子供の頃から知っている。
この世に、優しい人なんていないことを。
親は全然家にいない。友達は友達じゃ無くなっていく。先生は僕のことを見てくれない。全部、全部分かりきっていることだった。
僕が、世界で1番不幸な人だと思っていた。
なのに、君と出会ったとき、そんな思いがバカらしいと感じた。
君は、世界の何もかもに虐められ、息苦しさに溺れていた。
優しい人がいない?……なら、僕がなってあげる。
「またか‼‼これで何度目だと思っているんだ‼‼」
「も、申し訳ございません……。」
上司の佐藤さんに怒鳴られ、勢いよく頭を下げた。
最近、失敗してばかりだ。最近というか、あの日からずっと。
「本当、出来損ないだ。お前の両親も、よくここまで育てられたよな。」
佐藤さんは、クスクスと笑いながら僕を見た。
僕は思う。僕に親なんていなかったから、出来損ないに育つのは普通だ、と。
他の人は、デスクと向き合って黙々と仕事を進めている。僕は、他の人たちとは違う環境で育ってきた。この人たちみんな、こいつまた怒られてる、としか思っていないんだろう。
みんなには分からないさ。僕の気持ちなんて。
「もういい。他の仕事をしろ。」
そう言って、あっちけとでも言うような顔をした。
「鈴木さぁ〜んっ‼」
佐藤さんは仕事がよくできる、美人で有名な人を呼ぶ。
「はい。なんでしょうか。」
「この仕事を頼むよぉ。またあいつがミスをしてさぁ?」
会話が丸聞こえだ。僕に聞こえるように言っているのか。それとも、ただオヤジだから声がデカいのか。
「自分でやって下さい。」
鈴木さんは冷たく返し、またデスク前へ戻った。
「はぁあ、冷たい鈴木さんも最高……。」
鈴木さんはその言葉を聞くなり、複雑に顔をしかめた。セクハラで訴えてもいいレベルだ。
時計がカチッと音をたてる。気がつくと、定時の時間になっていた。
せっせと帰る準備を進めていると、ポンッと誰かが僕の肩にてを乗せた。
嫌な予感がした。振り向くと、案の定、佐藤さんだ。
「何、ドズルくん。帰るつもり?」
何、は僕のセリフだ。
「君は、今日失敗を犯したから、居残りだよ。」
佐藤さんがそう言ったところで、鈴木さんが佐藤さんの後ろに立っていることに気がついた。佐藤さんは、そのまま話を続けた。
「ドズルくん、君さぁ、反省してないよね?いつも失敗してばかりで。もう、仕事辞めても良いんだよ?みんな迷惑してるから。」
そこで、僕が佐藤さんの後ろを見ていることに気が付き、佐藤さんは後ろを振り向く。後ろにいた人物が誰だか気づき、顔を真っ青にし始めた。
「佐藤さん、最低ですね。もう、上には報告してありますから。」
鈴木さんは、僕の腕を掴んでその場を離れさせた。
後ろからは、何か怒鳴っている佐藤さんの声が聞こえた。
なんとか、鈴木さんに助けてもらい、僕は帰ることに成功した。
外は少し雨が降っていて、傘をさしながら帰っていた。
───家の近くのコンビニの前を通った時だった。
「なぁ〜………。」
弱々しい声が聞こえた。
声の先には、ダンボールがあって、その中に真っ黒な猫が一匹震えていた。
……それが、僕と君の出会いだった。
コメント
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惚れた
新作ですかっ!? え、もうこの時点で神なのは気のせいでしょうか...?