「…寒い」
少し瞬きをした間にすぐ冬になった。前までは秋か冬か分からなかったくらいなのに、今では一瞥しただけでも分かる。まるでドラゴンスパインに居るような気分で落ち着きが無くなる。
なんて言う自分の隣には冬なんて全く気にしていない様子の放浪者が居る。人形のメリットといえば、あまり寒さを感じない事だろう。
寝室にまた戻ろうか、と足を動かすと白い生き物が顔を覗かせた。
「おーーい!空!放浪者!ヨォーヨからりんごをもらったぞ!一緒に食べよう!」
小さな身体からどうやって出しているかも分からない大きな声で名前を呼ばれてあくびをしながら答えるとパイモンが少し拗ねた様子でこちらを見た。
「全く!最近のお前は塵歌壺に居座りすぎだぞ!たまには外に…」
「いいんじゃないかい?別に。僕としては人と関わることが減って嬉しい限りだね。」
「う、それはそうなんだけど…ここあったかいから…」
最初は何も言っていなかったパイモンがここまで注意してくる事に危機感を覚えながら言い訳をつらつらと並べる。
拗ねている様子のパイモンの表情が急に怒りっぽくなって、俺の頬をつねってきた。
「痛い痛い!パイモンやめて!わかった、行く!行くから!」
やっと言ったと喜んでいるパイモンを横目に放浪者が茶を啜る。
「久しぶりだしコーヒーババロア欲しいな…後カラフルマカロンも…」
手当たり次第甘い物やおやつを言い始める俺に呆れた様子の2人に気づいて咄嗟に謝る。
「今から買い出しだけど放浪者も行く?」
「君が行きたいなら僕もついて行くよ。」
相変わらずの放浪者に苦笑しながら準備を整える。
「う…やっぱさむい…外に出るべきじゃなかった…」
「ここまで来ちゃったら仕方ないだろ!それに買うものもあるんだから…」
そうだよなあ…仕方ないかあ…なんて事を考えながらプスパカフェに向かう。
嫌な予感を感じ取ったのか、咄嗟に放浪者が俺の後ろに隠れる。少し不安な様子で見てくるんだから、どうしたものか…と思う。
「あら、3人とも。久しぶりね。随分見てなかったのだけれど、何をしてたのかしら?」
店内の中に居たのは、想像よりも斜め上のナヒーダだった。
「コイツがずぅーっと塵歌壺に引き篭ってたんだ!もう、流石のオイラも飽きるぜ!」
「あはは…ごめんってば…」
久々に会った人との談笑は思っていたよりも楽しくて。やっぱり外に出てよかったかも。
「それに、笠っちも。元気そうでよかったわ。」
「その名前で呼ぶのはやめろって言っているだろう。全く…」
やっぱり。前の事があったからか随分と仲良しに見える。恐らく反動のようなものだろう。まるで家族のようだ。
「さて…今のうちに。パイモン、行くよ。」
「ん?おい、喋んなくていいのか?」
「コレ、内緒だよ。」
ナヒーダと放浪者に見られてない間に、とナツメヤシキャンディと甘さ控えめのコーヒーを頼む。パイモンも察したのか、美味しそうな物を探しては俺に教えてくる。きっとこういうのはパイモンも好きだろうな。なんて考えていたから少し嬉しかったのが本音。本当はパイモンにも買ってあげたかったんだけど、この様子じゃそんな暇もないかな。
「あら?旅人の様子が見えないわ。どこに行ったのかしら。」
「さっきまで買い出しに行くつもりだったからじゃないの。僕達のことを置いて行ったんだろう。」
「ふふ、表情が硬いわよ。あの2人のことだからすぐ戻ってくるわ。それまで笠っちも買い物に行ってきたらどうかしら?きっと、買いたいものがあるんでしょう。」
「…何でもお見通しって訳かい。じゃあお言葉に甘えて。僕は行ってくるよ。」
「行ってらっしゃい。…店長、タフチーンはあるかしら。」
「随分買っちゃった。えっと、砂糖に杏仁に…コーヒー豆と鳥の卵…よし、オッケー。そろそろプスパカフェに戻ろうかな。」
「そらぁ〜…オイラお腹空いたぞ…」
「そっか、もう結構経っちゃったね。後でハッシュドポテト作ってあげる。」
「本当か!?やったぞ!ナヒーダ達と一緒に食べようぜ!」
他愛もない会話を繰り返しながらプスパカフェに向かう。
「あら、おかえりなさい。」
「ただいま、…って、あれ、放浪者は?」
「あの子は…用事があるからと外に行ったわ。と言っても、もうすぐで帰ってくるでしょうね。」
「あ、そっか…じゃあナヒーダ。先にコレ、あげるね。」
「プレゼント?そんな、私に?今開けてもいいのかしら?」
「うん、いいよ。喜んでくれるといいな。」
しゅる、とリボンを解いてプレゼントの中身を見たナヒーダはすぐに朗らかな顔になった。
「ナツメヤシキャンディ?」
「あら…おかしいわ。いつも食べてるおやつなのに、何だかいつもより嬉しく感じるの…」
「喜んでくれてよかった、いっぱい食べてね。」
「ええ…大切にするわ。本棚に飾ろうかしら…」
「た、たべてね…。」
カラン…
「…もう来てたのか。」
「あ、放浪者。おかえり」
「…ただいま。」
「ねえナヒーダ。今から塵歌壺でご飯作るつもりだけど…ナヒーダも来る?」
「はぁ?」
「オイラは大賛成だ!」
放浪者の声が掻き消されるように…いや、故意だと思うが、パイモンの声が重なった。
「いいのかしら?じゃあ私もお邪魔させてもらおうかしら。」
「旅人の塵歌壺に来るのは久しぶりね。ここはいつも暖かいわ。」
「俺のお気に入りなんだ。今から作るから待っててね。」
「で、この料理は?」
「モンド風ハッシュドポテトって言うんだ。味はパイモンのお墨付き。」
「オイラか!?旅人は美味しい料理ばっかり作るからなんでもいいとおもうぞ!」
「パイモン…!」
「あらあら、微笑ましいわ。」
「……」
旅を始めた頃は誰も居なくて。せめてものパイモン、みたいな感じだった。今は友達がいて、この世界に馴染んで…幸せだな、と心底思う。
「お邪魔したわ。また今度誘って頂戴ね。」
「うん。いつでも歓迎する。また会おうね。」
「また会おうぜーー!!」
「…放浪者。」
「何だい?」
「帰んなくていいの?」
「元々僕に帰る家はないけど。」
「そっかあ…じゃあ今日だけ泊まっていいよ…」
「感謝するよ。」
図太い。とても図太い。でも、それが放浪者だなって感じさせてくれる。だから中々断れない。彼と居る時間は楽しいから。楽しいって思わせてくれるから。
うとうととしていると、何かが歩いてくる音がする。でも、それが何か考える時間すらなくて。襲ってくる眠気に耐えられなかった。
「ふぁ…ん〜ーっ…」
「放浪者とパイモンは…まだ起きてないな…。」
「よし、久しぶりにやるかぁ…」
「ん…なんかいい匂いがする…あ、そら…おはよ…」
「いい加減目を覚ましなよ。」
「あ、パイモン、放浪者。丁度良かった。今おやつが出来たんだ。ねえ、外に行く前に食べて行かない?」
「…これ、カラフルマカロンか!?空、気が利くな!!いただきまーすっ!!」
「放浪者は甘さ控えめね。」
「…感謝するよ。」
「それと、これ。もうすぐでお正月だから。」
「これ…。茶か?」
「うん。粗茶だけど…。放浪者が好きそうだから。」
「…ふうん、ありがとう。」
「放浪者もつれないなあ」
「よく言われる。」
「その代わり、お返しは楽しみに待っててくれていいよ。」
「…!うんっ待ってるね」
お返しが楽しみなんじゃない。放浪者からもらえるものが楽しみなんだ。彼に特別だって言ってもらえるような気がして。
「ごめんね、蛍。後ちょっとだけ。後ちょっとだけ楽しませて。」
長引く事はわかってるけど、この気持ちを大切にしたいんだ。
コメント
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あけおめです! 本当に最高な作品をありがとうございます!!!!🙇♀️🙇♀️ もう、幸せすぎて涙ぼろぼろです!ww スカ空という、最高のCP ありがとうございます 出来れば、今年もよろしくお願いします!