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広い広い王都の外れ、古くから続く貴族・吉田家は、今日も静かに日常を繰り返していた。
とはいえ――その生活は、もう静かなだけでは済まないほど逼迫していた。
「仁人、お前…この話、どう思う?」
父の声に、仁人は読みかけの本からそっと目を上げる。
「…結婚の、話?」
「いやいや、まずはお茶だ。話すだけでいいらしい。本当に気に入らなければ断っていいって言ってくれてる」
「国王陛下がそんなこと言うの、逆に怖いけど……」
「まぁなぁ……」と苦笑いする父の頬には、薄く皺が浮かぶ。
仁人は眼鏡を軽く押し上げ、ふうとひと息。
「でも、僕が行かなきゃこの家はもうダメかもしれないって思ってるでしょ?」
「…………否定はしない。」
「はあ……わかったよ。お茶、飲むだけならいい」
ふんわりとした茶髪が、午後の光に透けた。
ツンとした顔をしていたが、実のところ彼は家族想いで、根は優しい。
ただ、「王子とお茶をする」なんて、想像もつかない。
相手の名前だって――
「佐野……勇斗王子?」
聞き覚えはあった。王国中の乙女が夢中になっている、あの王子だ。
(……あー、絶対話し合わないやつじゃん……)
そして当日。
王宮の離れにある応接室。
仁人は、慣れない正装と緊張で少し落ち着かない。
そこへ、扉が静かに開いた。
『お待たせしました。佐野勇斗です』
思っていたよりも、声が低くて落ち着いていた。
金色の髪が陽に透けて、整った顔立ちは本当に絵の中から出てきたようだった。
「……吉田仁人、です」
仁人は少しだけ目を逸らしながら頭を下げた。
「仁人、ね。来てくれてありがとう。正直、こういう場は俺もあんまり得意じゃなくてさ笑」
ふっと笑ったその表情に、仁人は「思ってたよりチャラくない……」と、心の中でちょっと評価を改めた。
『君、緊張してる?メガネが曇ってるよ』
「べ、別に……!緊張してません…!」
慌てて眼鏡を外し、ハンカチで拭く仁人に、勇斗はクスッと笑う。
『かわいいな、君』
「っ……からかってます?!」
『いや、本気』
紅茶の香りが立ち込める中――
ふたりの物語は、静かに始まっていた。