暫(しばら)く歩いた先、経過した時は一時間ほどだろうか?
山影から平野に出る直前でヴノは足の運びを止めて、自らの背で大鼾(おおいびき)を掻いている『北の魔術師』にコソリと声を掛ける。
『おーい、おい! バストロよぉ、ここらが里人から見えないじゃろう限界じゃぞい? 起きろよ起きろっ! ホーイホイッ! じゃぞう?』
ジグエラもちゃんとヴノの体の陰に身を隠しながら声を掛ける。
『それでここからどうするんですの? アナタは歩くんですよね、バストロ? アタシとヴノはどうすれば良いんですの?』
バストロの目は両方とも3だ。
昼寝レベルでは無い、ガチの熟睡から覚めたばかりの彼は言う。
「ふあぁー、着いたかぁ! んじゃジグエラは集落の上を飛びながら叫んでくれ、いかにも飢えているていでな、苦しそうに鳴いてくれ…… んで、ヴノはこの辺りで所在無さげに佇んでいてぇ…… そうだな? ギレスラはヴノの頭の上でお腹が空いたーっぽく鳴いていてくれるかな? それで、俺とレイブ、あとペトラは集落に向かうとしようかっ!」
ふむ、なにやらバストロの心中にはこの猿芝居を成功裏(せいこうり)に終わらせる、それ位の筋道は出来ていたらしい、馬鹿みたいに寝ているだけだと思って見ていたが、中々侮(あなど)りがたいじゃあないか!
バストロの指示に従って素直にヴノの背から滑り降りたレイブとペトラは聞く。
「降りたよ、おじ、師匠! ここから歩いていけば良いのぉ?」
『そんな訳は無いよレイブお兄ちゃんっ! でしょう? バストロ師匠?』
『グガ?』
師匠であるバストロは自信満々で言う。
「ああ、全て計算通りに行く筈だ、まずはこれを着てくれ! ほらっ!」
そう言って投げて寄越したのは、いつも着ているダークウルフのローブの、んん? なんと言うか…… やけに白っ茶けて古ぼけた、見るからに骨董品っぽい古臭いローブである。
レイブは思わず叫ぶ。
「ええっ! こ、これぇ? これ何か凄く臭いよぉ? 着なきゃ駄目ぇ?」
ペトラも顔を顰(しか)める。
『う、うん、これはぁ…… 駄目なの?』
バストロ即答。
「着ろっ! そしてこの世の終りみたいな表情で付いて来い! んで何一つ言うな! 何だったら泣いても良いし、臭さに耐えられなかったら吐いていても良い! だがっ! 俺には一言も話し掛けるんじゃないぞっ!」
「『う、うん……』」
レイブとペトラの頷きを満足そうに見たバストロは、腰に差した水筒から地面に水を落として泥を捏(こ)ねて、自分とレイブの顔に塗りたくった後、ペトラに対して汢(ぬた)うち宜しく全身を泥まみれにさせた後で、輝く笑顔を浮かべて言うのである。
「んじゃあ、稼ぎに行くか? 良いか? 喋るなよ?」
二度目の言葉には無言のままで首肯(しゅこう)だけを答えとした二人と小さな一頭は、泥に塗(まみ)れた姿で集落を囲んだ木製の塀に向かって歩いて行くのであった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!