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短い話
創作
海に行きたいって思ったらそれは危険な合図なんだって
小さい頃誰かにそう言われた事がある
最初は気にも止めずに軽く反応しては聞き流していた
でもその一年後に話してくれた友達は海で死んだ
原因はいじめだ
いじめなんかで死ぬなよ、そんな自分勝手な事を言っていた自分にもバチが当たったのだろう
次の標的は自分だった
机は荒らされ、物は無くなる
そんな日々が続いても俺はアイツみたいにはならないと思っていた
そして時が過ぎて社会人になった
社会人になっても何も変わらなかった
上司からの酷いパワハラ、仕事の擦り付け
もう嫌になりそうだった
そんな俺にも彼女が出来た
細身で可愛らしくてどんな事にも気さくに笑ってくれる
そんな彼女が俺にとっては唯一の癒しだった
ある日、俺は彼女に独り言のように言ってみた
「海に行きたい」
すると彼女は少し驚いた顔をしては「こんな真冬に?」と笑ってくれた
けどやっぱり漫画やアニメのようなストーリーにはならないんだなと少し落ち込んだ
ある夜に彼女が完全に寝息を立てている隙をついて外へと出た
そしてゆっくりと家の近くの海へと向かう
冷たい夜風が頬ずりをしては通り抜ける
砂浜に座り、今まであった事を思い返す
思い返しているうちに涙が出てきた
けどその涙は今まであったいじめは上司からのパワハラでの辛さからではない
彼女を置いてきてしまう事の辛さからの涙だった
それでも一度心に決めてしまってはもう引き返せない
冷たい海の中へと一歩ずつ入っていく
奥へ奥へと進んでいく度に足の感覚が無くなり、少しづつ全身の感覚が無くなっていく
でもそれは不思議と苦痛ではなかった
ふと気づくと俺は飛んでいた
あぁこれが現世を彷徨うってやつか、そう思っては色んな所を回ってみる
俺が死んだ事なんて誰も気づかない
時刻は4時35分
家族も彼女も皆寝ている
こんなにゆっくりとした時間を過ごせるのはいつぶりだろうか
しばらくすると夜が明けてきた
でも相変わらず誰も気づかない
それでも数日後には家族にも彼女にも俺が死んだとかいう連絡が入ったみたいだ
家族は泣いて悲しみ、俺が死んだ海に花を置きに来ていた
彼女はその場には居なかった
「あぁ、関係なんてそんなものなんだな」
そう思っては最後に彼女の家へと行ってみる
するとそこにはやせ細ってただ真っ暗なリビングを見つめている彼女が一人いた
そんな彼女に俺はどうしようもない感情に襲われ、伝わる事もない言葉をただただ彼女に述べた
「ごめんな、こんな根性無しの彼氏で」
そう言ってはもう離れようと自分が死んだ海に戻る
またそこでは死ぬ前と同じように砂浜で色々な事を思い返す
そんな事をしていると一人の人影が近寄ってくるのが分かった
紛れもない彼女だった
俺があげたピンクの花柄のサンダルを脱いでは海に駆け出す
その姿はまるで苦しみから解放された儚い蝶を演出していた
俺が驚いていると彼女はすぐにこっちを向いてはにっこりと笑う
「来ちゃった」
この時、俺はどんな顔をしていただろうか
でも悲しみというよりも安心の気持ちが強かった
「来ちゃったんだ」
それからは彼女と色んな所を回った
今まで行けなかった所や、親の家、誰もいなくなった自分たちの部屋
楽しくて仕方がなかった
でもそんな楽しい一時もつかの間だった
彼女が俺と話しているあいだにパッと後ろを振り向く
「ごめん、誰かに呼ばれてる気がする」
病室では彼女を取り囲んで泣いている家族がいた
あぁそうかもう時間だ
俺の遺体は見つからなかったが彼女の遺体は見つかったそうだ
ゆっくりと悲しそうに戻っていく彼女に俺はなるべく笑顔で手を振った
そして最後に独り言のように彼女に言った
「また海に行こうな」