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夕方、17時。
ディスコードの画面には、それぞれの小さな顔と、明滅するアイコン。
通話に繋がっているのは、シード、弐十、そしてキル。
各々が黙々と作業をしていて、キーボードを叩く音や、マウスをパチパチと弾く音がスピーカーから響いていた。
ふと、シードが何気なく口を開く。
「…そう言えばさ、キルくん、最近ずっと体調やばいん?そろそろ病院行かせんとって、ニキがさ、むっちゃ心配しとったよ」
キルはその言葉を受けて、画面越しにぼんやりと目を伏せる。
「…うーん、まぁ。やばいか、
やばくないかで言えば、やばいかも」
「え!なに他人事みたいに言いよるん!笑
もーマジで診てもらった方がええって・・・下痢止まらんのんじゃろ?」
「んーーー…。下痢もだけど、最近は…」
「最近は?」
「寝不足の方がやばくて…」
「え?なに?おまえ寝てないの?」
黙っていた弐十が、ぽつりと口を開く。
「え、てか、なんで寝れんの?
ゲームのしすぎ?」
「いや、んー…なんか…、同じ悪夢を毎日見るようになって」
「あ、悪夢って、どんな…?」
一瞬、空気が止まる。
キルは答えを詰まらせたまま、ほんの数秒、沈黙する。わずかに眉をひそめたあと、押し出すように、ぽつりと答えた。
「……………クジラの、夢…」
「「 く……クジラ…!? 」」
聞き返す2人の声が重なる。
次の瞬間、シードが吹き出すように笑い出した。
「おまえ!どこが悪夢なん?!笑
心配しとんじゃけ笑かすなよ!!www」
「あー、シードくん、あのね、キルシュトルテさん海洋恐怖症だから笑 クジラ怖いの、こいつ」
「……………」
「あれ?キルくん?」
「………あ?あぁ、そうだよな。クジラ、なんておかしいよな」
「………トルテさん?」
弐十が、不自然な間に気づいたように、眉を寄せる。
キルは、ゆっくりと椅子の背にもたれかかり、
わざとらしくあくびをひとつ噛み殺すようにしてから、口を開いた。
「……まぁ、俺の体調も、夢の話も、どうでもいいわ。って言うかシード、お前は早く編集しろよ!ショート作るのに何日かけてんだYouTubeなめてんだろテメー!!」
「……う、うわー!!笑
体調悪くても説教おじさんは健在ですね~~笑」
そう笑って言いながら、シードはマイクから少し離れる。
「では、ちょっとその前に、タバコ買ってきまーす笑」
パチ、とヘッドホンがずれる音。
部屋から出ていく足音と、ドアが閉まる音だけが響く。
通話は、ふたりだけになった。
「……で、トルテさん。
ほんとに体調、大丈夫なの?」
「あ?心配するほどじゃねーよ。多分」
「ふーん………、そう」
弐十の返事も短くなった。
そのあと、また少しの沈黙があって、
キルが口を開く
「…おまえは最近どう?」
「ん?なにが?」
「忙しいの?」
「あー、有難いことに、ぼちぼちね。
今度、***さんとのコラボが決まって、企画会議とか準備で来月はバタバタしそう」
「へー、すげぇじゃん。」
「すげぇでしょ。その内落ち着いたら、また遊び行くわ」
「いや、来なくていいけど」
「寂しいくせにーー笑」
冗談めかした声が響いて、少しだけ、息が抜けた。たわいないやり取りなのに、どこか淡くて優しい。
そういえば、最後に弐十くんと会ったのはいつだったか。
ディスコでは頻繁に喋っているけれど、
もう二ヶ月近く、顔を見ていない。
少し前までは、週に一度は遊んでいたのに。
でも、だんだんと、それぞれの生活が忙しくなって、少しずつ、会う頻度も減っていった。
寂しさがないと言えば、嘘になる。
でも、楽しそうに忙しそうにしている弐十くんを見ていると、
どこかで、羨ましさが勝ってしまう自分もいた。
「準備…、頑張れよ」
ふと、そんな気持ちが声になる。
「ん! 頑張るわ」
その返事が、思った以上に嬉しそうで。
ちょっとだけ、胸がくすぐった。
──
その夜に見た夢も、やっぱり同じだった。
雨に濡れた道路の上で、俺はただ立ち尽くしている。
白く煙るような視界の向こう、交差点の先には──弐十くんがいた。
いつもと違ったのは、俺が声をかけるより先に、弐十くんの方が、ゆっくりとこちらに気づいたことだった。
肩がビクッと跳ねる。
それだけで、心臓が早鐘のように鳴りはじめる。
弐十くんは寂しげな顔で、なにかを言っている
──でも、声は聞こえない。
「弐十くん、なに? !聞こえねーよ!」
手のひらが震える。
喉が痛いほど叫んでるのに、あいつの表情は変わらない。
そのうち、信号が赤から青に変わった。
俺は自然と、足を前に踏み出していた。
重たくて、冷たくて、言うことを聞かない足。
それでも必死に動かして、横断歩道を駆ける。
前へ、前へ、ただあいつに近づきたくて。
あと1メートル。
ようやく弐十くんの顔がはっきり見えた。
何故か泣きそうなくらいに、優しい顔をしていて、
笑っているのに、どこか今にも消えてしまいそうで。
胸がギュッと締めつけられた。
そのまま、あいつの腕を掴もうと手を伸ばした──その瞬間…
足元が、崩れた。
ぐらりと傾く視界。
重力が反転したように、身体が空に引きずられていく感覚。
「っ……弐十くん!!!」
名前を叫びながら、伸ばした手が空を切る。
あいつが、どんどん遠ざかっていく。
その時──耳をつんざくような甲高い音が、頭の奥を突き刺した。
視線を落とすと、そこには、あの、クジラのいる深い海が広がっていた。
なぁ、もう……いいって。
毎回現れるソレに悪態をつきながら
俺の身体は、抵抗もできずに
ただ静かに、海へと落ちていった──