最後の日まで子供たちは学校を休み、私と優香、子供たちでいろいろな場所を巡った。水族館や遊園地、公園、動物園など……子供たちは楽しそうに遊び、私もその笑顔につられて笑顔になる。誕生日の前日、深夜。獅子合からの電話が鳴った。須藤が香里街西通りにあるビルに滞在しているという情報が伝えられた。
「午後九時、それがいつも奴の外出時間だ。」
その電話の後、私は静かに立ち上がり、撮りためた写真の束を取り出した。手を動かし、ひとつひとつ丁寧にアルバムにしまっていく。小さなひとことを添えながら。
「ふふ…懐かしいな。」
昔の思い出が、写真の中で微笑みかけてくる。そのたびに、胸が痛んだ。涙が頬を伝う。忘れたくても、忘れられないものがここにあった。そのとき、扉の外から小さな足音が聞こえてきた。
「玲子お姉さん。」
「ん?どうしたの、みんな?」
子供たちが、私を心配そうに見つめていた。扉を少し開け、彼らの目が私の中の不安をすべて読み取っているようだった。
「本当に明日死んじゃうの?」
その一言に、私の心が押しつぶされそうになる。言葉にするのも辛い、でも、これは避けられないこと。
「うん。」
アキラは何も言わず、ただ顔を背けて涙をこぼし始めた。ヒロトも静かに肩を震わせている。コウタは黙ってその場に立ち尽くしていた。みんな、まだ信じたくないのだろう。私がもうすぐいなくなることを。
「そんな…そんなの嫌だよぉ…!」
アキラが声をあげて泣きじゃくる。私の心臓が痛む。彼の涙が、私をどれだけ苦しめるか分かっている。ヒロトもコウタも、何も言わずただ涙を流し続けている。これが、私の最後の日々だ。
「皆、泣かないで。」
私は静かに、しかし力強く言った。
「どうしてお姉さんが死ななきゃいけないの…!こんなに元気なのに…!」
その言葉に、私は自分を責めずにはいられなかった。確かに見た目は元気そうに見えるかもしれない。でも、内臓が星屑で傷つき、体のあちこちが痛む。どんなに無理しても、もう元気ではいられないことを、子供たちに隠し続けることはできなかった。
星屑の量が明らかに増えている。喉を傷つけ、体も重く感じる。こんなに元気じゃないことを、どうしても伝えたくなかった。でも、子供たちに嘘をつくわけにはいかなかった。
「最後に私の願いを聞いてもらってもいい?
「うん…!」
彼らは必死にうなずく。その目には、私を信じて疑わない、純粋な信頼があった。
私は立ち上がり、ゆっくりと彼らを抱きしめる。暖かい体温が、私に力を与えてくれる。もう一度、彼らの顔を見てから、ゆっくりと口を開いた。
「あなたたちも、自分の人生を悔いのないように生きて。なにをしてもいい。そのためのお金は、ちゃんと残すから。だから、好きなことをして、やりたいことをして。どんなに小さなことでも、やりなさい。いいわね?」
子供たちは大きくうなずき、また涙をこぼした。それでも、少しだけ表情が柔らかくなった気がした。
私のお願いが、彼らにとって少しでも希望になればと願いながら、私はその場に立ち尽くす。
「必ず、悔いなく生きなさい。…いつでも、あなたたちのことを愛しているから。」
それを言い終えると、私の胸は少しだけ軽くなったような気がした。痛みも、悲しみも、すべてが一つの覚悟に変わる瞬間だった。
私の最後の願い。子供たちに幸せな未来を託すこと。それだけが、今、私にできる唯一のことだった。
朝から私は獅子合のもとへ向かった。最後のドライブをしようと思ったからだ。この生まれ育った凪街を、最後に目に焼き付けたかった。
「ふふ、あそこの公園懐かしいね。よくあそこで待ち合わせていたっけ。」
「……おう。」
そう言いながら、獅子合はハンドルを握りしめたまま、無言で車を走らせる。目の下にはクマができていて、もう何日も寝ていないことがわかる。彼にとっても、私の時間が迫っていることがつらくて、眠れない夜を過ごしているのだろう。
「大丈夫?」
「……あぁ。」
返事だけが返ってきた。獅子合はもう、言葉でのやり取りよりも、ただ私と一緒に過ごすことを望んでいるように見えた。私は窓の外を見ながら、懐かしい景色が流れるのをただ見ていた。
車は峠の途中に差し掛かり、二人で車を降りた。風が冷たく、けれど清々しい。静かな空気が二人を包み込む。
「ねぇ、獅子合。最後に何か伝えたいことない?」
峠の頂上に立つ私を、獅子合は煙草をふかしながら見つめている。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。彼が私を見つめる瞳は、言葉にできない思いがこもっているようで、私の胸が痛む。
獅子合は煙草の火を消し、ゆっくりとこちらに歩み寄る。そして、何も言わずに私を強く抱きしめてきた。
「まったく……こっちの気も知らねぇで……」
その声が震えているのを感じ、私は肩をすくめて笑う。
「へへ、ごめん。」
しばらく、二人の間に言葉はなかった。けれど、獅子合はやがてゆっくりと口を開いた。
「好きだ。今までも、これからも。お前がいなくなっても、お前のことを考え続ける。」
その言葉に、胸がいっぱいになった。私がいなくなった後も、獅子合が私を思い続けてくれる。それだけで、今までのすべてが報われる気がした。
「……ありがとう、りょうが。」
その名前を呼んだとき、彼は少しだけ震えたように感じた。私も彼を力いっぱい抱きしめ返した。もう、言葉が出てこなかった。ただ、心の中で彼への感謝と愛情が溢れ、私たちの間に静かな誓いのようなものが生まれた。
しばらくそのまま、二人で立っていた。風が吹き抜け、何も言わずに時が過ぎていく。もう、言葉は必要なかった。私たちは、お互いの存在をただ感じていた。
そして、私は静かに息を呑んだ。この瞬間を、永遠に刻んでおきたかった。この人と過ごす最後の時間を、大切にしなければならない。心の中で決意しながら、私は獅子合を抱きしめた。
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