テラーノベル
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はぁぁぁ、憂鬱……
新鮮なサラダに、ベーコンエッグ。トースターで温めたクロワッサンからは、香ばしい香りが漂い、美味しそうな匂いを漂わせている。
しかし、食指がわかない。
廉の元から逃げ出して一週間。遥の家に厄介になるのもそろそろ限界だろう。このままという訳にはいかないと、美咲もわかっているのだ。
逃げていても何も解決しない。
静香との関係を問い質し、廉との関係を精算しなければならない。結果として別れることになっても、今の悶々とした状態よりはマシだ。
頭では理解している。
だけど、心が廉と会うことを拒否している。
何度目かのため息を吐き出した美咲へと、遥が苦笑まじりに茶々を入れる。
「お~い、美咲。手が止まってるぞぉ。どうせ、兄貴のことでも考えていたんだろうけど、早く食べてくれないと片付かん」
「あっ、ごめん。すぐ食べる」
美咲は目の前の遥の言葉に、朝食をかき込むと食器を手にキッチンへと向かう。居候をしている身としては、家事くらいはしなければ申しわけない。
カチャカチャと食器を洗い、インスタントコーヒーをカップに入れると遥の元へと戻る。そして、遥へとカップを手渡し椅子へ座った美咲は、意を決して重い口を開いた。
「遥、一週間ありがとね。理由も聞かず、家に置いてくれて、本当に助かったよ」
「いいや。別にいいよ。美咲は妹みたいなもんだしなぁ……、それで、原因は兄貴か?」
「……うん」
「やっぱりか。美咲は昔から兄貴のことだけを追いかけていたもんなぁ。俺にはさっぱり兄貴の良さがわからんけどな」
はははと笑う遥の視線に気恥ずかしさを覚えた美咲は俯く。その仕草を落ち込んでいると勘違いしたのか、遥が気遣うような優しい言葉を続けてくれた。
「もちろん、男として尊敬出来る部分もある。トップモデルになって、人気絶頂で引退して、今の会社をたった二年で大きく成長させた手腕は、すごいと思う。ただ、性格は激情型だろう。容赦ないというか、獲物の追いつめ方がエグいというか。一方的に振られたからって、ストーカー紛いの行為を繰り返して、最終的には美咲を囲ってしまうなんて、あり得ないだろう」
渇いた笑いが遥の口からこぼれ、美咲も苦笑いを浮かべる。
遥は兄弟だからこそ、美咲と廉の関係を昔から知っていたし、二人のことで多大な迷惑を被っているのも事実だった。しかし、遥は中立の立場でいつも美咲にアドバイスをくれる。決して美咲の意にそぐわぬ行動を取るわけでもなく、見守ってくれている。彼の存在があったからこそ、美咲は希望を捨てずに済んでいたのかもしれない。
「今でも、どうして兄貴が好きなのか不思議だよ。普通、誰だって拉致監禁まがいのことをされたら怖くて逃げ出すだろう。でも、美咲は兄貴の重い愛を受け入れた。兄貴の浮かれぶりを見ていたら直ぐわかったよ。よりを戻したんだって」
「たぶん、私もおかしいのよ。確かに、廉の行為は酷いと思う。家を失って、廉しか頼れないってなって、なんて身勝手な人だと思った。私の気持ちなんて完全に無視よね。自己中にもほどがあるって。でも、嬉しかったの。心の底から嬉しかった。勝手に別れを告げた私への執着。今でも廉に求められている事実が、嬉しくてたまらない。怒りと支配欲を満たすためだけの性のはけ口として囲われていると分かっていても、嬉しかったの」
三年ぶりに廉に会ってキスを交わした時、止まっていた時計の針が動き出した。
静香に奪われた廉が目の前にいる。それだけで美咲の心は満たされた。
廉の持つ美咲への執着は、心の奥底に燻り続けた廉への執着と同じ。それは、紛れもない喜び。
廉に囚われることに喜びを感じていた美咲も、廉と同じように狂っていたのだろう。
初めて廉に恋をした時から、彼だけが特別だった。
幼き頃の想い出が、美咲の脳裏に浮かんでは消えていく。
昔から口下手で思っていることを伝えるのが出来ない子供だった。周りの子供みたいに、簡単に友達を増やせるタイプでもない。学校でも、一人ぼっち。孤独を感じていた美咲の生活が一変したのは、廉と遥が隣に引っ越して来てからだ。
友達がいない美咲に初めて出来た友達。年の離れた兄のような廉と、同じ年の遥。イケメンで社交的な遥は、あっという間に学校一の人気者になり、友達のいなかった美咲にも、ポツポツと女友達が出来始めた。ほとんどの女子が遥目当てだったが、当時の美咲はそんなことにも気づけなかった。
遥の周りをチョロチョロする美咲が目障りになったのか、女子からの虐めが始まった。出来た友達はあっという間に姿を消し、虐めだけがエスカレートしていく。こんな辛い思いをするくらいなら、一人でいた方が良かったと、遥をも恨むようになっていた。そして、とうとう学校へ行かなくなった。
家から一歩も出なくなった美咲を心配し、見舞いと称して来るようになったのが、年の離れた廉だった。
遥から聞いて美咲の現状を知っていただろうに、廉から学校のことを聞かれることはなかった。
あり触れた世間話に、届けられていた宿題を見つけては教えてくれたりと、虐めを思い出したくない美咲にとって、何も聞かない廉の心遣いが、ただただ嬉しかった。
真綿に包まれたような優しい日々の中、廉が告げた言葉が、美咲の全てを変えた。
『友達って、そんなに大切かな? 美咲が本当に必要としているのは、美咲のことを理解し、丸ごと受け入れてくれる誰かじゃないの。周りの環境で態度を変える友達なんて、本当に必要?』
廉の言葉が、心に突き刺さった。
(私が欲しいのは、私を丸ごと受け入れてくれる誰か……)
あの時、隣に座っていた廉を見上げたことだけは、覚えている。
ずっと、廉だけが特別だった。
「まぁ、美咲にとって、兄貴だけが特別だもんなぁ~。昔から、変わんねぇな」
「……うん」
「兄貴と、決着つけてくんだろ! 送って行くよ。兄貴の家でいいか?」
「ありがとう、遥」
「まぁ、ダメだったら俺を頼れよ。その時は、俺から兄貴に説教してやっから!」
「ふふふ、昔から廉に逆らえた試しないくせに」
「うるせぇ! 行くぞ」
重く沈んでいた心が、遥の言葉で少し軽くなる。わずかに差し込んだ希望を胸に美咲は覚悟を決めた。
どんな結果になろうとも、私の心は変わらない。
廉が好き。廉への想いだけは、一生変わらない。
「遥、ありがとう」
「あぁ、じゃあ、行くか」
湊未来
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コメント
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みぅだよ🤍🥀 第28話、読んだよ……。 美咲が「私もおかしいのよ」って自分を認めるシーン、すごく刺さった。拉致監禁まがいのことをされても、廉に求められてるって実感が嬉しいって、その気持ちわかる気がするよ。歪だけど、それが彼女にとっての愛なんだよね。 幼い頃の孤独な記憶と、廉の「丸ごと受け入れてくれる誰か」っていう言葉が重なって、美咲にとって廉だけが特別だった理由がじわじわ伝わってきた。遥の存在も温かいな。 次、どうなるかすごく気になる…! 執着と愛の境界線、湊未来さんの書く世界観が大好きです🌙