テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#イケおじ
甘寧
488
#溺愛
高瀬船
934
#女性向け
常陸之介寛浩
840
黒猫ている
2,077
私、そんなに笑われるような格好をしているかしら。
確かに、これほど華やかで愛らしいドレスを着たのは幼い頃以来だし、着せられてる感があるのは否めない。自分でも、恥ずかしくて仕方ないもの。だけど、ダリアが選んでくれてローゼマリア様が喜んでくださったのだから、笑われるほどでもないと思うのよ。
そう考えたら、少し腹立たしくもなる。
「私、そんなにおかしな格好をしていますか?」
少しだけ語気を強くすて尋ねれば、ヴィンセント様は「すまない」と言いながらこちらを見た。だけど、すぐに視線を逸らしてしまう。どう見ても、まだ笑いを堪えているわ。
何がそんなにおかしいのかと、胸元を見たり、ドレスの裾を少し持ち上げてみた。すると、視界に白いハンカチを持ったヴィンセント様の手がすっと入ってきた。
「口元に、砂糖菓子の欠片がついていてね」
「……えっ?」
「ほら、こっちを向きなさい」
ごつごつとしたヴィンセント様の指に促され、彼の方へと向けられたかと思えば、柔らかなハンカチで口元が拭われた。
口元を汚さないよう気をつけていたにも関わらず、私はお砂糖とクッキーの粉をつけてすまし顔をしていたということか。その滑稽な姿を想像していしまい、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。
小さなクッキーひとつ綺麗に食べられなかったなんて、淑女としてはあるまじき失態だわ。
「君は、相変わらず食べるのが下手なようだな、ヴェルヘルミーナ」
まるで、私を知っているような口ぶりのヴィンセント様は、赤い口紅で汚れてしまったハンカチを、さも当然のように畳んでしまわれた。
私はといえば、何をどう返したらいいか分からず、混乱しながら言葉を探すしかなかった。
相変わらずってどういうことかしら。
私はヴィンセント様と、どこかで会っているというの?
「覚えていないのか? パイを上手く食べられなくてドレスを汚した時、亡きレドモンド卿に叱られたことがあっただろう」
「パイ……お父様に、叱られた?」
「他にも、スープを飲むのが下手で口元を汚して」
ヴィンセント様は懐かしむように目を細め、次々に私の古い記憶を語り始めた。
それらは、まだお母様がお元気だった頃のこと。私が幼かった時の思い出ばかりだ。
お母様は、まだ小さいのだからと笑って許して下さったけど、お父様は甘やかしてはならないと言って、いつだって行儀作法に厳しかった。特に、お屋敷の外で粗相をすると、こってりお説教をされたものだわ。それが、幼かった私は意地悪のように思えて、泣いて「お父様の意地悪!」と怒ったこともあった。
「お父様は意地悪です。そう言って、よく泣いていたじゃないか」
まるで、私の心の内を見透かしたかのような言葉に、息が止まりそうになった。
厳しく叱るお父様の顔を思い出していたこともあって、語り掛けるヴィンセント様にその厳しい面影が重なる。
そういえば、ヴィンセント様は第五魔術師団で長を務められていると聞いている。お父様がお勤めだった師団なのは偶然だと思っていたけど、もしかして長いこと第五師団にいらっしゃったのかしら。それこそ、お父様が生きていられた頃から。
だから、私を知っている?
「……私は、ヴィンセント様とは、初めてお会いしたと思うのですが」
「こうして話すのは久しぶりだから、忘れているのも仕方がない」
「忘れている……?」
「レドモンド卿は、私によく言っていたよ。娘が砦に行きたいと言って困ると」
「お父様が? 確かに、幼い頃は何度もリリアードへお連れ下さいとお願いしましたけど……」
「レドモンド卿は、砦に想い人がいるのではないかと心配しておられた」
「おっ、想い人!? そんな、まだ十にも満たない頃に……そんな……」
思いもよらぬ昔話に、私は驚きと気恥ずかしさに頬を染めながら、一人の魔術師を思い出した。そう、優しい幻影を見せてくれた、背の高い銀髪の青年だ。
私は彼に会いたくて、毎月のようにリリアードへ行きたいとお願いをしていたのだから、あながち、お父様の邪推も間違ってはいない。
「レドモンド卿は、君を連れてくるたび、私に『娘はやらないからな』と釘を刺していてね」
「……え? あ、あの、どういう、意味……」
台詞の意味が全く分からない。
お父様とヴィンセント様が気さくにお話をされる仲だった、ということは分かる。分かるけど、きっと、彼が伝えたい本質はそうではないのよね。
お父様が「娘はやらない」と言ったなら、それは幼い私がヴィンセント様に恋をしていると思っていたことになる。つまり、私が彼に会いたがっていると思っていた。
私は、お父様になんて頼んでいた?
リリアードに行きたい。彼は怪我をしていないのか。討伐にいっていないのか……そうよ、あの魔術師のこともよく聞いていたわ。つまりそれって……
「まだ、思い出さないか」
楽しそうに笑みを浮かべたヴィンセント様は、私に手を差し出した。
握手を求めている手ではない。
それが何を意味しているのか分からず硬直すると、彼の手の上でぽんっと小さな音が弾けた。よく見れば、そこに小さな植物の芽があった。
小さな芽は突然、蔦となってするすると伸びていく。その光景を茫然と眺めていると、伸びた蔦は私の座っている椅子に巻き付いた。
「大きくなったね、ヴェルヘルミーナ」
ヴィンセント様が、私の名を呼んだ瞬間、蔦に芽吹いた花の蕾が一斉に咲いた。
花の咲きほころぶ幻は甘い香りを届け、誘われた蝶がひらりひらりと舞い降りる。それはまるで、幼き日に見た優しい幻影のようだった。
優しく微笑んだヴィンセント様に、おぼろげに覚えていた銀髪の青年が重なり、ぽつり「ヴィンス、様?」と呟いていた。
コメント
1件
第24話読みました…ヴィンセント様、実はあの銀髪の青年だったんですね…!口元の砂糖菓子を拭ってくれた仕草とか、パイやスープの話とか、幼い頃からの記憶がぽつぽつ蘇ってくる感じが切なくて温かかったです。最後の蔦と花の魔法、優しい幻影みたいで本当に綺麗でした…