テラーノベル
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秋バラの香るガゼボの下で優雅なお茶会がはじまった。テーブルには白磁のティーセットと一緒に、可愛らしいスイーツ所狭しと並んでいる。
さあ、ここからが勝負よと心の内で勇んでみたものの、どう政略結婚の申し出を切り出したらよいものだろうか。
私から会話を振ることができずにいると、ローゼマリア様が気を使って声をかけてくださった。
「秋のバラは色が濃厚で美しいけど、ヴェルヘルミーナには可憐な春のバラが似合いそうですね。そう思いませんか、ヴィンセント?」
「母上、そういってご自身のバラ園にヴェルヘルミーナ嬢を招待したいだけなのではありませんか?」
優雅な所作でカップを受け皿に戻したヴィンセント様は私に微笑みながら「母上は最近、薔薇の栽培に夢中なんですよ」という。
「ローゼマリア様が自ら育てられているのですか?」
「庭師に教わりながら、公務の合間に少し手伝っているのよ。これが思った以上に楽しいのよ」
新しい玩具を手にした子どものように目を輝かせるローゼマリア様の横で、ヴィンセント様は溜息をつくと「庭師の仕事を奪わないでください」といった。
ヴィンセント様は寡黙な方かと思っていたけど、問いかけにはきちんとお答えになられる。でも、私へ何かを尋ねたり、自ら話題を持ち出すようなことはない。
私としては、この婚姻を政略結婚にする心づもりでいるし、甘い言葉をかけられて口説かれたりしたら対応に困る。だから、ヴィンセント様との距離感は今くらいがちょうどいいともいえる。
でも時折、こちらを見て微笑む綺麗な顔に、ほんの少しそわそわしてしまう。
結婚に応じる条件を伝えるタイミングを探っていると、小さな菫《すみれ》の砂糖漬けが飾られたクッキーにふと気づいた。
とても可愛いけど、この菫は本物の花なのかしら。小ぶりだから一口で食べられそうだわ。
クッキーの粉を散らすのも失礼だろうしと、一思いにそれを口に頬張ると、甘みと一緒に仄かに花の香りが広がった。クッキー生地はサクサクと軽やかで、甘い砂糖漬けが紅茶にもとても合う。何てお洒落なお菓子かしら。
「ヴェルヘルミーナ。そのクッキー、気に入ってくれたかしら」
「はい。お花の砂糖漬けは、初めていただきました。見た目も愛らしくて素敵ですね」
「喜んでもらえて嬉しいわ。こっちはバラの花びらで作ったジャムよ」
差し出されたクラッカーの上には、クリームと一緒に赤いジャムが添えられている。
「ふふふっ、作っておいた甲斐がありましたね」
「作って……ローゼマリア様がお作りになられたのですか?」
「えぇ。本邸の庭に咲く花で、毎年作っているのよ。私の趣味みたいなものね」
驚く私を見て、ローゼマリア様が「今度、一緒に作りましょう」と嬉しそうに声を弾ませた時だった。レスターさんが側に歩み寄り「奥様」と声をかけてきた。そうして、ローゼマリア様になにかを耳打ちする。
柔和だった瞳が、途端に凛とした侯爵のものへと変わった。
「──早かったですね。今すぐ向かいます」
ティーカップの紅茶を飲み干したローゼマリア様は私を見た。
「ヴェルヘルミーナ、ごめんなさいね。来客の対応をしなくてはならなくなりました」
「……来客、ですか」
「あなたは気にせず、お茶を楽しんでね。ヴィンセント、後はよろしく頼みますよ」
静かに席を立ったローゼマリア様は、私が話しかける間もなく、レスターさんと共に中庭から立ち去ってしまった。
この屋敷は、ヴィンセント様が主ではなかったのかしら。それとも、初めからどなたかがローゼマリア様を訪ねてくる予定だったのか。疑問に首を傾げていると、ふと頬に突き刺さるような視線を感じた。
振り返ると、ヴィンセント様の琥珀色の瞳と目が合った。
そうだった。彼と二人きりになってしまったんだわ。側にダリアと屋敷の侍女たちが控えているとはいえ、会話は私たちで何とかしなければならない。
何をお話しすればいいのかしら……
ここで唐突に政略結婚のお話を持ち掛けるのは、いささか不利になりそうよね。商談だって、相手の良いところを知った上でご機嫌を取ったり、話を引き出してから交換条件を提示するものだから──悶々と考えながら黙っていると、ヴィンセント様は唇の端を少し上げて笑った。
体が大きくて威圧感があると思ったけど、微笑まれると優しそうにも見えるわ。きっと綺麗な顔をしているからね。
思わず、美しい微笑みに見とれてしまうところだったけど、まじまじと男性の顔を見る訳にもいかない。
少しでも微笑んでくれるということは、少なからず好感を持たれていると考えてもいいわよね。それに、ローゼマリア様が魔法繊維のことを気にかけていた。少なからずレドモンド家はロックハート家にとって有益性があるということ。
これは恋愛の駆け引きじゃない。商談と思うのよ。まずは、会話をして好印象を持たせて、それから、レドモンド家の事情を話して──
「あの、ヴィンセント様……」
勇気を出してその名を呼んだというのに、彼は大きな肩を小刻みに揺らして顔を逸らした。
意を決して声をかけたというのに、どういうことかしら。
ヴィンセント様はさらに、その大きな手で顔を覆ってしまった。表情はさっぱり分からないけど、ふっと笑いを堪えるような声までも聞こえてきたんだけど。
えっ、私、笑われている──!?
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コメント
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第23話、ゆっくりと秋のティータイムを楽しむような温かさがありました。ローゼマリア様の手作りスイーツやお花の砂糖漬けの描写がとても優雅で、ヴェルヘルミーナが「商談」と自分に言い聞かせながらも、ヴィンセント様の微笑みにそわそわしてしまう距離感が可愛らしいです。最後の彼の笑いをこらえるような反応、何か企んでいそうで続きが気になります!