テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
鷹槻れん/鷹槻うなの

35,460
鷹槻れん/鷹槻うなの

21,373
臣桜
51,196
#恋愛
水無月 京
1,300
「じゃあ、そろそろお開きにしましょうか」
伊藤さんの声掛けで、ようやく宴がお開きになった。支払いを誰が立てるかで2人が少し揉めているのをぼーっと眺めながら、ハンガーからコートを抜き取る。目の前の出来事が少し遠くに感じられるくらいには酔っているらしい。
まずいな。
ちょっと油断しすぎたとコートを羽織る。この室内とアルコールで火照った体には暑い。
「ご馳走様でした」
店の外で2人に頭を下げれば、2人ともいやいやと手を振る。
「また付き合ってよ」
と伊藤さんがにこやかに言う傍らで、豆さんは口をへの字に曲げている。ジトっとした目は「お前は飲み過ぎだ」と嗜められているようで少々居心地が悪い。
でも、飲みすぎたのは豆さんのせいでもあるんだから。言わないけど!
「タクシー呼びましょうか?」
酔ってても本分は忘れてません、とつい言い張りたくて2人に声をかける。
「んー呼ばなくてもそこの大通りに出たら流しでいっぱいいるんじゃないの」
「それか、その大通りに沿って少し歩けばタクシー乗り場あるんで、そこなら確実かも」
じゃあそちらに、となんとなく皆が向かおうとすれば
「私はここの地下鉄で」
と伊藤さんの秘書さんが控えめに声をあげる。
「あ、じゃあ私も地下鉄で帰ろうかな」
乗り継ぎはいるけれど、流石にタクシーを使うのは気が引けて。彼女と一緒に退場しようと思えば
「弓家さんはタクシーね」
と豆さんに腕を引かれる。予想しなかった衝撃に、足は耐える力もなくフラフラと引っ張られるままに豆さんに近づく。
「え?」
「そんなフラフラで電車に乗せられないって」
危ないでしょう、と眉を顰める彼はつくづく過保護だと思う。言い返したかったけれど、伊藤さんたちの目も気になるので「じゃあ…」と諦めて、伊藤さんの秘書さんとお別れする。
秋の夜は思った以上に冷える。店の暖かさとのギャップに今更ふるりと震えながら数歩先を歩く伊藤さんを目掛けて歩く。
「大丈夫、寒い?」
「そうですね、思ったより寒いです」
お酒飲んであったかいはずなんですけど。
ヘラリと笑えば、豆さんはやっぱり困った顔をする。
「弓家さん、酔うとちょっと無防備だね」
「は?何を言って…」
聞き間違えたのかと思わず声を上げてしまう。ちょうどその時、伊藤さんがこちらを向く。
「大豆生田さんたち、ついてきてますー?」
「あ、はい!」
「…電話だ」
伊藤さんに駆け寄ろうとすれば、隣でボソリと訝しげな声が聞こえて、豆さんはスーツの内ポケットに手を突っ込む。
こんな時間になんだよ、と液晶画面を面倒くさそうに見つめているが、手に持っているのは社用のスマホなので仕事の用事なのだろう。
「弓家さん」
「はい」
「ちょっと待ってて」
すぐ戻るから。
そう言い残して、豆さんは電話を耳に当てながら小径に入っていく。
「なんか、大豆生田さんはお電話みたいです」
「あらまあ。忙しいねあの人」
伊藤さんも苦笑いをしながら、「俺なら酔ったら電話出ないわ。出ても喋れる気がしないし」なんて言うのでそれは大いに同意する。
「じゃあ少しゆっくり歩いてます?」
「あーどうしましょう」
待っててと言われたしな、と考えていれば「子供じゃないんだから、大豆生田さんもすぐに行き先はわかりますよ」と諭されてしまう。
伊藤さんを放っておくわけにもいかないし。
それに…遊び好きなら私が放っておいても問題ないでしょう。なんならどこかに立ち寄って帰れば良いのに。
「わかりました」
歓楽街は人が増えて、流れが一層激しくなりつつある。豆さんと一度離れることの方は、なんだかんだ心配だったけど…もう知らない。
「行きましょう」
今度は隣に伊藤さんが立ち、再度雑踏を歩き始める。
隣に立つ影が違うだけで、こんなにも違和感があって心がざわつくのか。思わず自分のパンプスに視線を落としながら、一歩一歩を踏み締める。
「混んでますね」
「えぇ」
たわいもないラリーを時々、少々。
伊藤さんのやや早い歩みに負けないように足を動かしながら、豆さんはまだかなと、酔いのせいでぼんやりした思考だけがぐるぐる脳内を駆け回る。
だから。
「着きましたよ」
と穏やかな声に誘われ、
「案外早いですね」
と何も考えずに顔を上げて、視界いっぱいに映るホテル群が目に飛び込んでも。
「え、ここにタクシー乗り場が?」
何の危機感も抱かず、頓珍漢な答えを返していたことに、私はまだ気づけていなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!