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#K-T
#CREATIVE BASE
#人狼
K-Takasaka
153
#K-Takasaka
階段は、上へ続いていた。
K-Tは先頭を歩いている。
右腕を失ったことで、体の重心が変わっていた。以前なら盾を右手に構え、左手で拳銃を扱っていた。今は左手だけで武器を持ち替えなければならない。
動きは遅くなった。
攻撃の幅も狭くなった。
だが、K-Tは歩みを止めなかった。
後ろには、メバルたちがいる。
前には、組織のトップがいる。
この事件を終わらせるために、彼らは本部の中枢へ向かっていた。
階段の途中で、K-Tは立ち止まった。
上から足音が聞こえる。
複数。
重い装備。
ミステーが端末を確認した。
「上に十人以上。防弾装備。武器も重い」
「この階段では、数が多いほうが不利になる」
マサカゲが言った。
「どうする?」
K-Tは周囲を見た。
階段の途中に、左右へ分かれる整備通路がある。
通路の先には、古い空調設備。
「カキ、アオノ。左から回り込め」
「了解」
「マサカゲ、ミステー。後方を封鎖」
「分かった」
メバルがK-Tを見る。
「私は?」
「俺と来い」
「いいの?」
「ああ」
K-Tは一瞬、言葉を止めた。
「必要だからだ」
メバルはため息をつく。
「今度は、ちゃんと理由を言って」
「お前の判断が必要だ」
メバルは目を見開いた。
K-Tが、誰かの判断を必要だと言うことはほとんどなかった。
「分かった」
メバルは銃を構えた。
「任せて」
K-Tは、階段上から現れた兵士へ向けて拳銃を撃った。
一人目が倒れる。
続けて二人目が盾を構えた。
K-Tは残った防弾盾を左腕に固定している。右手がないため、以前のように自由には扱えない。
それでも、盾を前に出して階段を上った。
銃弾が盾に当たる。
衝撃で左肩が痺れた。
K-Tは一段上がるたびに、敵の位置を確認した。
正面に三人。
上段に五人。
背後には、仲間たち。
一人で全員を倒す必要はない。
止めればいい。
敵の動きを崩し、仲間が進む道を作ればいい。
「今だ」
K-Tが言った。
左側の整備通路から、カキとアオノが現れる。
二人が敵の側面を撃った。
兵士たちが振り返る。
K-Tは階段を一気に駆け上がった。
盾で先頭の男を押し倒し、拳銃を反対の男へ向ける。
一発。
二発。
銃弾が防弾装備に当たり、男が倒れる。
三人目が刃物を抜いた。
K-Tは刀を抜いた。
右手がないため、左手だけで柄を握る。
敵の刃を受ける。
火花が散った。
相手の力に押され、K-Tは一段下がった。
敵が勢いに乗って踏み込む。
K-Tは刀を滑らせ、相手の刃を外へ流した。
それから、柄頭を敵の顔面へ叩き込む。
兵士が倒れた。
「右から来る!」
メバルが叫んだ。
K-Tは振り返った。
別の兵士が、メバルへ向けて発砲しようとしている。
K-Tは盾を投げた。
盾が銃口に当たり、弾道が逸れる。
メバルが敵の足を撃った。
兵士が崩れ落ちる。
「助かった」
メバルが言う。
「当然だ」
「今のは、ありがとうって意味?」
「そうだ」
メバルは少しだけ笑った。
「言えるじゃん」
K-Tは答えなかった。
戦闘が終わる。
しかし、遠くから新たな足音が聞こえてくる。
カキが倒れた兵士の無線を拾った。
「まだ来る。上層階から増援が降りてくるぞ」
「進む」
K-Tが言った。
「休まないのか?」
「上に行けば、敵の数は減る」
「どうして?」
「トップを守るために集めている」
K-Tは階段の先を見た。
「つまり、近い」
最上階へ続く扉は、厚い金属でできていた。
扉の前に、黒い服を着た男が一人立っている。
武器は持っていない。
だが、周囲の兵士たちは誰も近づこうとしなかった。
男は、組織のトップだった。
顔立ちは整っている。
髪には白いものが混じっている。
右手には、細い杖を持っていた。
K-Tは拳銃を構えた。
「ようやく来たか」
トップが言った。
「長かったな」
「終わらせる」
「お前は、そればかりだ」
トップはK-Tの右肩を見た。
「腕を失っても、まだ自分が正しいと思っているのか?」
K-Tは答えなかった。
「私は、お前を育てた組織を守ろうとした」
トップは淡々と話した。
「組織がなければ、護衛も、武器も、仲間も存在しなかった。お前が守ろうとしているものは、すべて組織から与えられたものだ」
「だから、何をしても許されると?」
「必要な犠牲だ」
「家を壊した」
「お前たちを保護するためだ」
「銃を撃った」
「反逆者を止めるためだ」
「仲間を狙った」
「お前を戻すためだ」
K-Tは、拳銃を少し下げた。
メバルが彼を見る。
トップは、K-Tが動揺したと判断した。
「分かったか。お前たちが逃げたから、犠牲が増えた」
「違う」
K-Tは低く言った。
「犠牲を選んだのは、お前だ」
トップの表情が変わる。
「私がいなければ、もっと多くの人間が死ぬ」
「未来を理由にして、今いる人間を捨てている」
「それが指導者の判断だ」
「俺は、そんな判断をしない」
「だから、お前は護衛止まりだ」
トップは杖を床へ打ちつけた。
最上階の扉が開く。
その奥には、広い指令室があった。
壁一面に画面が並び、街中の監視映像が流れている。
組織の通信、隊員の位置、護衛対象の情報。
すべてがここで管理されていた。
中央の巨大な画面には、K-Tたちの行動記録が表示されている。
幼い頃の訓練。
最初の任務。
メバルたちとの出会い。
そして、今回の逃走。
トップは画面を見上げた。
「お前たちの未来も、ここに記録されている」
ミステーが端末を操作する。
「記録が多すぎる。誰かが、二十年以上前からこのデータを集めてる」
「組織のトップが?」
「違う。管理者権限が別にある」
画面の端に、黒い文字が表示された。
《X》
メバルがそれを見た。
「また、この名前……」
トップは、初めて沈黙した。
その沈黙は短かった。
しかし、K-Tは気づいた。
Xという名前は、トップにとっても予想外だった。
「お前は、Xを知っている」
K-Tが言った。
トップは答えない。
「誰だ」
「お前が知る必要はない」
「答えろ」
K-Tの声が低くなる。
トップは薄く笑った。
「お前と同じだ」
「何が」
「守るために、すべてを捨てる人間だ」
その瞬間、指令室の画面が一斉に切り替わった。
黒いスーツの男が映る。
右腕がない。
顔は黒い線とデジタルノイズに覆われている。
男は画面の向こうで、K-Tたちを見ていた。
『その男を倒せ』
声が流れる。
K-Tは画面を見た。
『だが、まだ殺すな』
「命令するな」
『命令ではない。警告だ』
「姿を見せろ」
『まだだ』
K-Tは画面へ銃口を向けた。
『お前は、ここで選択する』
「選ばない」
『選ばなければ、仲間の誰かが死ぬ』
トップが杖を捨てた。
杖の中から、短い刀が抜かれる。
「話は終わりだ」
トップは刀を構えた。
K-Tは拳銃を下ろした。
「メバル、下がれ」
「嫌」
「これは俺の戦いだ」
「違う」
メバルはK-Tの隣へ並んだ。
「私たち全員の戦い」
トップが刀を構えたまま笑った。
「それが、お前の弱点だ」
「弱点ではない」
K-Tは刀を抜いた。
左手だけで構える。
「守る理由だ」
トップが踏み込んだ。
戦いは、一瞬で始まった。
トップの刀は速かった。
K-Tが受ける。
刃と刃がぶつかり、火花が散る。
トップはK-Tの失った右腕側へ回り込もうとする。
右側を守れないことを知っている。
K-Tは足を引き、相手の刃をかわした。
トップの刀が肩をかすめる。
K-Tは拳銃を撃つ。
トップは体をひねり、弾丸を避けた。
「片腕では、以前のようには戦えない」
「以前と同じ戦い方はしていない」
K-Tは左手の刀を振った。
トップの刀を弾き、続けて拳銃を構える。
トップは机の陰へ飛び込んだ。
カキが撃つ。
トップは机を盾にして弾丸を防いだ。
「撃てないのか!」
カキが叫ぶ。
「メバルが近い」
K-Tが答えた。
トップはその隙に、指令室の中央装置へ走った。
画面に、メバルの家族の位置が表示される。
「動くな」
トップが言った。
「この装置から命令を出せば、彼らは殺される」
メバルが銃を構えた。
「撃てばいい」
K-Tが見る。
「メバル」
「今さら、脅されて止まると思う?」
トップは笑った。
「撃てるのか?」
「撃つ」
メバルの指が引き金にかかる。
K-Tは、彼女の腕をわずかに押さえた。
「待て」
「どうして!」
「装置を止める」
「時間がない」
「ある」
K-Tはガラケーを開いた。
左手だけで、端末を操作する。
組織の指令システムへ侵入する。
トップが気づいた。
「その端末を使うな!」
「遅い」
K-Tはアンテナを伸ばし、中央装置へかざした。
接続。
認証。
逆探知。
転送。
画面に大量のデータが流れ込む。
ミステーとアオノが隣から支援する。
「K-T、中央システムの権限が高すぎる。単独では無理だ」
「入れる」
「でも、トップの生体認証が必要だ!」
K-Tはトップを見た。
「メバル」
「分かった」
メバルがトップへ向かって走った。
トップが刀を振る。
K-Tが割り込み、刃を受けた。
トップの刀がK-Tの左腕へ迫る。
K-Tは刀を押さえ、トップの足を蹴った。
トップがよろめく。
メバルが背後へ回り、トップの腕をつかんだ。
K-Tはガラケーのアンテナを、トップの手首へかざした。
生体情報を読み取る。
中央装置のロックが解除された。
「今だ!」
ミステーが叫ぶ。
K-Tは組織のすべての記録を複製した。
冤罪の証拠。
命令記録。
襲撃記録。
メバルたちを狙った作戦。
家を破壊した命令。
K-Tの右腕を切り落とした殺し屋への指示。
すべてのデータが、外部の複数の端末へ送信される。
トップがK-Tを蹴り飛ばした。
K-Tは床を転がる。
トップはメバルへ向き直った。
「お前がすべてを壊した!」
刀がメバルへ振り下ろされる。
K-Tは、考えるより先に走った。
右腕がない。
盾も持てない。
それでも、体ごとメバルへ飛び込んだ。
刀がK-Tの左肩をかすめた。
K-Tはメバルを押し倒し、トップの懐へ入る。
拳銃を構える。
トップは刀で銃身を弾いた。
銃が床へ落ちる。
二人は、互いに武器を失った。
K-Tは左手でトンファーを抜いた。
トップは刀を握っている。
刃が迫る。
K-Tは刀を避け、トンファーで相手の手首を打つ。
トップの刀が床へ落ちた。
トップはK-Tの首をつかみ、壁へ押しつける。
「お前は、私を殺せない」
「なぜだ」
「護衛だからだ」
トップは力を込める。
「お前は守ることしかできない。敵を殺す決断はできない」
K-Tの視界が暗くなる。
彼の背後に、巨大な画面がある。
そこには、Xと名乗る未来の男が映っていた。
黒いスーツ。
右腕がない。
ノイズに覆われた顔。
『殺すな』
Xの声が響く。
『それを選べば、お前は俺になる』
K-Tは、トップの腕をつかんだ。
『ここで終わらせるな。未来を残せ』
K-Tの呼吸が乱れる。
トップは耳元で囁いた。
「そうだ。私を殺せば、お前は私と同じになる」
K-Tは、トップの背後にある画面を見た。
メバルが立ち上がっている。
カキたちも武器を構えている。
誰も逃げていない。
誰もK-Tに「一人で決めろ」と言っていない。
メバルが叫んだ。
「K-T!」
K-Tはトップの腕を外した。
自分の体を回転させ、トップを床へ投げる。
トップの背中が床に叩きつけられる。
K-Tは、落ちた拳銃を拾った。
左手で構える。
トップは床に倒れたまま、笑っている。
「撃てるのか?」
K-Tは、銃口を向けたまま動かなかった。
自分の中で、いくつもの声が重なる。
教官の声。
護衛は、対象が生き残ったときに成功する。
トップの声。
お前は、敵を殺す決断ができない。
Xの声。
ここで終わらせるな。
メバルの声。
もう一人で決めなくていい。
K-Tは、ゆっくりと仲間たちを見た。
「カキ」
「いる」
「ミステー」
「いる」
「マサカゲ」
「いる」
「アオノ」
「いる」
「メバル」
「いる」
K-Tは、もう一度トップを見る。
「お前は、これまで何人を犠牲にした」
トップは答えなかった。
「何人を、必要な犠牲だと言って捨てた」
「お前に何が分かる」
「分かる必要はない」
K-Tの声は低かった。
「俺は、今いる仲間を守る」
トップは、床に落ちた刀へ手を伸ばした。
一瞬でも遅れれば、メバルを狙う。
K-Tは引き金に指をかけた。
トップが刀をつかむ。
K-Tは、ためらわなかった。
「お前が作った運命だ」
銃口が、トップへ向く。
「俺たちは、それを選ばない」
トップが刀を振り上げる。
K-Tは、静かに言った。
「呪われた運命はここで終わらせる」
銃声が響いた。
トップの動きが止まる。
刀が床に落ちた。
男は、ゆっくりと倒れた。
その瞬間、指令室のすべての画面に、組織の内部記録が表示された。
冤罪の証拠が公開される。
襲撃命令が公開される。
これまで隠されていた組織の計画が、世界中へ送信されていく。
ミステーが画面を見つめた。
「送信、完了」
カキが息を吐く。
「終わったのか?」
誰も答えなかった。
K-Tは、倒れた組織のトップを見下ろしていた。
「K-T いや、Kさん」
メバルが呼ぶ。
「何だ」
「もう、武器を下ろしていいよ」
K-Tは、まだ拳銃を構えていたことに気づいた。
左手を下ろす。
トップは動かない。
彼の死によって、組織の指揮系統は崩壊した。
追跡部隊の通信が途切れる。
施設内の警報が消える。
ようやく、長い事件が終わった。
しかし、K-Tのガラケーはまだ動いていた。
画面に、最後の通信が表示される。
《X:観測終了》
K-Tは画面を見た。
「X……」
メバルが隣に立つ。
「誰なの?」
「分からない」
その直後、中央画面の一つが起動した。
そこに映ったのは、先ほどの黒いスーツの男だった。
右腕はない。
顔はノイズに覆われている。
男は、K-Tと同じように周囲の安全を確認していた。
逃走経路。
仲間の位置。
敵の数。
動きも、判断も、K-Tと同じだった。
『組織のトップは倒れた』
男が言う。
『だが、これは始まりにすぎない』
K-Tは拳銃を向けた。
「お前は誰だ」
男は、しばらく答えなかった。
その間だけ、声がわずかに揺れた。
『俺は、お前が二十年後に知る名前だ』
「名前を言え」
『X』
K-Tは画面を睨んだ。
「何が目的だ」
『お前が、俺にならないことだ』
「意味が分からない」
『分からなくていい。今はまだ』
Xは、画面の向こうでわずかに顔を下げた。
『お前は、仲間を守るために組織を壊した』
「当然だ」
『だが、その後に何を守る?』
K-Tは答えなかった。
『俺は、未来に残る可能性を守ろうとした。だから、多くを切り捨てた』
Xの声が低くなる。
『お前は、今いる仲間を守ろうとした。だから、未来を壊した』
「それでいい」
『本当に?』
K-Tはメバルを見た。
カキ、ミステー、マサカゲ、アオノ。
全員が傷ついている。
それでも、生きている。
K-Tは画面へ向き直った。
「今いる仲間が生きているなら、それでいい」
Xは沈黙した。
その沈黙は、ゲームマスターとしての計算ではなかった。
否定されたことへの痛みだった。
K-Tはそれに気づいた。
「お前は、俺を知っている」
『……』
「俺の動きも、判断も、癖も」
『観察と分析だ』
「違う」
K-Tは低く言った。
「お前は、俺が何を言うか知っている」
Xは、答えなかった。
「俺が、何を守るかも」
画面のノイズが一瞬乱れた。
『これ以上は、まだ話せない』
「逃げるのか」
『必要だからだ』
その言葉を聞いて、K-Tは黙った。
自分と同じ言葉。
同じ間。
同じ判断。
画面の向こうの男は、自分に似すぎている。
『いつか、また会う』
Xが言った。
『そのとき、お前は俺を止めろ』
通信が切れた。
指令室に静寂が戻る。
メバルが、K-Tの左腕を見た。
「追わないの?」
「追えない」
「どうして?」
「今は、ここにいる仲間を連れて出る」
メバルは微笑んだ。
「それでいい」
K-Tは、倒れたトップのそばを通り過ぎた。
右腕を失った痛みは、まだ消えていない。
これから先、以前と同じようには戦えない。
組織を壊したことで、彼らは自由になった。
同時に、誰にも守られていない存在になった。
冤罪は晴れた。
だが、K-Tは組織へ戻れない。
仲間たちも、もう以前の生活には戻れない。
それでも、全員が生きている。
それだけで、K-Tにとっては十分だった。
本部の外へ出ると、夜が明け始めていた。
雲の隙間から、薄い光が差している。
アオノが装甲車の扉を開けた。
「乗るぞ」
カキが負傷した肩を押さえる。
「どこへ行く?」
「安全な場所」
マサカゲが答えた。
ミステーは記録端末を確認している。
「組織の残党が動き始めた。まだ追跡される可能性はある」
「なら、移動する」
K-Tが言った。
メバルは、彼の隣に立った。
「K-T」
「何だ」
「これからも、一人で行くつもり?」
「必要なら」
「私たちは?」
K-Tは仲間たちを見た。
以前なら、離れるべきだと考えた。
自分が近くにいる限り、危険が続く。
彼らを守るには、姿を消すのが一番だ。
だが、右腕を失ったとき、K-Tは仲間に支えられた。
自分一人では、すべてを守れなかった。
そして、仲間たちは離れなかった。
K-Tは、しばらく考えた。
「……一緒に来い」
メバルが笑う。
「それ、命令?」
「判断だ」
「またそれ?」
「必要だからだ」
メバルは、今度は笑いながら頷いた。
「分かった」
K-Tは装甲車へ乗り込んだ。
最後に、本部の建物を振り返る。
炎が上がっている。
長く続いた組織の歴史が、静かに崩れていく。
その瓦礫の中で、K-Tは自分の右腕を見た。
そこには何もない。
失ったものは戻らない。
過去も変えられない。
だが、これからの判断は変えられる。
K-Tは車両の扉を閉めた。
装甲車が走り出す。
誰も、未来のことは知らない。
二十年後。
K-Tの右肩からは、今と同じように袖だけが垂れている。
彼は髪を金色に染めて黒いスーツを着て、顔をデジタルノイズに覆われたゲームマスターになる。
Xという名前で、参加者たちに試練を与える。
未来に残る可能性を守るために。
時には、誰かを見捨てる。
時には、危険すぎるゲームを仕掛ける。
助けた理由を問われれば、必ずこう答える。
「ゲームの進行に必要だった」
だが、そのすべての始まりには、仲間を守るために組織へ立ち向かった一人の護衛がいた。
自分が傷つくことを後回しにし、説明をせず、何度も一人で危険へ戻った男。
右腕を失っても、仲間を見捨てなかった男。
K-Tはまだ、自分がXになることを知らない。
Xもまだ、K-Tがどんな未来を選ぶのか分からない。
ただ、二人は同じ道の上にいる。
目の前の仲間を守る過去と。
未来に残る可能性を守る現在。
その境界に立ちながら、Xは監視画面の前で静かに呟く。
『……まだ終わっていない』
画面には、走り去る装甲車が映っている。
その中には、K-Tと仲間たちがいる。
誰も欠けていない。
それを確認したXは、ノイズに覆われた顔をわずかに下げた。
そして、二十年前の自分が初めて仲間に頼った瞬間を、何度目かも分からないほど繰り返し再生した。
K-Tの声。
「退路を任せる」
その言葉を聞くたびに、Xは思う。
あのとき、自分はまだ未来を捨てていなかった。
だからこそ。
いつか自分が、K-Tの前に立つ日が来たなら。
彼に止めてもらわなければならない。
未来を守るために、現在を犠牲にする自分を。
すべてを一人で決めようとする、自分を。
そして、呪われた運命を。
Xは画面を閉じた。
黒いスーツの袖だけが、静かに揺れる。
ゲームマスターの過去は、そこで終わる。
K-Tの逃走も、そこで終わる。
だが、二十年後。
新たなゲームが始まる。
その中央に立つ男は、顔をノイズに覆われたまま、低い声で告げる。
「俺を信じる必要はない」
そして、誰にも見えない場所で。
かつての自分が選んだ言葉を、もう一度繰り返す。
「必要なら、助けに行く」
コメント
1件
うわあ……重厚で、苦しくて、でも確かに温かい話でしたね。 K-Tが「必要だからだ」としか言えなかったのが、最後にちゃんと「一緒に来い」って言えた瞬間、胸が熱くなりました。 それにしても、X=未来のK-Tという構造が切なすぎる……自分を止めろと言えるって、どれだけの覚悟なんだろう。 失った右腕と、それでも守り抜いた仲間たち。 組織に抗うアクションと、メバルたちとの距離感の変化が、本当に丁寧に描かれていて、何度も読み返したくなります。 続き、絶対に読みたいです。