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【メルド村・集会所】
朝の体操という衝撃的な出会いの後――。
ウィラードたち第一近衛兵団の面々は、夜間行軍で泥と返り血に汚れた甲冑を脱ぎ、汗を流してどうにか身綺麗に整えてから、改めてメアリーと正面から向き合っていた。
「要は……自ら進んで、この村の教師になると?」
「行く宛はありませんし、生活のためでもありますが、私の知識がここの子供たちの役に立ちますから」
お茶をすすりながら、至極平然と答えるメアリー。
そう、メアリーの身の安全は、危機一髪どころか根城では丁重に迎えられていた。それから色々とあって村長のバリスタから「子供たちに勉強を教えてやってくれ」と頼まれ、このメルド村に居着く決心を固めていた。
そんな彼女に対し、ウィラードは姿勢を正し、真剣な面持ちで本題を切り出す。
「ですがメアリー様、貴女様には国王陛下より直々に勅命が出ております。至急、我々とともに王都へ帰還していただきます」
「やだ! 絶対やだ、やだ!」
間髪入れずに返ってきたのは、あまりにも断固とした拒絶だった。まさか即答で、しかも全力で嫌がられるとは思っていなかったウィラードは、一瞬だけ言葉に詰まる。
「……お言葉ですがメアリー様、これは王の勅命でございます。いかなる理由があろうとも、逆らうことは――」
「既に貴族籍を自ら破棄したただの平民です! 奴隷の一個上の階級の私に王様の勅命に従う義務なんてありません!」
「なっ……!?」
実家から追放されたことを逆手に取った、メアリーなりのド正論――という名の、完璧な屁理屈であった。
そもそも王国の法において、王の勅命とは『対象者に直接言い渡されるもの』であり、今回のように騎士団を介した間接的な伝達は厳密には効力が薄い。おまけに勅命とは基本的に王族や貴族に向けられるものであって、平民に出される前例など皆無なのだ。
これらを熟知した上での確信犯。ここでウィラードが強制的に彼女を連れ帰ることは容易だが、法的に見ればそれは国家権力による平民の『誘拐』にあたってしまう。結局のところ、メアリーが自らの意思で謁見を申し出ない限り、この命令に強制力はないのだ。
「な、フィルモア王国の法をそこまで正確に把握されているとは……」
あまりにも想定外な言い返しをされ、戦場では無敵を誇る近衛兵団の面々は、ぐうの音も出ずに困り果ててしまうのだった。
腕を組み、どうすればメアリーを自らの意思で王都へ向かわせるか、ウィラードは必死に思考を巡らせていた。力ずくで連行すれば、彼女の心に深い傷を負わせてしまう。
――その時だった。こちらのことを遠巻きで様子を伺っている「メルド村の村長」の顔が、ウィラードの鋭い眼光に留まる。どこかで見覚えがある――それは指名手配の肖像画だ。
髭を剃り、品のいい服を着て、整った髪型に変えているが、数々の修羅場をくぐり抜けてきた人類最強の騎士の目は欺けなかった。
(ここで抜剣する訳にはいかない。それに、彼女は騙されているのだろうか……)
バリスタの正体を見破ったウィラードだったが、メアリーの様子を見る限り強制的ではないし、周りの大人達も殺気立っていない。腑に落ちないウィラードは一旦引き下がるのが吉と思い、席を立つ。
「……メアリー様のお気持ちは痛いほど理解いたしました。一度、我々も頭を冷やし、今後の対応を検討いたします」
ウィラードはここで即座に剣を抜く愚は犯さなかった。メアリーにこれ以上の精神的負荷をかけず、かつ確実に王都へ連れ帰るための、最高にして最悪の「解決策(カード)」として使うために、一度泳がせることにしたのだ。そう言って、ウィラードは一度あっさりと引き下がり、集会所を後にした。
※※※※※
集会所の裏手。ウィラードは、微妙に冷や汗をかきながらコソコソと逃げ出そうとしていた村長を、人気の無い場所に呼び出していた。
数々の修羅場をくぐり抜けてきた人類最強の騎士の目は欺けない。ウィラードは確信に満ちた鋭い視線で、目の前の男を睨みつけた。
「おい,、バリスタ」
「いえ、私はネスレです」
「・・・・」
あまりにも予想外な、あるいは一切悪びれる様子のない即答だった。ゴクリ、と緊張の生唾を飲み込む音が周囲に響く。ウィラードの眉間に深い皺が寄った。
「……バリスタ」
「ネスレ」
「バリスタ」
「ネスレ」
ネスレ・バリスタ。
#オカルト
リユ
7
聖次
693
偽名と本名を合わせると、どこかで聞いたことのあるコーヒーメーカーじゃあるまいし、何だこの不毛すぎる掛け合いは……。
人類最強と謳われる近衛兵団のトップが、元盗賊のオッサンと文字通り「泥仕合の押し問答」を繰り広げていた。
アングィス(ギャハハ! これ面白い!)
あまりにもくだらないその応酬に、隠れて様子を見ていたアングィス(神)は、神の威厳も完全に忘れて思わず大爆笑してしまっていた。だが、ウィラードはコホンと一つ咳払いをすると、強引に冷徹な騎士の顔へと戻る。
「……ふざけるな。盗賊団のボス『バリスタ』であることは既に調べがついている。ネスレなどというトボけた偽名がいつまで通用すると思うなよ」
「・・・・(大汗」
※※※※※
朝の体操から数時間後。メルド村にのどかに子供達の声が響く。
この村では子供も重要な労働力だ。なので朝の早い時間だけが学びの時間となり、授業を終えた子供達はこの後、質素な朝食を頂き働きに出る。
「はーい、今日の授業はここまで。みんな、また明日ね!」
「「「メアリー先生、さようならー!」」」
元気よく教室を飛び出していく子供たち。メアリーがふぅと小さく息を吐き、教壇の片付けを始めようとした――その瞬間。
バァンッ!!!
乱暴に教室の扉が開け放たれ、重々しい金属音と共に、抜き身の大剣を携えたウィラードが姿を現した。だが、その手には、縄でキリキリと後ろ手に縛り上げられ、顔面を蒼白にした村長――バリスタの身体が掴まれていた。
「な、何っ……!? 村長さんっ!?」
驚愕して立ち上がるメアリーの目の前で、ウィラードは冷酷な笑みを浮かべ、バリスタの首筋に冷たい刃をピタリと押し当てた。刃が肉に食い込み、薄く血がにじみ出る。
「ひ、ひえぇっ……! メ、メアリー先生、助けてくだせぇ……っ!」
「動くな、元盗賊バリスタ。……さて、メアリー様」
ウィラードの口調はこそは穏やかだったが、その瞳の奥には、夜の森を支配していた「神罰の烈雷」の冷徹な殺気がギラリと宿っていた。
「この男の正体は、この界隈を荒らし回っていた凶悪な盗賊団の首領なのです。そしてこの村の住人も、ほぼ全員がその身内、当然全てを殺処分いたします」
逃げ道を塞ぎ、選択肢をなくす。すべてはメアリー自らの意思で「王国に向かいます」と言わせるための卑劣な罠。メアリーは嫌でもその意図に気づかされた。
大剣の刃をさらに深くバリスタの首へ押し付けながら、ウィラードはメアリーへ容赦のない選択肢を突きつけた。
「貴女様がこのまま王都への帰還を拒むというのであれば、この村の者たちを『その場で即座に処刑』いたします。……さあ、どうなさいますか?」
「――全て承知の上で、私はこの村のために残ると決めました。もし彼らを処刑なさるというのでしたら、どうぞ私の首も一緒に刎ねてください」
「っ……!? メ、メアリー様、強情すぎます!」
あまりにも予想外、かつ毅然とした言葉が飛び出し、思うような展開にならないウィラードは内心で激しく焦り始めた。
人質を取れば泣いて縋り、自ら王都へ行くと言うはずだった。だが彼女の瞳に宿るのは、一切の恐怖を排した確固たる覚悟の光。だがこのまま本当に彼女の首を刎ねるわけにはいかない。しかし、これほど強硬な態度を取られては交渉の続けようもなかった。
動揺を隠せないウィラードを、眼帯の奥の冷徹な魔眼で見据えながら、メアリーはふっと哀しげに唇を歪める。
「貴方たちは、改心して心機一転、真っ当に出直そうとする人々を人質に取れば、私が大人しく王都に向かうと考えたのでしょう? ……ですが、その口ぶりから見て取れます。私がここを旅立った後、貴方たちは約束を反故にして、この村の人々を全員処刑するおつもりですね?」
「――ッ!!」
図星だった。ウィラードの身体が、微かに、だが確実に強張る。まさにメアリーの言う通り体よく連れ出した後は、この村を文字通り「殺処分」し、凶悪な盗賊団を討伐したという功績を、王都への手土産にする算段を裏で描いていたのだ。
だが、ドブ泥のような貴族社会の裏側を見て育ってきたメアリーには、騎士団のそんな「口約束」などなきに等しいと最初から知っていた。
だからこそ、彼女は自らの命を天秤にかけたのだ。自分を差し出す代わりに、新たに出直そうとするメルド村を完璧に守り切るために。
※※※※※
【昨日・盗賊の根城】
「いや……っ、来ないで!」
――思い返せば、ほんの昨日のことだ。
親切な仮面を被った女に騙され、盗賊の根城へと連れてこられたメアリーは、絶体絶命の危機に陥っている……はずだった。
「お嬢さん……! どうか、どうかワシらの子供たちに、学をつけさせてはくれないか。この通りだ、頼む!」
「へっ……? あ、あの、ひとまずお話を……」
目の前で、大の大人が、それも盗賊団の首領であるはずのバリスタが、床に額を擦り付けるようにして深々と頭を下げていたのだ。
バリスタたちとて、自分たちのしてきた罪が到底許されるとは思っていない。しかし、肥大化した組織の中で多くの家族(女子供)を養うようになり、これ以上犯罪を続けるわけにもいかなくなっていた。
このまま捕まってしまえば、罪のない女子供諸共、全員が奴隷か処刑の運命を辿る。
だからこそ、彼らは新たな村を作り、過去を捨てて真っ当な生活を始めようと必死に足掻いていた。そして、子供たちがこれから平民として真っ当に生きていくためには、どうしても「知識」が必要だと、涙を流して訴えてきたのだ。
「……今までの罪は消えません。ですが、子供たちに罪はありませんものね」
つぶらな瞳で自分を見つめてくる、たくさんの子供たち。
行くあてもなく、ただ生き延びるために目指していた商業都市ファーレンへの旅を、メアリーはここで諦めた。
そして、愛らしい子供たちの未来のために、この地で教鞭を執る決心をしたのだった。
※※※※※
(だから……まっとうに生きようとしている人たちを、絶対に死なせたりはしない!)
教壇の前に立つ幼き少女の背中には、近衛兵団の殺気すら跳ね返す、元貴族令嬢としての、そして「教師」としての不退転のプライドが満ち満ちていた。
「さあ、どうするつもりですか? 騎士様」
怯むことなく見据えてくるメアリーの瞳に、今度はウィラードが息を呑む番だった。
コメント
2件
続き楽しみ!こんな長い話し書けるの尊敬!
うわあああメアリー強すぎる~!😭💕 ウィラードの思惑を見抜いて、逆に覚悟決めて村ごと守ろうとする姿勢がカッコよすぎるよ…!元貴族令嬢の誇りと教師としての信念がガチで光ってた✨ しかも断固「やだ!やだ!」からの法律フル活用しての拒否、頭良すぎて笑った(笑) バリスタとの不毛な名乗り合いもツボったし、神様の腹筋崩壊にも共感。この話、メアリーの魅力詰まりすぎてて大好き!!次の展開が待ちきれないよ~!!