この日、5人の『後継者』が誕生した。