テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
甘夏剤
819
コメント
1件
tr×gt
フライングハピバ
ずっと意味わかんないかも
誕生日を迎えて2時間、すでに5時間の配信時間が過ぎていた。
最初から飛ばしながら酒を飲んでいたぐちつぼは酔いが回ったような滑舌の甘さでよく喋る。
仲良いメンツしかいないこの場でぐちつぼのブレーキになるものはなかった。
でもたまに眠そうに黙って、突然テンションが上がって、高い笑い声を響かせる。
そんな良い感じの酔い方で決して変な行動も失言もしない。
配信で酔うのももう慣れっこみたいだ。
2時間ほど前に始めた大人数の人狼ゲームにもう飽き始めて適当なプレイしかしていない。
そんなみんなを見て誰かが言った。
「この部屋さ、入ると密会できるやん?ぐちつぼに懺悔する会やろうぜ」
まあ要するに誕生日だからなんかしてあげよう、ってアレだろう。
懺悔という言い方が悪さしているだけでただ2人きりになった時に何を言うのか、その人との関係性や性格が分かる視聴者が喜びそうなノリだ。
ぐちつぼはまだそのノリについていけてないながらにも多数の声に押しよられて1人、部屋に入る。
周りの声が聞こえなくなる。
『なんなんこれ?』
そう呟く声は同様に向こうに聞こえない。
しばらく放置されたのち初めにおらんじ〜なが入ってきた。
「ぐちさん誕生日おめでとー!!」
底抜けに明るい声。
ぐちつぼは軽く流す。
「いやー何言おう。懺悔とかないんだけど、、、うーん、あ!そういえばぐちさんの車乗った時ゴミ持って帰んのめんどくて車に放置したわ!」
『はぁ?wwww最悪wwww』
怒りとかツッコミとかの前に笑いが来た。
酒が回った頭ではくだらないことがより一層面白かった。
「許して〜!」
おらんじ〜なは逃げるように部屋を出ていく。
ぐちつぼはまだ笑いが尾を引きながら「結構ゴミ置いてあることあるからどれかわからん」と配信向けに呟く。
コメントが笑いとまじかでいっぱいになる。
次に入ってきた人も、その次の人もくだらない懺悔が続いた。
焼きパンがマジで言うことに困って「バーカ」だけ言って帰っていく。
あいつなんて一番懺悔することあるだろ、とぐちつぼは思う。
こんそめがあの時財布忘れてごめん、と言い高い焼肉屋を奢ったことを思い出す。
別にいつも奢ってるけど。
かねごんがもらった財布汚してしまった、と本当に申し訳なさそうに話す。
楽しくて気分がいいぐちつぼは少し怒ってからまたいいの見つけたら送ってやるよ、と言う。
げんぴょんがお前が女抱いてる時に家行ってごめん、、、と視聴者にノらせるようなことを言って去る。
笑いが含まれた声で怒る。配信コメントが「ぐちさんまじか!?」で埋まる。
それをまた怒る。
そうしてこのノリは消化されていく。
残すところあと1人、たらこだけになった。
何を言うだろう。
「ぐちさん家でシャワー入った時シャンプー多くつかっちゃった」
いつの日かそんなことを言っていたのを思い出す。そんなかわいらしい懺悔もあり得る。
「いつも遅刻してごめん」
これもありえる。俺もしてるから許す。
「んべろべろべろ〜」
これもありえる。あいつに懺悔なんて概念があるのか。
ぐちつぼはワクワクしていた。
たらこが何を言うのか、あいつはいつも想像を超える。
ゲーム内で扉が開いてたらこらしい変なアバターが入ってくる。
「ぐちさん」
その声がやけに重くてぐちつぼは息を呑む。
思った感じと違う、だらけた空気がすこし張り詰めた。
「誕生日おめでと」
茶化すように言えばいいのに。もう30かー、ていじればいいのに。
ちゃんと祝うような、それでいて少し寂しそうなそんな声。
ぐちつぼは何も言えない。
どう返せばいいかわからなかった。
そんな真面目にくると思わなかったから。
そんなぐちつぼを気にする様子もなく、いや実際にはよく気にして間合いを図って声を出した。
でもそんな様子を隠してなんでもないふりしてたらこは話し出す。
「俺がぐちさんに同性愛者だってカミングアウトしたときさ、ぐちさん戸惑うでもなく距離取るでもなく疑問に思うでもなくただ受け止めてくれたじゃん?」
間が開く。
ぐちつぼはすらすらと頭に入ってくるたらこの声をうまく咀嚼できずにいる。
でも冷静だった。
困惑していたのは配信のコメント欄。
視聴者が一瞬触れていいのか迷ってからだれかの「え?」というコメントを皮切りに沢山のコメントが流れる。
「いや、実際には何もなかったことにされた。何もなかったように関係性は一切変わらなかった。でもそれがその時はありがたかった。」
たらこにしては頭のいい喋りだった。
まるでずっと言いたいことが頭の中にあったみたいに整理された感情。
「そうやって受け止めた同性愛者からさ好意を向けられたらぐちさんはあの時みたいに受け止める?なかったことにするみたいに。、、、もしそうするなら少し、、、寂しい」
いつもにみたいなガキの声じゃない、年相応でそれでいてまだ親離れのしていない子供のようだった。
コメント欄が騒がしい。
やけに、嫌に。
『お前それ、、、公表してよかったの?する気無かったやん』
酒の入ったにしてはしっかりしてる声。
でもトーンはどこかふわふわしている。
張り詰めた空気がふっと柔らかくなった。
求めていた返事ではないから拍子抜けた。
それと同時にたらこは思った。
なかったことにするんだな、と。
「別にいいよ、いつか言おうと思ってたし」
話したいのはこんなことじゃない。
さっきの問いへの返事が欲しかった。
『まあいいけど。てかなんの話?一気に話すから分かりにくいわ』
ほら、誤魔化した。
酒のせいにした。
酔ってるから一気に話した俺の言葉が理解できないフリをした。
たらこは拳を握る。
表情の変わらないキャラを操作し扉に向かわせた。
もう話したいことはなかった。
「じゃあ俺は失恋ってことで」
わざと棘のある言い方。
含みを持たせてぐちつぼが誤魔化そうとしているそれに泥を塗るみたいに。
『俺的には、告白だと解釈したんだけど』
ぐちつぼの声。言葉。
たらこのキャラがピタッと止まる。
“一気に話すから分かりにくいわ”誤魔化したと思ったその言葉の続きがあった。
しかもそれは確信をつく、誤魔化しとは程遠い決定的な一言。
息を呑む。その言葉の意味を考える。
『それが懺悔?』
たらこの心臓がドクンと鳴った。
懺悔、そんなつもりはなかった。2人きりになって話せるから、誕生日だから、お酒入ってるから聞いてみただけで懺悔のつもりはなかった。
けどこれは、懺悔にもなりうるか。
「、、、そうかも」
『まあ確かに、告白なんて大事なことこんな外堀埋めるみたいな感じで言うのあんまよろしくないよな』
間が開く。
何も言えなかった。正論だったから。
『そういうのさ、ちゃんと目見て言えよ。、、、冗談かマジかわかんねぇ』
「マジだよ。」
たらこが即答する。
冗談なわけない。
『だからそういうの!ここで言うべきじゃねえだろ』
少し怒ったような声。
ぐちさんはずるい、とたらこは思う。
だって面と向かって言うなんてできっこない。
『はー、、、ちゃんと話してくれたら、、、考える。』
「、、、は?」
『さっきの“受け止めんの?”って質問の答え。』
「考える、。」
ぐちつぼが言った言葉を反芻する。
拒否でも受け入れでもない。
それがなにを意味するか分からないけど悪くない気はする。
「それ、ずるい」
『なにが?』
「、、、なんか。」
『んだよそれ』
ぐちつぼが小さく笑う。
たらこにはそんな余裕ないのに。
「その期待させる感じ、嫌」
『させてない』
「してる」
『たらこが勝手にしてるだけ』
「でもぐちさんがさせてる」
『、、、むずい』
誤魔化す声。
やな感じ。でもちょっと好き。
「無責任」
『ま、誕生日だから』
なんの理由にもなってない。
軽く言って適当にキャラを動かし部屋を出ていくぐちつぼのその声が頭に残る。
全部がたらこの心に刺さる。
懺悔にもなりうる、と思った。
“好きになってごめん”“これまでの心地いい関係を壊してごめん”っていうそういう懺悔。
でもぐちつぼは外堀を埋めるように告白したことを懺悔ってことにした。
“考える”って言った。簡単な方法は選ばずにちゃんとたらこの気持ちと向き合うってこと。
それで考える。つまりまだ答えは出ていない。
ぐちつぼの頭の中に拒否はなかった。
ちゃんと面と向かって言うことを望んだ。
声と空気だけならまだ誤魔化せる部分も実際に会って顔を見れば誤魔化せない。
でもその方法を望んだ。
いいように解釈しているだけかもしれない。たらこは今ちょっとハイになってるし。
でもぐちつぼの言葉の意味を考えれば考えるほど期待が募る。
いや、そもそも俺のカミングアウトを表情ひとつ変えず受け入れたあの日からずっと、期待はしていた。
ぐちつぼが自分と同じ気持ちを返してくれることを。
周りが騒がしい。
人狼が再開されて悲鳴やら怒声やら楽しそうに笑う声が聞こえる。
でもそれ以上にたらこの脳内は騒がしい。
『たらこなにしてんの行くぞ』
ぐちつぼの声でハッとする。
俺の下手くそな告白を受けても変わらぬ態度をとってくれるぐちつぼが嬉しかったと同時に少し、悔しかった。