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トラツグミが鳴いている。
私は知らない。温かい家庭など。
いつものように重すぎる自宅の扉を開ける。
重いと言っても質量的にじゃない。重いのだ。
ただいまとは言わない。山彦のように声はかえってこないのだから。まあ当然のことではある。両親は共働きで夜遅くまで家にはいないのだから。薄暗く地平線の先まで続いているかのような2階へ上がる。地平線の先に期待を寄せてはいけない。その先には何も変わらない地面とまた地平線。いつもと変わらない部屋。
大丈夫。私には本と、あの優しい友達がいる。
それだけで十分だ。それ以上は望まない。
眩しい。瞼を通過し眼球に差し迫る勢いだった。また朝か。階段を降りる。居間の戸を開ける。
いつもと変わらない。コーヒーを淹れて
食パンを食べる。咀嚼する。
パンを咀嚼する。 独りを咀嚼する。
そういえば、昨日蕪木くんはやっぱり見に行ったのかな。先に帰られちゃったから、何か事情でもあるのかと思ってついていくのをやめた。
いつものように学校に行く。通学路には大きくもなく小さくもない池がある。池の真ん中には円形の小さな島のようなのがある。いつもと変わらない、語るに足らない場所だった、その時は違った。目の赤い亀がいた。こちらを見つめている。恐怖を感じて動けなかったのもあったけど、なんだかものすごく楽な気分だった。
風船が空を自由に飛ぶように。
けど、風船のようにすぐにその気分は破裂するように消えた。亀はいなかった。足取りが軽い。
「よう升沢」
「おはよう蕪木くん」
最近はよくこの声を聴いている気がする。
この人はいつもいつも私を気にかけてくれる。「そうだ、今朝亀を見たの。」
「亀」
「そう、亀それにただの亀じゃない」
「というと」
「目が赤いの」
「目が赤い、」
「ものすごく赤い、林檎のような」
「病気かなんかなんじゃないか」
「でも1番気掛かりなのはそこじゃないの、忽然と、いなくなったの」
そうだ。どうしてあの時気にならなかったんだ。それどころか、白昼夢の中にいるような気分だった。
「亀の、」
蕪木くんは言葉に詰まっていた。
魚の小骨でも喉に突っかえてるみたいだ。
「悪いトイレ」
蕪木くんはものすごくバツが悪そうにその場を去った。
亀の幽霊とでも言いたかったのだろうか。幽霊という言葉がよく想起される。
やっぱり見に行ったのだろうか。今日は蕪木くんと帰ろう。そして私も確かめるべきなのだ。
「それでは帰りのホームルームを終わります、さようなら」
「さようなら」
「蕪木く」
「升沢さん」
言葉は無下ににも裁断された。とは言っても縫い直せない。
また、またか。勿論私は、こう答える。
「いいよ」