昼休み。
教室の片隅、いつもなら恋人と笑って弁当をつつくみことは、今日はまるで別人のように静かだった。
「……みこと、大丈夫?」
隣に座る恋人が、そっと覗き込むように声をかける。
「……うん、大丈夫だよ」
みことは微笑もうとするが、その表情はどこか曇っている。視線は窓の外に落ち、手元の箸はほとんど動かない。
恋人は眉を寄せ、みことの手にそっと触れた。
「さっきから元気ないよ。なんかあった?」
「……なんにも」
みことは答えるが、その声は震えていた。
(すち……今頃、何してるんだろ……俺、あんな顔させて……)
「本当に?」
恋人は柔らかく問いかける。
「無理してない? 俺、みことの顔見てたらわかるよ。」
みことの胸がじくり、と痛む。
気づけば、弁当箱の上にうっすらと涙が落ちていた。
「あっ……ごめん……なんか……」
慌てて袖で拭うが、恋人はその手をそっと止め、安心させるように微笑む。
「泣かないで。辛いなら話していいから」
みことは首を振る。
「……話したら……もっと失う気がして……怖い……」
自分でも制御できない涙をこらえながら、ただ俯く。
恋人はそんなみことの肩を優しく抱き寄せた。
「ねぇ……みことが苦しむなら、俺は理由を知りたいよ」
けれどみことの心には、ひとりの名前しか浮かんでいなかった。
すち。
昼休みのざわめきのなか、 みことは恋人の隣にいながら、 完全に心をどこかに置き去りにしたまま、静かに震えていた。
放課後。
すちはみことの視線を避けるように、すれ違いざまにほんの少し歩幅を速める。
「……すち?」
みことが小さな声で呼んでも、
すちは立ち止まらない。
その横顔は、まるで何も感じていないかのように冷たくて、 ほんの前まで自分を優しく撫でてくれた手の主と同じとは、とても思えなかった。
胸がきゅっと縮む。
「……なんで……?」
答えは返らない。
すちの背中は遠ざかり、その分だけみことの心も崩れていった。
数日後。
みことは授業中も、ノートを取る手が震えていた。
すちが前の席で少しでも姿勢を変えるたび、 みことはその背中にびくっと反応してしまう。
(俺……どうしよ? どうしよう……)
わからない不安が、喉の奥を締めつける。
恋人に抱き寄せられても、みことの心はすちの方へばかり向いていた。
「……みこと、顔色悪いよ?」
「……だいじょうぶ……」
声はかすれ、手は冷え、胸の奥でずっと何かが泣いている。
すちが自分から離れていくたび、 みことは追いかける勇気も、立ち止まる気力も、どちらも失っていった。
すちが距離を置きたがる理由を考えるほど、 みことはどんどん自分を責めて、弱って、苦しんでいく。
離れれば離れるほど、 すちを失う恐怖が強くなり、 みことはどこにも心を置けなくなる。
ただ、ひとつだけはっきりしていた。
——みことは、すちを失うことだけはどうしても耐えられなかった。
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