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彼と離れてからの日々はどこか違う世界にまぎれこんでしまったような違和感の残る気分だった。

友だちとも満足に遊べているし、好きな時間に帰れて満たされている。

満たされているはずなのに。

イザナと離れてから増えた自身の手首の傷を見て嫌気が差す。

イザナが居なくなった部屋の時間が長く思えてしまう自分に腹が立つ。

イザナと離れてから薄くなった痣や傷の色に寂しさを感じてしまう自分が悔しい。

気付いたらカッターを手元に添えていて。気づいたら一日が経っていて。気付いたらイザナのことを考えていて。そんな毎日の繰り返し。

広いとも狭いとも言えない一室の中でずっと一人で、寂しさがぬれ手袋のように額に重くかぶさって来る。悲しさが冷たい水のように喉を潤した。

携帯はあれからずっと電源を落としたまま。開くのが少し怖かった。


『…はぁ』


気分が段々と暗闇の中に落ちていき、俯いた拍子にはらりと肩に垂れかかっていた自身の黒髪が影のように静かに動く。

他の友達との出来事は、もう思い出せないほどの淡い過去の水沫の中に消えてしまっているというのにも関わらず、イザナと過ごしたときの思い出たちは昨日のことのようにはっきりと覚えている。



一緒に映画をみたこと。


殴られたこと。


二人で同じベッドに眠ったこと。


蹴られたこと。


遊園地など遠い場所に行ったこと。


首を絞められたこと。



しっかりとした色合いで浮かび上がってきたイザナとの思い出たちをゆっくりと反芻する。

イザナと離れて、友達が言った“普通の愛”を探すことが出来ると思ったのに逆に愛の渇きを抑えることが段々と難しくなっていき、辿り着くことすら出来ない。イザナに会いたいという切なさを含んだ感情が自身の喉元まで出かかっている。




『…会いたい』


そう呟いた瞬間、感情が心の中を突き破ってダラダラと流れだして来た。

会いたい、会いたい、会いたい。

そんな欲望があたしの中で抑えがたく膨れ上がった。

それだけしか考えられなくなって目の前が真っ暗になり、段々と息遣いが荒々しくなる。

どれだけカッターで手首を切りつけてもこの渇欲は収まらない。青白い手首からダラダラと赤黒い彩りが添えられるだけで一向に安らぎの効果を示さない。

不意にベッドの端に放り投げている電源の落ちた携帯が視界に入り込んできた。その瞬間、ドクンと心臓が大きく高鳴り、押さえていた渇欲の堰が切れる。


『あいたい』



抱き締めてほしい。


慰めてほしい。


キスしてほしい。


傍に居てほしい。


顔を見せてほしい。




乱暴にお金をネカフェの店員に投げつけるように渡し、無我夢中で走り出す。

やっぱりだめだ。あたしにはイザナが居なくちゃ。

ものすごく自分勝手だなんて分かっている。

自分から捨てて、嫌われることを恐れるのだなんて。



─…でも、どれだけ痛い事をされても、あたしはイザナが大好きだ。



家に着くと即座に鍵を回して、廊下を走って、全速力で走る。

ギシリと床が軋んだ。懐かしいにおいが嗅覚を満たし、乾いていた欲望を埋めていく。

『イザナ』


喉が裂けそうなくらい口を開けて、大声でそう叫ぶ。

物が散乱し、荒れ狂った部屋の中。イザナは居た。


「…○、○?」


そう言ってゆっくりとこちらを見つめてくるイザナの声が、初めて聞くような弱弱しい声だった。最後に聞いた時と同じ言葉なのに、全然違うような声に聞こえてくる。


『…イザナ。』


久しぶりに見たイザナの涙袋は赤く腫れあがっており、濃い黒色が刻まれていた。驚いたように大きく見開かれた紫色の瞳にはいつもの王を思わせる威圧感は一滴も籠っておらず、萎んでしまった花のように生気を保っていなかった。

泡沫のように儚く、脆い。

そんな今にも壊れてしまいそうなイザナの姿に言葉には言い尽くせないほどの罪悪感が沸き上がってきた。心の中心に重いナニカが圧し掛かって来る。


「もう一生会えねぇって思った。」


そう呟きながらイザナがヨロヨロとおぼつかない足取りでイザナがこちらへ近づいてくる。


『…ごめん』


泣き出しそうに歪んだイザナのその表情に動かされるままギュッと彼の体を力強く抱きしめ、頬に軽いキスを降らす。数週間ぶりに触れたイザナの体温は以前の暖かさは残しておらず、体は骨が浮き出るほど細く、生きている人間が持つ体だなんて到底思えなかった。


「捨てられたって、思った。」


『絶対に捨てない、これからはずっと一緒に居る。』


あの日と同じ、か細い糸のような雨が窓を伝った。

イザナは縋りつくようにあたしを強く抱きしめ、唇に一つ、深いキスを落としてくれた。あたしはうっとりと心を奪われたような恍惚感に染まった表情を浮かべる。


「…ほんと?」


『本当だよ』


不安げに揺れた暗い声でそう問いかけてくるイザナに大きく頷き、抱きしめる力を強くする。氷のように冷え切っていたイザナの体温が、ほんの少しだけ元に戻ったような気がした。

そのまま見つめ合って、抱きしめ合って、キスをする。

体から煙を出さんばかりに自身の顔が赤くなり、燃えあがるような喜びを感じる。



─…やっぱり好きだ。



『イザナ、大好き。』



すきすきだいすき。


眠るときのあどけなさの抜けないあの表情も。

あたしを見つめるときの優しさに満ちた甘い表情も。

あたしを殴ったり蹴ったりするときのあの嫉妬に蝕まれたような表情も。

今みたいに空っぽになっちゃったときの表情も。

全部大好き。




「オレも」


イザナがもう一度あたしを強く抱きしめた瞬間、ボキリ、骨の砕ける音がした。

人生で感じたことの無いくらい強く鋭い痛みが体の中を突き上げたけど、大丈夫。

これも全部愛だから。



これがあたしたち普通の愛。

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