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喉かな昼下がり、降り注ぐ陽射しには心地良ささえ覚えてしまう。
ここは集落の一画だ。見渡す限りの更地ながら、普段ならば多数の若者達で賑わっている。
騒がしいという意味では、この瞬間も例外ではない。
「アゲハさん、大人気ですね」
ベンチに腰掛け、エウィンが他人事の様に感想を述べる。
視線の先には、話題に挙がった黒髪の女性。幾人もの子供達に囲まれており、その様子はしどろもどろだ。
その様子を眺めながら、ハクアもまた、座ったまま口元を緩める。
「お菓子を配れば、ああもなるでしょう」
彼女の言う通り、アゲハは子供達にクッキーの入った包を手渡している。
「人見知りが激しいアゲハさんも、ついに成長したということですか……。僕としても感慨深いです」
「どうだか。私が言い出さなかったら、自分達だけで食べるつもりだったのよ。バカみたいなあの量を」
「大食いの僕としては、黙秘権を行使するしか……」
ため息をつきながらも、二人は微笑ましい光景を鑑賞し続ける。
お菓子が行き渡ってもなお、子供達はアゲハを取り囲んだままだ。
クッキーを頬張りながら、お礼を述べる男の子。
眼前のアゲハを見上げながら、質問を投げかける女の子。
歯抜けの男の子は足にしがみつく有様だ。
本来ならば、午後の鍛錬が始まる時間帯ながらも、今日ばかりは誰も咎めない。
「まぁ、たまにはこういうのも良いじゃない。それとも何? アゲハを取られて嫉妬でもしてるの?」
「いえ、そういうわけじゃ……。むしろ、子供達の方が心配です」
「どういうこと?」
「ほら、考えてもみてください」
このタイミングで、エウィンは小さく息を吐く。
視線の先では相も変わらず子供達がはしゃいでおり、アゲハだけがうろたえている。
この光景とは無関係に、エウィンは自身の考えを述べなければならない。
千年を生きる魔女でさえ、気づけていない事実を。
「アゲハさんのあの体……、ちっちゃな男の子には刺激が強すぎます」
「まぁ、そうかもね?」
「確実に、性癖を歪めちゃうと思いますよ」
「だ、だとしても……、だから何なのよ?」
突然の推察に、ハクアとしてもたじたじだ。
話題の品性を疑いながらも、一方でエウィンの発言には耳を傾けてしまう。
「悪影響を及ぼすとは考えにくいですけどね。ただまぁ……」
「ただまぁ?」
「あそこにいる何人かは、妄想のアゲハさんで精通するかもですね」
「ぶっ⁉」
さすがのハクアも吹き出してしまう。
そのままむせかけるも、この会話は途切れない。
なぜなら、ここにはもう一人いるからだ。
「あー、さすが男の子って感じの指摘だねー。わたしやハクアにはない視点だわ、うん」
鈴のような可憐な声だ。その発生個所はハクアながらも、発言主は異なる。
彼女の太ももに鎮座する、純白の古書。表紙には文字が書かれておらず、色合いは完全な白一色だ。
言葉を話すその本へ、エウィンは持論を述べる。
「あんな体にドキドキしない方が、将来不安ってもんですよ」
「あはは、完全に同意ー」
「さっすがマリアーヌさん。話が分かるー」
それの名前はマリアーヌ。人間だった頃の名前であり、今は白紙大典とも名乗っている。
見た目こそ、分厚い古書ながらも、これはマリアーヌそのものだ。巨人戦争に参加した超越者であり、ハクアの上官と言っても差し支えない。
「女のわたしでさえ、アゲハちゃんのおっぱいにはムラムラするもん。そっかー、子供には悪影響かー。まぁ、それはそれで!」
「ですね」
赤髪の魔女を置き去りにして、この議題は完結だ。
遠方のアゲハは今なお子供達に囲まれている。
彼女の服装はダボっとしたローブながらも、備わったベルトをしっかり巻いていることから、体のラインはまるわかりだ。
つまりは、色っぽい。大き過ぎる胸は事あるごとに弾んでおり、ズボンはハムのようにパツパツだ。
それゆえか、そういったことも起きるのだろう。
ハクアは魔眼を細めながら、状況説明を開始する。
「悪ガキがアゲハのお尻触ってるわよ」
「な⁉」
この事実に、さすがのエウィンも怒りを隠しきれない。
「コラー! 僕でさえ触ったことないんだぞ!」
そう叫びながら、緑髪の若者が駆け出す。
それを合図に子供達がチリチリに逃げ出すも、ハクアとしては呆れるしかない。
「なんとも平和なことで……。マリアーヌ様もそう思いませんか?」
この魔女は膝上の本を心から慕っており、その時が来るまで手放すつもりなどない。
「わたし達が掴んだ平和だもん、若者には噛みしめてもらわないと……」
「そう、ですね」
巨人戦争が終結して以降、この大陸は落ち着いている。
実際には巨人族との小競り合いが幾度となく起こるも、その規模は巨人戦争と比べれば幾分小さい。
ゆえに、この時代が平和なことは確かだ。
しかし、白紙大典は当事者として指摘する。
「だけど、エウィン君が現れたことで、結界が壊されちゃう。皮肉だよねー」
「はい。悪いのはあの子達ではなく、オーディエンですが……」
マリアーヌの言い回しは逆説的だ。
セステニア。千年前に巨人族を率いて、人間を滅ぼそうとした張本人。
巨人戦争は、この女が封印されたことで終わりを迎えた。
しかし、それはその場しのぎに過ぎない。
なぜなら、セステニアは決して死なない化け物だからだ。
光の剣で何度斬られようと、女はその傷を再生させ、初代王に襲いかかった。
だからこその封印だ。マリアーヌにはそのための手段があり、引き換えに肉体を失ったがその試みは成功する。
「オーディエンかー。あいつ、めちゃくちゃ強そうだよねー」
「はい。おそらくは、私と同等かそれ以上……。刺し違えることは可能かもしれませんが、実際には難しいかもしれません」
セステニアの封印は間もなく解かれてしまう。オーディエンがそれを望んでおり、そのトリガーはエウィンに他ならない。
「エウィン君がもっと強くなって、それこそハクアすら追い越しちゃったら、あの女が解き放たれる、と。難儀だねー」
「そうですね。ですが、進むしかありません」
「うん、準備はしてきたんだもん。心配だけど、やるしかないよ」
「オーディエン、もうしばらく堪えてくれるとよいのですが……」
残念ながら、手綱は敵側に握られている。
白紙大典の結界を解除するためには、手順が必要だ。
それがばれてしまったため、ハクアは切り札を鍛えるしかない。
選択肢としては、エウィンを殺すという方法もあるのだろう。そうすることで、セステニアを討ち果たせる可能性が潰えるからだ。
もちろん、これは悪手に他ならない。
オーディエンが怒り狂い、主人を開放する恐れがある。
「エウィン君がハクアを越えるかー。まぁ、うん、そろそろかもねー。なんたって……」
「あの子、生意気にも手加減したんですよ。わたしの頬を殴る瞬間に」
「すごいよねー。もうそんなに肉薄してるなんて。ちょっと前までコテンパンにやられてたんだよー。言っちゃえば、ハクアの何百年に一年そこらで追い付こうとしてる。これはさぁ、才能と言うよりも別の何かだよねー」
恐ろしいことに、マリアーヌは事実しか述べていない。
エウィンがこの里を訪れたのが、光流暦千十八年の十一月。
今が千二十年の四月ゆえ、おおよそ一年半が経過した。
目まぐるしい成長だ。
モーフィスに勝てず、しかし、越えてみせた。
今度はハクアの番だ。この魔女が人類最強であろうと、エウィンは決して立ち止まらない。
成長は鍛錬のおかげか?
大食いが体を育てているのか?
どちらも正解だ。
しかし、足りていない。もう一つの要因こそが、この男を際限のない高みへ導く。
明日の涙。
アゲハとの契約によって、もたらされた奇跡。
本来は、彼女が授かった天技だ。この世界に転生する際、内向的な自身を変えたいと願い、神がそれを聞き入れた。
その願望はシンプルだ。
自分の殻を破りたい。
これを受けて、神はアゲハの性格を改変するのではなく、力を与えることで打破させようとした。
それこそが、明日の涙だ。
障害を打ち破る能力。
立ちはだかる障害が強かろうと。
もしもそれが自身の限界であろうと。
この天技をもってすれば問題ない。
残念ながら、アゲハは戦うことを得意とせず、本来ならば宝の持ち腐れとなるはずだった。
そのはずだった。
そうはならなかった。
エウィン・ナービス、十九歳。二十歳を目前とするこのタイミングで、ついに赤髪の魔女を射程圏内に収める。
もう間もなくだ。
人類の存亡をかけた戦いが、幕を開けてしまう。
「エウィンったら、逆に子供達に遊ばれてるじゃない」
「あははー、子供慣れしてないと、ああなっちゃうよねー」
人間も。
魔女も。
魔物も。
この世界においては、平等に命を落とす。
弱肉強食こそが、ウルフィエナの摂理。
だからこそ、その決戦がどう転ぶかは、神にすらわからない。
コメント
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あああ、やばいやばい!!😭💕 今回も最高だったよノリトネギさん!! エウィンが「僕でさえ触ったことないんだぞ!」って怒るシーン、めっちゃ笑ったww 普段おっとりしてるのに嫉妬するとこ可愛すぎるでしょ!!あとマリアーヌ様が「ムラムラするもん」って言っちゃうのもキャラ濃くて大好き😇💖 でも最後の「決戦がどう転ぶかは神にすらわからない」って一文がめっちゃ心に刺さった…。平和な日常の裏でじわじわ迫る終末感、エウィンの成長=破滅へのカウントダウンなの怖すぎるよ〜😢💦 次の話も楽しみにしてるね!!🔥