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翌日の放課後、ルシンダはまたエリアスから声をかけられた。
「鍛錬場を見てみたいんだけど、まだ場所がよく分かってなくて……。案内してもらえないかな?」
幸い、今日は生徒会の仕事もない。
ちょうどエリアスに色々話を聞きたかったしと、ルシンダは喜んで案内を引き受けた。
鍛錬場に行くには、外に出なければならない。
エントランスに向かっていると、偶然クリスに出くわした。
「あ、クリスお兄様!」
「ルシンダ、もしかしてその方は……」
クリスの問いにルシンダがうなずく。
「はい、そうです。あの、エリアス殿下、こちらは私の兄のクリスです。三年生で生徒会の副会長をしています」
「……エリアス殿下、はじめまして。ルシンダの兄のクリスと申します」
自己紹介するクリスに、エリアスが綺麗な笑顔を返す。
「はじめまして。エリアス・マレ・シュクラバルです。ルシンダ嬢のお兄様に会えて嬉しいです。これからよろしくお願いしますね」
エリアスの愛想のよい挨拶とは対照的に、クリスはにこりともせず無表情だ。
「こちらこそよろしくお願いいたします。……ルシンダ、あまり遅くならないうちに帰ってこい」
そう言うと、クリスは廊下の向こうへと歩いていってしまった。
「もしかして僕、警戒されてしまってるのかな?」
困ったように眉を下げるエリアスに、ルシンダが慌てて否定する。
「そ、そんなことありません。兄はたぶん……少し人見知りするところがありまして……?」
昨日の様子からいって、おそらくクリスはエリアスを警戒しているのだと思うが、まさか本人にそんなことは言えない。
とりあえずフォローしてみたものの、自分でも苦しい言い訳な気がしたルシンダは、話題を変えることにした。
「あの、エリアス殿下! 私、マレ王国のことに興味がありまして。質問してもいいですか?」
「そうなんだ、嬉しいな。もちろん、何でも質問して」
やや強引な話題転換だったかと思ったが、エリアスは話に乗ってくれた。
「ありがとうございます。では、えっと、マレ王国の冬は厳しいと聞きましたが、どれくらい寒いんですか? 雪はだいぶ積もるんですか?」
「うん、マレ王国の冬は本当に大変でね。雪は大人の背丈以上積もるし、寒さも厳しくて、まつ毛すら凍ってしまうほどだよ」
「えっ、まつ毛が!?」
「そう、特に去年から今年にかけての冬は百年に一度の大寒波で、今まで経験したことがないほど寒くて……」
エリアスの言葉が急に止まる。
「……どうして突然、大寒波なんて来てしまったんだろう。せめて、もう一年遅かったら……」
一瞬、エリアスの顔が歪んだような気がした。
「エリアス殿下……? どうかしましたか?」
ルシンダが心配して尋ねると、エリアスはまた柔和な笑顔に戻った。
「ごめん、何でもないよ。……じゃあ、他に質問は?」
「えっと、では……」
その後は、魔物は出るのか、王都はどんな雰囲気なのか、どんな郷土料理があるのか、そんなことを尋ねた。エリアスはどの質問にも丁寧に答えてくれた。
そうして15個目の質問に答えた後、エリアスが苦笑しながら言った。
「……マレ王国のことをたくさん質問してもらえて嬉しいけど、そろそろ僕のことも聞いてほしいな。それとも僕には興味ない?」
「エリアス殿下のこと、ですか?」
たしかに、ずっと国についての質問しかしていなくて、エリアス自身のことは尋ねていなかった。
エリアスはクラスメイトと仲良くなりたいと言っていたので、自分のことを聞かれずに寂しい思いをしてしまったのかもしれない。
ルシンダは慌てて質問を考えた。
「え、えーとですね……。あっ、何人兄妹なんですか? あと、特技は何ですか? それから……す、好きな動物は?」
いい質問が全然思いつかなくて、ものすごくありきたりな質問になってしまった。特に好きな動物なんて、本当にお子様レベルの質問だ。
恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだったが、エリアスは嬉しそうに答えてくれた。
「……いろいろ教えてくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして。じゃあ、次は僕がルシンダ嬢に質問していい?」
今度はエリアスからルシンダに質問したいらしい。
やはり、クラスメイトのことを知って、早く打ち解けたいと思っているのだろう。これは何でも答えてあげなくては。
「はい、もちろんです」
「ありがとう。じゃあ、ルシンダ嬢は何の魔術が得意? 何か部活動をしたりしてるのかな?」
「あ、私は雷の魔術が得意ですが、ゆくゆくは全属性を使いこなせるようになりたいと思ってます。あと、部活ではないですが、生徒会のお手伝いをしています」
「へえ〜、そうなんだね」
エリアスはルシンダの返事を興味深そうにうなずきながら聞き、その後も趣味や仲の良い友達は誰かなど、質問攻めにした。
「……えっと、まだ質問はありますか?」
「そうだな、ルシンダ嬢は付き合っている人はいたりするの? もしいなかったら、どんなタイプが好き?」
突然、今までとは毛色の違う恋愛方面の質問が飛んできて、ルシンダはしどろもどろになった。
「えっ……あの、付き合っている人……は、いませんけど……。好きなタイプ……は、たぶん、強い人……?」
気が動転しながらも何とか答えると、エリアスは嬉しそうに目を細めた。
「そうなんだ、よかった」
何がよかったのか分からないが、エリアスはそんなことを言うと、いきなりルシンダの手を握った。
「エ、エリアス殿下……?」
驚いて手を引っ込めようとしたそのとき。ルシンダの名前を呼ぶ声が聞こえた。
「ルー」
「ユージーン会長……!」
声の主はユージーンだった。
「君は誰? 彼女に何をしてる?」
不機嫌さを隠そうともせずに、エリアスに対峙する。
「……マレ王国第六王子のエリアス・マレ・シュクラバルです。ここへは留学生としてやって来ました。あなたは?」
「ああ、あなたがマレ王国の王子殿下……。お初にお目にかかります。僕はフィールズ公爵家の長男であり、この学園の生徒会長を務めているユージーン・フィールズと申します」
隣国の王子と知って、ユージーンは丁寧に挨拶をするが、その瞳には王子への敬意など微塵も見えない。
「フィールズといえば、たしか筆頭公爵家の……」
「ご存知でしたか、光栄です。……ところで」
ユージーンが口元だけでにっこりと微笑む。
「マレ王国ではただの同級生の女子生徒にもそのように密に触れるのが普通なのかもしれませんが、ここはあなたの国とは違います。あまり馴れ馴れしく彼女に触れないでいただけますか?」
握っていたルシンダの手をユージーンに奪い取られ、エリアスは怪訝な表情で尋ねた。
「あなたは……ルシンダとどういった関係なんですか?」
「僕とルーの関係? まあ、非常に親しい兄妹……のような関係ですね。そうだろう、ルー?」
ユージーンが慈しむような眼差しをルシンダに向ける。
「兄……?」
首を傾げるエリアスの呟きを無視して、今度はユージーンが問うた。
「それで、あなたはなぜこの子と一緒に?」
「ああ、鍛錬場に行きたくて案内してもらってたんです」
「そうでしたか、それならここから先は僕が案内しましょう。いえ、これも生徒会長として当然のことですからお気になさらず。それじゃあルーはこのまま真っ直ぐ帰るように」
流れるようにそう言うと、ユージーンはエリアスの腕を引っ張って鍛錬場のほうへと向かっていった。
ルシンダには若干無理やりなように見えたが、ユージーンはにこにこと微笑んでいたので、普通に生徒会長として学園に不慣れなエリアスを気遣っただけだろう。そう結論づけた。
遠ざかっていくユージーンとエリアスの後ろ姿をしばらく見送った後、ルシンダは元来た道を引き返したのだった。