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#オカルト
リユ
7
聖次
693
【漆黒の森】
「風に靡《なび》く精霊たちよ。この辺りで、可憐な人間の少女を見かけなかったか?」
エルフの村から送り出された捜索隊は深い森の中に入り、ある男が、鬱蒼と茂る木々に向かって静かに語りかけていた。
彼は精霊使いなのか、あるいは優れたテイマーなのかは定かではない。
しかし、その呼びかけに呼応するようにして、木漏れ日の光の中から淡い輝きを放つ小さな妖精たちが幻出する。
「我が呼びかけに答えてくれた事に感謝する」
その男は静かに身を正し、幻出した妖精たちに向かって深く首を垂れた。
傲慢にならず、自然の代弁者である彼らに敬意を払う。この美しい信頼関係があってこそ、彼らが『エルフ』と言われる所以《ゆえん》なのだろう。
彼女たちは透き通った羽をパタパタと小刻みに揺らしながら、男の問いに対して無邪気な声を上げた。
『スキル持ちの女と、山の方へ行ったよー!』
『あいつね、間違いなく泥棒だよ。前にもこの辺りで見かけたもん!』
妖精たちはあまりにもあっさりとメアリーの行方を語り、彼女たちが向かったであろう山の方向を小さな手で指差した。
「なるほど、盗賊の根城か。──よし、一旦戻って報告だ!」
常人であれば「一刻も早く助けに行かねば」と焦る状況だろう。
しかし何を考えたのか、そのエルフの男は一切の躊躇なく踵を返し、悠然とした足取りでエルラ村へと戻っていった。
彼らにとって、人間の少女の安否よりも、規律と確実な報告の方が優先するのだった。
【エルラ村・本陣】
「──何だと!?」
森から戻ってきたエルフ族から報告を受けた瞬間、第一近衛兵団の団長ウィラードの怒号が里に響き渡った。
「メアリー様が怪しい女──それも盗賊に連れ去られたと知りながら、戻ってきただと!?」
「我らエルフは無謀な戦闘を避けるのが常であり、精霊使いであるが故、索敵と確実な報告をと考え……」
「黙れ、使えない有象無象め! その間にメアリー様の身に何かあれば、貴様ら全員の首を撥ねても足りんわ!」
エルフたちのあまりにマイペースで危機感の薄い対応に、ウィラードは怒髪天を突く勢いで激怒した。
凄まじい威圧感にエルフの男たちが縮み上がる中、ウィラードは真っ白な近衛服を翻してファストワイバーンへと飛び乗る。
「全軍、直ちに救出に向かう! 案内しろ!」
ウィラードの号令一下、真っ白な近衛服が風に翻り、精鋭たちが一斉にファストワイバーンへと飛び乗った。
即座に山へと向かって進軍を開始した彼らだったが、急ぎ飛び立った直後、それを嘲笑うかのように大気が震えた。
村の騒ぎを聞きつけたのか、あるいは縄張りを侵す者を狙っていたのか。
上空を埋め尽くしたのは、獰猛な魔物の群れ──それも、あの凶暴なワイバーンの大編隊であった。
「──ッ、来るぞ! 散開ッ!」
轟ッ!
いきなりの火球による先制攻撃が、青い大空を降り注ぐ流星の如く切り裂く。
想定外などという生易しい言葉ではない。直撃すれば、さしもの最強兵団とて無事では済まないだろう。
「チッ、こんな時に……小癪な有象無象どもが、我らの邪魔をするな!」
ウィラードは飛竜の手綱を捌き、迫り来る熱波を紙一重で回避する。
空域を完全に支配された中、彼は瞬時に判断を下す。
遮蔽物のない空中では武が悪く、消耗を避けるため、急降下の指示を出して深い谷間の底へと着地する。
身動きが取りづらいのはお互い様だが、剣の届く近距離戦に持ち込めば、騎士が負ける要素など万に一つもない。
「迎え打つ、抜剣!!」
迎え撃つ準備を整えたウィラードは、好戦的に口角を上げた。だが、その時──。
「グルゥゥァァッ!」
地の底から響くような咆哮とともに、岩壁を突き破って巨大な影が躍り出た。
「──なんだと? サラマンダーだと!?」
上空からはワイバーンの火炎放射、そして眼下からは高熱を纏う地這いの魔物、サラマンダーの強襲。
平均レベル500を超える「神罰の烈雷」にとって、個々の魔物など敵ではない。
しかし、入り組んだ木々、足場の悪い険しい谷間という地形の悪さに加え、空と陸からの波状攻撃は、確実に彼らの進軍を遅らせていた。
どれだけ魔物を蹂躙しようとも、次から次へと湧き出る有象無象。
最強ゆえに戦い自体には大苦戦せずとも、一刻を争う「救出」という目的においては、この時間の浪費こそが致命的な大苦戦と言えた。
「どけと言っているのだ……メアリー様の安全を脅かす者は、塵一つ残さず焼き尽くしてくれるわ!」
憤怒に震えるウィラードの声が、火花の散る谷底に木霊する。
一刻を争う状況の中、刻一刻と過ぎていく時間に、ウィラードの焦燥感は限界にまで達しようとしていた。
※※※※※
押し寄せる圧倒的な数の暴力と熱波を前に、さしもの最強兵団といえど時間を奪われ、ジリジリと焦燥感に焼き焦がされていた。
──だが、その膠着《こうちゃく》した戦況を鮮やかにひっくり返したのは、まさかの先程の精霊使いだった。
彼は深く息を吸い込み、戦場の中央で静かに祈りを捧げる。
紡がれたのは、精霊たちの力を借りて万物の怒りを鎮めるという、エルフに伝わる古き『鎮魂歌(レクイエム)』。
戦場に美しく透き通った歌声が響き渡ると、その神秘的な調べに反応したワイバーンたちは見る見るうちに戦意を失い、霧が晴れるようにして大人しく森の奥へと戻っていったのだ。
こうして、空の脅威との戦いは劇的な引き分けという形で終わりを迎える。
──因みに、地を這う大トカゲ(サラマンダー)に関しては、あまりにも知性が低すぎて歌の意味が全く理解できず、効果が皆無だったと付け加えておく。なのでウィラードたちが力技で叩き潰す羽目になった。
「我らエルフは戦闘を好まないゆえ、対応が遅れてしまい申し訳ありませんでした」
「先程の鎮魂歌は助かった。遅参した無礼は不問に処す。改めて部隊長として礼を言わせて貰おう」
ウィラードは剣を鞘に収め、息を整えながら、精霊使いの男に真っ直ぐな視線を向けた。
最初はエルフたちのマイペースさに激怒していたウィラードだったが、実力と結果を目の当たりにしたことで、武人らしく素直に彼らの力を認めたのだ。
(だが、安堵している暇は一瞬たりともない)
「負傷者は村に戻り応急処置を急げ! 動ける残ったものは、これより直ちにメアリー様の救出に向かう!」
ウィラードの鋭い号令が再び谷底に響き渡る。
予期せぬ足止めを喰らい、時間は大幅にロスしてしまった。メアリーの身に危機が迫っていることは明白である。
最強の近衛兵団と、森を知り尽くしたエルフの精鋭。
手痛い洗礼を乗り越え、真の意味で一つとなった混成部隊は、今度こそメアリーが囚われているであろう盗賊の根城を目指し、猛然と山を駆け上がっていった──。
【盗賊の根城】
「──突入しろッ!」
ウィラードの鋭い号令とともに、近衛騎士たちが一斉に大盾を構えて根城へと躍り込んだ。
だが、一刻を争う覚悟で満を持して突入した捜索隊。
──しかし、激しい足音と共に踏み込んだ広間は、しんとした静寂が流れていた。
「……チッ。急ぎ駆けつけたというのに、既に抜け殻か……!」
ウィラードが忌々しげに周囲を見渡す。
そこには急いで荷物をまとめたような乱雑な跡があるだけで、バリスタ率いる盗賊たちの姿も、メアリーの姿もなかった。要は一歩遅かったのだ。
落胆と焦燥が騎士たちに広がりかけた、その時。
俊敏な足取りで戻ってきた斥候のエルフの男が、片膝をついて報告を上げる。やはり、森での追跡能力に関しては彼らの右に出る者はいない。
「ウィラード部隊長殿! 奴らの痕跡を見つけました。どうやらこの森を抜けた先にある、新しく出来た村に向かったようです」
エルフたちが付近の地面や草木を鋭い眼光で探索したところ、乱れた大量の足跡が、森の境界線を越えて特定の方向へと固まって続いているのを発見したのだ。
「新しい村だと……? よし、奴らが移動しているということは、メアリー様はまだ生きているはずだ。全軍、足跡を追うぞ! これ以上の遅れは許されん!」
色めき立つウィラードが即座に追撃の号令をかけようとした、その時だった。
道中を案内してきたエルフの男が、意を決したようにウィラードの前に一歩踏み出し、その行く手を阻んだ。
「批判覚悟で申し上げます。既に日が暮れ始めております。……たとえ人類最強の近衛兵団とはいえ、これより先の『夜の森』を進むのは大変危険でございます」
その真剣な眼差しを真っ向から受け止め、ウィラードは小さく息を呑んだ。
戦うことが嫌で臆病風に吹かれているのではない。
エルフの男の目は、夜の森には昼間とは比較にならないほど凶暴で、夜間にしか出没しない危険な魔物たちがひしめき合っているという事実を、暗に語っていた。
(ここで夜間行軍を強行し、無謀な夜戦に突入するか。それとも、明日の朝を待って効率的に強襲するべきか……)
メアリーを想う焦燥感と、指揮官としての冷徹な理性が、ウィラードの脳裏で激しく火花を散らす。
思案の末、ウィラードは低く冷徹な声を投げかけた。
「……このまま突き進めば、我が隊員に被害が出ると思うか」
「……この暗さでは飛竜は使えません。徒歩での強行軍となれば、恐らく数名は夜の魔物に屠られてしまう恐れがあります」
森を知り尽くしたエルフの言葉には、確かな重みがあった。夜間飛行ができないとなれば、完全な徒歩行軍。
それでも諦めきれないウィラードは、一瞬の沈黙の後、拳を血がにじむほど強く握りしめ──そして、心の中で静かに告げた。
(いや、朝までは待てん。メアリー様の命が今この瞬間にも脅かされているのだ。……だが、全滅するほど我が兵団は愚かではない!)
覚悟を決めたウィラードは、鋭い視線をエルフの精鋭たちへと向けた。
「エルフの諸君。貴様らの超視力と隠密能力を見込んで頼みがある。この闇夜の森、我が軍の水先案内人を頼む!」
「御意」
こうしてウィラード率いる近衛兵団は、エルフの案内のもと、危険極まりない『夜間行軍』を行う決断を下したのだった。
【メルド村・付近】
夜の帳《とばり》のなかで行われた行軍は、熾烈《しれつ》を極めた。
エルフの的確な導きにより、奇跡的に死者こそ出なかったものの、絶え間ない魔物の急襲を退け続けた兵たちの体力は完全に消耗し尽くしていた。
目的の地──メルド村の正門を遠目に伺う頃には、東の空がうっすらと白み始めている。
──それでも、行かねばならぬ。
騎士たちは疲弊し切った重い体を、メアリーを救うという執念と闘志だけで無理やり奮い立たせていた。
「部隊長殿……っ! 最奥の広場にて、メアリー様の身姿を確認しました!」
先行して村の内情と、メアリーの居場所を探らせていた斥候のエルフが戻ってきた。
はぁはぁと荒い息を吐きながらも、その男はパァッと明るい表情で報告を口にする。
物静かに次の戦いに向け、極限まで集中を高めていたウィラードは、無事の知らせに歓喜する事なく徐《おもむろ》に立ち上がった。
カチャリ、と不気味な金属音が響く。
引き抜かれた大剣が、朝焼けの光を浴びて天高く突き刺さるように掲げられた。
もはや、一切の容赦はしない。愛しき御方を拐《さら》った盗賊どもを、塵一つ残さず肉片に変えてやる。
「──全軍、突撃ーーーッ!!!」
最強の猛将は、その喉が裂けんばかりの怒号を響かせた。
【メルド村・広場】
ドゴォォン! とけたたましい音を立てて正門をくぐり、近衛兵団が村内へとなだれ込む。
まだ早朝ということもあり、周囲にはほとんど人影が見当たらない。
騎士たちはメアリーが目撃されたという最奥の広場に向け、大地を揺らすほどの猛烈な足取りで急いだ。
いつでも剣を振り下ろせるよう、殺気を滾《たぎ》らせて広場へ突入するウィラード。
だが、決死の覚悟を抱いた彼らが目にした風景は──。
「はーい、次は大きく伸びをしてジャンプするのよ〜! はい、1、2! 1、2!」
「「「1、2! 1、2!」」」
「え゛っ……? め、メアリー……様……、ですよね……?(呆)」
そこにいたのは、ボロボロの服を着せられた哀れな奴隷の姿ではなかった。
ピカピカに洗濯された、可愛らしい水色のワンピースに身を包んだメアリーが、なんと村の小さな子供たちを従え、満面の笑みで「朝の体操」を行っていたのだ。
凄惨な戦場、血みどろの救出劇、涙の再会──。
そんな道中に思い描いていた壮絶な想像とは、あまりにも、あまりにも違いすぎる平和な光景。
その瞬間、人類最強と謳われる猛将ウィラードの身体から、凄まじかった覇気が綺麗さっぱり霧散した。
大剣を握ったまま、口を半開きにして「ポカン」とした完全なアホ面に変わってしまう。
後ろの騎士たちもガシャガシャと武器を取り落としそうなほど固まっている。
そんな、文字通り命がけでやってきた鉄錆と血の臭いがする化け物集団に気づき、メアリーは体操をピタッと止めると、にこやかに小首を傾げた。
「あら、おはようございます、騎士様。……何か御用でしょうか?」
「(……御用、だと……?)」
あまりの理不尽な温度差に、ウィラードはただ、声もなく立ち尽くすことしかできなかった──。
コメント
1件
あああ第21話読んだよ!!🔥🔥 まず冒頭のエルフたちのマイペースさに「え、そこ?!」ってなったんだけど、ウィラードの怒号がマジでかっこよすぎて震えた😭💕 んで、命がけで駆けつけたらメアリー様が朝の体操指導してるギャップやばすぎて笑ったw「御用でしょうか?」って小首かしげられて固まる騎士団の画が目に浮かぶ…尊い…🫠💖 過去回想でここまで盛り上がるなんて反則だよ!次が待ち遠しい〜!!🌟