テラーノベル
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「ねえ、どういうこと?」
ソファに腰を下ろし俯く壱月の隣に座り、その顔を覗き込む。
すると、壱月は苦笑を浮かべた。
「そのままの意味だ。俺は、花斗の〝父親〟にはなれない」
「でも、どうして急に?」
私にはできないくらい、花斗の気持ちを汲んでくれた。それは、母親である私よりもずっと、父親らしいと思う。
「今日の愛音を見ていて、そう思っただけだ」
だから、なんで急にそうなるの?
頭が疑問で埋めつくされてゆく。
出会った頃は、壱月は花斗をただ甘やかすだけだった。
だけど今は、花斗のこと考えて、ちゃんと寄り添ってくれている。
なのに、なぜ?
「壱月って、勝手だよね」
つい、口からそう飛び出してしまった。
すると、壱月はきょとんとする。
「想いを伝えたら、踏みにじる。心が繋がったと思ったら、いなくなる。今もこうして、離れていこうとする」
高校生活最後の、あのキス。再会した後連絡が取れなくなった、あの日々。
思い返したら、虚しさが胸にあふれてくる。
壱月はなにも言わない。
けれど、彼の顔に貼り付けられた笑顔が、どんどんと崩れていく。
どうして壱月が泣きそうな顔をするの?
私は空港で壱月と再会してからの、苦しかった日々を思い出していた。
やっと想いを伝え合い、やっと結ばれたと思った。なのに、また離れていこうとするなんて。
彼は何度、私の気持ちを無下にするの?
彼の身勝手さに、怒りがあふれてくる。
「全部、嘘だったの? 好意も、優しさも、全部。私、ずっとひとりだったのに」
言いながら、声が震えた。なのに、隣から聞こえてきたのは冷たい声だった。
「愛音はひとりじゃ、ないだろう」
「確かに、花斗には何度も心を救われたてきた。産んでよかったって思ってる。けど、それもどれも、全部――」
「ちがう、花斗じゃない」
言いかけた私の言葉を遮って、壱月はこちらに鋭い視線を向けた。
「元カレ。アイツは愛音のことを、全部知ってる」
「確かに、壮馬はたくさん支えてくれた。でも、だからなんだって言うの?」
私の声も、思いのほか冷たくなってしまった。
壮馬とは恋人といえるほど、濃い付き合いをしていたわけじゃない。彼とは上手くいかないとすぐにわかって、別れたのだ。
すると、壱月がぼそっと言う。
「なにがあったかなんて野暮だから、聞きたいとは思わない。でも俺はそれでも、乗り越えるつもりだった」
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壱月は遠い目をして、窓の外を眺めている。
前のめりになっていた姿勢を元に戻すと、私の怒りは幾分鎮まる。
だがそれとは反対に、壱月の声がヒートアップしてゆく。
「〝好きだ〟って気持ちがあれば、嫉妬なんて小さいことだと思っていた。愛音も花斗も、愛せると思っていたんだ、でも――」
「嫉妬、してるの?」
つい、口からあふれてしまった。
すると、壱月ははっと口を噤む。それから気まずそうな顔をして、口を開いた。
「……ああ、嫉妬なんだろうな。だがそれ以上に、アイツが花斗の父親だという事実に、こたえてる」
「…………は?」
自嘲するように笑う壱月を前に、心の声がもれてしまったらしい。
すると、壱月も「え?」とこちらを振り返る。
「花斗の父親、アイツだろう? だからあの日、愛音は俺と……」
「待って、……ちょっと脳みそ整理する」
私は片手をパーにし壱月の前に突きだして、もう片方の手を額に当てた。
どうやら壱月は、花斗が壮馬との子どもだと思っているらしい。
そして、その事実に嫉妬しているらしい。
「なんで、そうなるのよ……」
ぽつりとこほすと、壱月が「へ?」と間抜けな声を出す。
「違うのか?」
「違う。全っ然違う!」
言いながら顔を上げると、壱月は困惑したように、何度も目をまたたかせていた。
その様子にため息をこぼしたが、今度は新たな疑問が頭に浮かぶ。
「私、伝えていないっけ?」
「なにを?」
壱月はきょとんとしたまま、こちらを見る。
「花斗の父親は――」
「言うな!」
言いかけた言葉を、壱月が阻止する。
「待て、じゃあ愛音は何人の男と――」
「ちょっと、なに考えてるの!」
壱月の頭を軽く小突くと、壱月は泣きそうな顔をした。
「俺、嫉妬で狂い死にそう」
「話を最後まで聞かないからでしょう」
「は?」ともらした壱月の目を見て、私は告げた。
「花斗の父親は、壱月だよ」
「…………え?」
それで、しばし沈黙が訪れる。彼は目を見開いたまま、固まってしまった。
「壱月しかあり得ない。壱月しか身に覚えがない。キスしたのも、抱かれたのも、壱月だけ」
「…………っ!?」
壱月はそのまま、ゆっくりと五度ほどまばたきをする。
しばらくすると難しそうな顔をして、右手で自身の頭をクシャクシャと掻いた。それから、もう一度視線をこちらに向ける。
「花斗は、壱月の子ども。血縁上の父親だよ、壱月は」
混乱する壱月に、私は唇を尖らせつつ告げた。
「花斗は、俺の、子ども……」
確かめるように、壱月が私の言葉を繰り返す。
「さっきからそう言ってるじゃん」
すると、壱月がこちらを見る。
「…………マジ?」
彼の瞳が、なぜか濡れている。それに気づいて、私はふいっと視線を窓の外に移した。
なんとなく、恥ずかしい。
「大マジ。こんな嘘ついてどうするの」
赤い光を点滅させながら、飛行機が夜空を横切る。
それを見ていると、壱月が口を開いた。
「再会したあの日、酒飲まなかったよな? ほら……愛音と、寝た日」
壱月をちらりと見ると、彼は頬を染め、窓の外を見ていた。
私はそんな彼の横顔を見ながら、あの日のことを思い出す。
コメント
1件
いやー、もう、もどかしかった!! 壱月の誤解に気づいた瞬間、思わず「違うって言ってやって!」って叫びそうになりましたよ。花斗の父親が元カレだと思い込んで嫉妬してる壱月と、伝えたつもりが全然伝わってなかった愛音……このすれ違いが絶妙でしたね。でも最後に「花斗の父親は壱月だよ」って言い切った時の解放感! 壱月の「…………マジ?」の呆けた感じも愛音の照れた反応も、お互いを想う気持ちが溢れてて胸が熱くなりました。この後どんな顔で花斗と向き合うのか、続きが待ち遠しいです!