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#TS
408
#第3回テノコン
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「……勝てた。あれは勝てた」
「ド、ドンマイだよ、紅月さん。あれはそう、自然がイタズラしたというか、なんというか」
「…………勝てた」
青空の下、涼しい学校のグラウンド。
学生たちの笑顔と、活気に溢れる中で。
紅月輝夜は、失意の底に沈んでいた。
もしも願いが叶うなら。どうかわたしを、過去へと戻してほしい。
というよりも、”帽子をしっかり被れ”、と。その一言さえ伝えられれば。
「ぎぐぐぐ」
どれだけ輝夜が願おうと、時を戻すことは出来ない。
それは紛れもない、”奇跡”なのだから。
保護者の観覧席。そっちを向くのは、今の輝夜には不可能だった。
絶対に笑っている。あの弟は、絶対に笑っている。そう確信しているからこそ、輝夜は顔を向けられない。
とはいえ実際、彼女の家族はそこまで意地悪ではないのだが。
(ぬあぁ! 時間よ戻れ、戻ってくれっ)
負け方が負け方なので、よほど堪えたのだろう。
輝夜は文字通り、トボトボとした足取りで。
とりあえず一人になろうと、校舎へと向かっていき。
ふと、空を見上げると。
いつか見た。
”ピンク髪の少女”が、校舎の屋上から落ちてくる。
飛び降り自殺、それとも自分を襲ってきた?
何にせよ。
こんな白昼堂々と、目立つ中でよくも。
そう、輝夜が思っていると。
(……?)
不思議に感じる。
人が落ちるスピードとは。時間とは。こんなにもゆっくりと。
思考を巡らせるほどに長いものかと。
それは明らかな、”異常”であった。
時が、凍りつくような。
ゆっくりと、ゆっくりと。
――ふふっ
落ちてくるピンク髪の少女、”アスタ”が微笑む。
たった一人。時間を共にする、輝夜に対して。
ふわふわと、宙に浮かぶように。
アスタは地面に降り立つと、輝夜の前に立ちはだかる。
◆◇ No.109 刻の申し子 ◆◇
「……」
「やぁ。こうして話すのは、初めてになるかな? 紅月輝夜」
凍った時の中で、二人は向かい合う。
「お前は確か、あの金髪と契約してる悪魔か?」
「そう。ジョンの一番のパートナーにして、頼れる相棒。それが僕、アスタさ」
彼女たち以外、誰も動かない。
全てが止まった世界で、二人は言葉を交わす。
輝夜は少し、警戒した様子であった。
「まさか、時間停止ってやつか? そんな高度な魔法を使えるなんて、凄いんだな、お前」
「ふふっ、みんなには内緒だけどね。僕が”時間”に干渉できることを知っているのは、未来から来た魔女だけ」
「そんな重要なこと、わたしに教えていいのか? ……あぁそれとも、ここで”口封じ”するから、問題ないって判断か?」
輝夜はその手に、”漆黒の刀”、カグヤブレードを具現化させる。
いつだって彼女は、戦う覚悟を持っている。
「ふふっ」
そんな輝夜の対応を見て、アスタは微笑む。
”輝夜など敵ではない”という自信の表れか、それとも。
「心配しないでよ、輝夜ちゃん。僕は君に危害を加えるつもりもないし、何も教えるつもりもない。僕が時間を操れるってことも、”君には内緒”だよ」
「……言っている意味が、分からないな。お前が時間が操れるってことは、さっきお前の口から聞かされたぞ?」
輝夜の疑問は当然のこと。
自分から教えておいて、教えないとはどういう意味なのか。
その疑問も織り込み済みと、アスタは微笑む。
「心配ご無用。ここはね、”存在しない時間”なんだよ。この瞬間を感知できるのは、時間に干渉できる僕だけ。今は特別、君を招き入れているけど。僕が魔法を解除したら、君はここでの記憶を失ってしまう」
「……?」
よく意味が分からないと、輝夜は首を傾げる。
「まぁ、簡単に言うと、全部忘れちゃうんだよ。僕が屋上から落ちてきたことも、僕の名前を聞いたことも、僕の持つ力も。なにせ、そんな時間は無かったんだから」
「……なるほど。随分と、便利な能力だな」
「まーね。時間を操れる存在なんて、たぶん僕くらいじゃないかな? あの魔獣、ケルベロスにも”資格”はありそうだけど、あれは魔獣だからなぁ」
時間へと干渉する、資格。
それは”白銀”に輝く、彼女の瞳にあった。
「……で、そんな時間を操れるお前が、わたしに何の用だ? どうせわたしは覚えられないなら、お前に情報を渡す義理もないぞ?」
「あははっ、それもそうだね。僕にしか得がないんだから、君は何も教えたくないだろう」
全て予想通りと言わんばかりに、アスタは笑う。
「別にそれで大丈夫だよ。どのみち、君について知りたいことはそんなに無いし。……そもそも君、重要な情報とかも持ってなさそう」
「……いや。そう断言するのは、良くないぞ?」
輝夜のプライドが、少し刺激される。
「へぇ〜 君って何か、凄い秘密とか知ってるの?」
「あ、ああ。……例えばこの刀、すっごい能力がある」
そう言って、輝夜は自信ありげに刀を見せつける。
「ふーん。どんな能力?」
「それを言ったら面白くないだろ。というか、気になるのか?」
「まぁ、それはねぇ」
アスタは目を細めて、カグヤブレードを見つめる。
彼女の目を持ってしても、それは興味をそそる品物であった。
(……リタの話によると。本来、紅月輝夜は戦闘手段を持たないはずだった)
聞いていた話と、すでに違う。
(それにあの刀、僕の力の影響を受けてない。……刀そのものが、”時間の外”にあるみたいな)
斬った相手を、自分の仲間へと変えられる。輝夜はブレードの能力を、その程度のものと考えていたが。
持ち主の想像以上に、それは”歪な力”を有していた。
「まぁ、それはいいや。なにか他に、凄い情報とか持ってないの? このソロモンの夜における、”黒幕の正体”とか」
「あー、うん。そうだな。……もし、知っていたとしても、ここでお前に教えるわけにはいかんなぁ」
「そうなんだー」
(やっぱりこの子、何も気づいてないや)
内心、アスタは呆れてしまう。
そして同時に、この時間を生み出して正解だったと確信する。
「いいかい? 紅月輝夜。正直に話すと、僕は君に忠告をしにきたんだ」
「忠告?」
「うん。これから起こる出来事に、”君が首を突っ込まないように”、ね」
アスタはピンクの髪の毛を弄りながら、真剣な話へと移行する。
しかし、輝夜は首を傾げる。
「ちょっと待て。言っていることがおかしいぞ? ここでの出来事は、わたしの記憶に残らないんだろう? なら、忠告しても意味がないだろう」
輝夜はしっかりと、先程の話の内容を覚えていた。
「まぁ、そこはちょっと裏ワザというか。確かにここでの出来事は、君の脳みそには残らない。でもね、こうして僕と話したのは、れっきとした事実なんだよ。無かったことにしても、一度会ったという記録、”その残滓”が残るのさ」
「……ざん、残滓?」
「そう。なんて言えばいいのかな? こんな事があったような、なかったような。そんな曖昧な、夢のような感覚が、ほんのちょっとだけ残っちゃうんだよ」
「なる、ほど」
輝夜は、理解したような顔をする。
「僕も理屈は分からないんだけど、たぶん”魂”が覚えてるんだと思う。僕の力がどれだけ凄くても、人の魂には干渉できないからね」
”魂”。
それは、時間を操るアスタにも、容易に触れられる部分ではなかった。
「だからたぶん。次に僕と君が会った時、君はなんとなく、デジャヴを感じるはずさ。――あれ? 前に会って、名前を聞いたような。でも、そんなわけ無いか、ってね」
「……ふむ」
すでに輝夜は、脳がパンク状態になっていた。
忘れるだの、覚えているだの。どっちかはっきりしてほしいものである。
そんな輝夜の動揺など、アスタには関係なく。
「というわけで、君には釘を刺しておこう」
どうせ無かったことになるのだから、さっさと仕事を終えるのみ。
「君のクラスメイト、”黒羽える”。彼女にはもう、近づいちゃダメだよ」
「……は?」
なぜここで、彼女の名前が出てくるのか。
輝夜の抱く、当然の疑問。
「念には念を入れないと。いい? 絶対に、黒羽えるには近づかないこと」
「いや、ちょっと」
「黒羽える。いい? 黒羽えるだよ。その名前を意識して」
「待て、おい」
「他の友達とは、いつも通り関わっていいから。でも黒羽えるだけは、距離を置くように」
「――あぁ、もう」
埒が明かないと。
輝夜は、ブレードの切っ先をアスタに向ける。
「しつこいぞ! どうしてあいつと距離を置く必要がある! お前たちには関係ないだろ」
「……そう思うよね。まぁ、その反応は予想してたよ。でも、」
アスタは真剣な表情で、その理由を口にする。
「僕たちは今日、この体育祭が終わった後に、彼女と接触するつもりなんだ」
「……僕たち?」
「うん、僕たち。つまりは、”ジョン”と一緒にってこと」
ジョン。ジョナサン・グレニスターは、本来ならこの街に居ないはずの人物である。
もし居たとしたら、ソロモンの夜は終わりを迎えているだろう。
しかし今も続いているのは、黒幕がその事実に気づいていないから。
ゆえにこそ、”先手”を打つことが出来る。
「友達の君からすると、少し気の毒かもしれないけど」
計画はすでに、輝夜の知らぬ間に進んでいた。
「――黒羽えるは、僕たちで”殺す”。それが、ハッピーエンドの条件なんだよ」
世界を救うために。
未来を変えるために。
運命は、動き始めていた。
◆
「ある一人の魔女が、10年後の未来からやって来てね。そして今日、この街で起きるはずの悲劇を止めようとしてる」
アスタは語る、自分たちのやろうとしていることを。
「彼女に協力してるのは、僕たちだけじゃないんだ。君のお父さんや、バルタの騎士だって秘密裏に結託してる。それも全て、”明日”を手にするために」
輝夜は聞きたくない、相手が何を言っているのかを。
「”わたしは何も知らなかった”、そう言いたそうな顔をしてるね」
「……」
輝夜の表情が、僅かに曇る。
確かに、自分の知らない場所で何かが起きているのは感づいていたが。
まさか自分の友人が、その矛先になっているとは。
「別に、悪気があったわけじゃないんだよ? 心配事があったら、せっかくの体育祭を楽しめなくなっちゃうと思ってね。だからみんな、君を蚊帳の外にしてたのさ」
「……」
どんな言葉を言おうと、今の輝夜には響かない。
”黒羽えるを殺す”。その一言が、脳裏にこびりついているから。
「僕からの忠告は以上だよ。いい? 黒羽えるには、絶対に関わらないで」
世界に、色が戻っていく。
まるで、これで用事は済んだかのように。
輝夜とアスタの時間が、無かったことにされていく。
「まぁ、君はどのみち全部忘れちゃうんだけど。残りの体育祭、ちゃんと楽しむんだよ」
白銀に輝く、アスタの瞳。
そこに宿る力が、全てを正常に戻す。
輝夜とアスタは出会っていない。何も話していない。何も心配することはない。
ただ、どこか心の奥底に。
釘を刺せたなら、それで十分である。
「……ふぅ。つかれた〜」
神楽坂高校、その屋上。
ピンク髪の少女アスタは、疲れた様子で仰向けになっていた。
”時間”に干渉するということは、それだけの負荷がかかるのだろう。
(まぁ、これで紅月輝夜は、黒羽えるから自然と距離を取るから。万が一にも、計画の邪魔にはならないはず)
切り取られた時間。輝夜とアスタの話した時間は、存在そのものが消失した。
ゆえに、輝夜は会話の内容を一切覚えていないだろう。
しかし、”黒羽えるに近づくな”、という強い念押しをすることは出来た。
それは魂の奥底に刻まれ、輝夜の行動を無意識のうちに制御するだろう。
これぞアスタの得意技能、”デジャヴの創造”である。
「これで、この街は救われる」
もはや、不安要素は一つもない。黒羽えるを殺す計画は、完璧な形で達成されるだろう。
ただ、誤算があったとしたならば。
「――黒羽を殺す、か」
”白銀の瞳”を輝かせて。
屋上を睨みつける、美少女が一人。
紅月輝夜は、存在しない時間を覚えていた。
これこそ、アスタの誤算。
自分よりも、遥かな高次に位置する。
”刻の申し子”が、ここにいた。