チャイムが鳴る。今日の授業の終わりを告げる。
ああ、終わった。どうしよう、お腹が空いたな。お昼、何も食べなかったから。何か食べた方が良かったかな?でも、食べちゃダメだったかも知れないし、勝手に食べたら怒られたかも知れないし。だから我慢してしまったけど、この体、凄くお腹が空くな。今から食べても良いかな?鞄の中に財布はある。お金もある。それでパンでも買って食べようかな。でも大丈夫かな?良いのかな?
そうだ、彼女に聞いてみよう。彼女なら正しい事を教えてくれる筈。
僕は斜め後ろを見た。一之瀬夏乃がいる。いつも通りの綺麗な顔。僕は彼女が好きだった。恋人がいるのは知っている。生徒会長の磯野流喜。もうずっと長く付き合っている。
あいつより先に出会っていたらな。そしたら、いや、ダメだったかな?僕なんかじゃ。頭もそんなに良く無いし、運動も出来ないし、顔も標準以下だし、リーダーシップも何も無いし。
何も出来ない僕。お腹が空いても1人で何も食べられない僕。こんな僕じゃ。
彼女の所に磯野が来た。一緒に帰るのか。ああ、行ってしまう。僕とは釣り合わないんだから仕方が無い。サヨウナラ。
でも良いの?磯野の中には『アイツ』がいるみたいだよ?ひょっとしたら、帰り掛けに殺るの?良いのかな、『中身』と『外身』、分けて考えなくて良いのかな?聞きたいけど聞けない。ああ、行ってしまった。サヨウナラ。
僕は1人、黒板を見詰める。教室からは皆んな出て行く。
僕も帰ろうかな。家は何処だっけ。ああ、寮だ。
教科書、ノート、持って帰らないと。勉強しないと。
机から出して鞄に入れようとする。でも、上手く入れられずに床にバラバラと広がってしまった。
ああ、散らかしてしまった。どうしよう。怒られてしまうかな。
僕は頭を抱えた。
頭が痛い。喉が渇いた。お腹が空いた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。
教室には誰もいなくなった。僕は座ったまま動けない。
後のドアが開いた。そこから僕の光が入って来た。
ああ、明るい。明るくて綺麗だな。
「やっと見つけた。探したのよ」
あの子は、1年の須田愛海ちゃんだ。芸能人の。可愛い。愛海ちゃんが、僕の光。
僕は彼女の元に駆け寄った。僕より背が低い。小さい・・・。
目の前で少し立ち止まる。首を傾げる愛海ちゃん。
僕は、膝を付いて彼女の両足に縋り付く様に抱き付いた。
「会いたかった。僕の女王様・・・」
スカートに頬を擦り付ける。
愛海ちゃんは、僕の顎を左手の指で持ち上げる。見上げる僕の目を見詰めながら、右手の指を僕の左頬に立てる。鋭い爪が頬に食い込む。
痛い。
痛みに顔が歪む。目に涙が滲む。
「痛い・・・」
傷付いた頬から血が流れる。愛海ちゃんは屈むと、その血に舌を這わせる。傷口を舐めて消毒してくれる。嬉しい。声が漏れる。
愛海ちゃんの後ろには、2人の男子生徒を筆頭に10人位の生徒が控えていた。全員が僕達に首を垂れ跪く。全員知ってる。子供達だ。
「マリカ・・・」
彼女の名を呼ぶ。そうだ。彼女の名前は『マリカ』。人間が名付けた最強の災厄。
愛海ちゃん、マリカが僕を優しく見詰める。
「何?」
「僕、お腹が空いたんだ」
僕がそう言うと、マリカは僕を立たせる。僕の方が背が高い。
彼女の物よりも高い位置にある僕のウエストを抱える様に抱いて、彼女は僕をエスコートする。
「ならば、食堂を占領しようじゃないか」
全員が立ち上がる。マリカを先頭に、僕等は食堂へと歩き始めた。
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