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#成長
ももは
551
#女体化
足将軍
1,306
11
放課後。
西日に照らされた廊下を歩きながら、華は微かな倦怠感を感じていた。昨夜の仕事——暗殺者『バド』としての任務は、予定通り完璧に遂行した。
だが、性別を切り替える際の身体への負担は、じわじわと、確実に体力を削っていく。
(……今日は早く帰って寝たい)
だが、部活という縛りが発生した以上、そう簡単には帰れないのが「普通」の学生生活というものらしい。
「華ちゃーーーん! 待ってたよ!」
部室のドアを開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、ポニーテールを激しく揺らして突撃してくる乃愛だった。
昨夜、暗い路地裏で引き金を引いていた華にとって、彼女の笑顔は、あまりにも眩しすぎた。
「……こんにちは、部長」
「もう、部長じゃなくて『乃愛』でいいって言ってるのにー!」
「あっそうそう!今日は、莉音くんもいるよ!」
見れば、部室の隅で莉音が不機嫌そうに墨を磨っていた。
「師匠、遅いっすよ。この女が三秒に一回は『華ちゃんはまだかな~』って言うから、耳にタコができて死ぬかと思ったっす」
「そ、そんなに言ってないよっ!」
「莉音、部ちょ…先輩に失礼な態度はやめなさい」
華の言葉に、莉音は「はーい」と生返事をしながらも、尻尾を振る犬のように嬉々として場所を空けた。
乃愛は華の手を引いて、中央の机へと連れて行く。
「昨日、自分の名前を書いてもらったから〜」
「今日はね、好きな文字を書いてみよーの会、開催です!」
華は乃愛に手渡された筆の重みを感じる。
昨夜、標的の眉間を貫いた銃の重さとは、あまりにも違う。
(……心を込めて)
(書く……)
だが、華の指先はピタリと止まった。
(……何を?)
時間は止まったかのように、華は筆を持ったままフリーズしてしまう。
これまでの人生、与えられるのは『標的の人数や名前』と『期限』だけだった。
自分の内側から何かを選び取るという行為に、華の思考回路は完全にショートしていた。
しばらくして、乃愛が快活に声を上げる。
「よし! 私は書けたよ!! 二人はどう?」
莉音が「待ってました」と言わんばかりに半紙を掲げた。
「見ろ!!!俺の愛を!」
そこにあったのは――『師匠』という二文字。
言っては悪いが、凄まじく雑である。バランスは崩壊し、勢いだけが紙を突き破らんばかりだ。
「わーーー!パワーって感じだね!」
「ふふふ。恐れ入ったか!」
莉音が、ふふんと鼻を鳴らす。
華は、その様子を見て少しだけ目を細める。
すると、乃愛の矛先がこちらを向いた。
「華ちゃんは何を書いたの?」
もちろん、目の前の半紙は真っ白なままだ。
「……いえ……まだです。何も、思い浮かばなくて……」
(しまった。これでは気まずい空気になる)
適当に、当たり障りのない文字を書いておけば良かった。
華は後悔した。
だが、今となってはもう遅い。
「うーん。じゃあ、私が決めてもいいかな?」
「え?」
だが、華の心配をよそに、乃愛は、華の白銀の髪に反射する夕日を見つめて、いたずらっぽく微笑んだ。
「『光』って、書いてみて!」
「……光?」
「うん! 華ちゃんの髪って銀髪だからか、光が当たるとキラキラ〜ってなってるから」
「華ちゃんに似合ってるでしょ?」
――光、か。
乃愛の無邪気な言葉に、華の胸がチリリと音を立てた。
(俺が、それを書くのか)
闇の中にしか居場所がないはずの人間が、乃愛に促されるまま、真っ白な紙に一筋の線を引く。
それは、殺し屋としての自分を否定するような。
けれども、どこか心地よさを感じる作業だった。
「……書けました」
華は、顔を上げた。
「わあ……! すごい、華ちゃん。やっぱり天才だよ!」
「ありがとうございます」
「師匠、最高っす! これ額に入れて俺の部屋の壁に飾るっす!」
「どうも(?)」
二人の騒がしい賞賛を背に受けながら、華は墨で汚れた自分の指先をじっと見つめた。
(ーーー自分の手が血以外のもので染まるのは初めてかもしれない)
空には、赤みが消え、細い三日月が顔を出していた。
***
見渡す限りの、真っ白な空間。
本来の男の姿で、バドは立ち尽くしていた。
視線の先、一人の少女がこちらを向いている。
五、六歳くらいだろうか。遠くにいるせいで、輪郭がぼやけている。
だが、彼女の口が、何かを伝えようと動いているのが分かった。
バドは、声を聞こうとして一歩踏み出す。
その途端、足元の地面から赤い絵の具のようなものが滲み出した。
それは、止まりもせず『白』を汚していった。
声が後ろから聞こえてくる。
少女は前にいるはずなのに。
(ど……して……た…………………の?)
――その途端、バドは目を覚ました。
午前〇時。
深く息を吐き、視線を下に向ける。手が少し震えていた。
(なぜ……)
額に滲み出た汗を拭う。
(……何か、悪い夢でも見ていたのか?)
バドには、幼少期の記憶がない。
『家族』も、『自分の本名』も、『故郷』さえも。
だが今、ゆっくりと、確実に過去の記憶が戻り始めている。
それは、彼が――“光”に触れてしまったからかもしれない。
コメント
5件
乃愛の「光」という提案、すごく良かったです……。暗殺者として血に染まってきた華が、筆を持って「好きな文字」を書こうとして固まるところ、心臓がぎゅっとなりました。最後の夢のシーンも、過去が静かに戻り始める怖さと切なさが滲んでて、続きがすごく気になります🌙 なつぱさんの文章、丁寧で重くて、でも温かくて、大好きです。