テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
──最近、決まって見る夢がある。
何度も、何度も、繰り返す、不思議な夢。
始まりは──
お天気雨の降る、昼間の交差点。
舗装されたアスファルトが銀色に濡れて、空と地面の境界が曖昧になっていた。
どこか現実離れした静けさのなか、俺はただ、その場に立ち尽くしていた。
ふと顔を上げると、道の向こう側に、見知った男がひとり。
弐十が、空を見上げている。
「弐十くん!!」
俺は思わず、名前を呼んだ。
声が響いた気がして、もう一度、名前を叫ぶ。
けれど、あいつは動かない。
まるで別人みたいに、俺の声を無視している。
気付かせたくて、何度も、何度も名前を呼んだ。
やっと、こちらに顔を向けたその表情は──
暗く、悲しげだった。
泣いてる……?
心配になった俺は、
信号が青に変わると同時に、横断歩道を駆け出した。
……のに、足が思うように動かない。
重たいコンクリートにでも縫い付けられたみたいに、足元が軋んで、引きちぎれそうだ。
何故か、声も、うまく出せない。
すると急に、景色がぐらりと歪んだ。
瞬きをした次の瞬間には、俺は海の中にいた。
冷たい水が全身を飲み込み、
視界も、音も、感覚も、一気に閉ざされる。
もがく。息ができない。
焦るたびに泡が弾けて、肺が痛い。
「……に、弐十くんは……?!」
我に返り、急いで開いた目先にあったのは、
ぼんやりと揺れる巨大なヒレだった。
それは音もなく水をかき分け、
俺の目の前を、悠然と、優雅に通り過ぎていく。
続けて、白い影がゆっくりと現れる。
海の光を全身に受けながら、
一頭のクジラが、深海を漂うように泳いでいた。
その姿は、あまりにも大きすぎて。
現実とは思えないほど、恐ろしく……それでいて、美しかった。
背中は滑らかに弧を描き、
尾びれがゆるやかにしなるたび、まるで光そのものをまき散らすように、水の粒が舞い上がる。
深海の静寂をすべて纏ったようなその白い影に、
俺はただ、呆然と見とれていた。
それは、静かに泳ぎながら、こちらを……見た。
次の瞬間、
まっすぐで、大きくて、底が見えないような瞳が、ぐるんと俺を捉えた。
ぞわっと、背筋が粟立つ。
あの目は……俺の奥を見ている。
皮膚の下も、血の色も、全部すり抜けて、
心の底。隠していたもの。見つめられたくなかった何かを、
容赦なく照らそうとしてくる──
やめろ、見るな。
それなのに、
目が逸らせない。
声も出せない。
身体も動かない。
胸がぎゅっと締めつけられて、呼吸すらできなくなって──
「 ……っっうわぁ!!!! 」
叫び声と同時に、俺はベッドの上で跳ねるように目を覚ました。
時刻は、午前4時20分。
眠りについてから、たったの1時間しか経っていなかった。
汗びっしょりのTシャツが肌に貼り付き、
胸の奥が気持ち悪いほどぐちゃぐちゃに掻き回されている。
「……またクジラの夢かよ。まじキショい……」
海洋恐怖症の俺にとって、あんな悪夢は地獄だ。
思い出すだけでまた吐きそうになる。
ベッドの上で身を起こし、
いつ買ったかもわからない胃薬を取り出して口に放り込んで水で勢いよく流した。
最近、体調がずっとおかしい。
下痢は止まらないし、眠りも浅い。
そのうえ、こんな夢まで見るようになった。
「これは病院行かなきゃ……死ぬか……?」
危機感なんてなかった俺ですら、さすがに笑えなくなってきた。
それにしても、なんでいつも“クジラ”なんだ?
断片的にしか覚えてないけど、
夢の最後には必ず、あの白いクジラが出てくる。
気になって、ベッドに転がっていたiPhoneを手に取る。
Safariを開いて、検索窓に『夢 クジラ』と打ち込む。
上に出てきた夢占いまとめサイトをタップすると、
スクロールした先に、こんな記述が目に留まった。
「夢にクジラが出てくる場合、恐ろしいほど大きな想いや、影響力、あるいは問題やプレッシャーを象徴するとされます。また、秘めた才能や、新たな影響力の発揮を意味することもあります」
「へぇ……」
今の俺に当てはまってる……のか?
大きな問題も、プレッシャーも、毎日一緒に生きてるようなもんだ。
秘めた才能と新たな影響力は、
今以上に開花しちまうのか?そりゃ最高だな。
そんなことを思ってた矢先、
「そういや……あいつも出てきたな」
夢に弐十が出てきていたことを、唐突に思い出す。
でもなぜだか、思い出そうとすると、ふっと手のひらから記憶が滑り落ちる。
「まぁ、どうでもいいか……夢なんだし」
そう自分に言い聞かせて、
トイレに立ち上がった──