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猫さん
2
後に国の始まりと呼ばれることになる最初の会議は、驚くほどあっさり終わった。
誰も演説などしなかったし、未来を語る者もいない。
大和が必要なことを並べ、住人達が頷き、それぞれが動き始めただけだった。
だが不思議と不満を口にする者はいなかった。
むしろ全員が忙しそうだった。
避難してきたばかりだというのに、翌朝にはもう山へ向かう者達が現れ始めていたのである。
「本当に始まるんですね」
朝日が山肌を照らす中、しゆらが少し感慨深そうに呟く。
その視線の先では、十数人の半魔達が巨大な岩を運んでいた。
運ぶという表現は正しくないかもしれない。
押している。
いや、転がしている。
それも人間なら重機が必要になりそうな大きさの岩を、である。
「改めて見ると凄いな」
思わずそう漏らすと、近くにいた千代が鼻を鳴らした。
「何を今更言うておる」
そう言いながら本人も岩を担いでいる。
しかも一人で。
どう考えてもおかしい。
「お主ら人間が非力過ぎるだけじゃ」
「比較対象がおかしい」
「そうか?」
全く納得していない顔だった。
隣でしゆらが笑う。
どうやらこの森では本気でそう思っているらしい。
山側では採石が始まっていた。
予想通り、この辺りの地盤は固い。
石材の質も悪くない。
川が近いため水も確保できる。
問題は加工だった。
「切るの面倒ですね」
榊が岩肌を見ながら呟く。
その瞬間だった。
後ろから轟音が響く。
振り返る。
千代だった。
拳で岩を殴っている。
岩が割れている。
綺麗に。
意味が分からない。
「解決じゃな」
本人は満足そうだった。
周囲の半魔達も頷いている。
どうやら本当に解決らしい。
研究所時代の常識を捨てる必要がありそうだった。
一方その頃、大和は地形の確認を続けていた。
川の流れ。
侵入経路。
見張り台を置く場所。
防壁の位置。
誰かに指示を出す訳でもなく歩いているだけなのに、不思議と住人達はその後ろを付いていく。
気付けば地図係が生まれ。
気付けば警備班が生まれ。
気付けば運搬班が出来上がっていた。
誰も役職など決めていない。
それでも必要な役割が自然と形になり始めている。
まるで生き物の身体が完成していくみたいだった。
「予紬さん」
しゆらが袖を引く。
振り返る。
「どうした」
「設計図です」
そう言って何枚もの紙を差し出してきた。
昨夜から描いていたものだ。
防壁。
居住区。
鍛冶場。
倉庫。
会議所。
そして避難用地下通路。
今はまだ線でしかない。
だが。
その紙を眺めているうちに少しだけ実感が湧いてくる。
夜哭きの森を失った。
だから作る。
今度は奪われない場所を。
隠れるためではなく守るための場所を。
その考えが少しずつ住人達へ広がり始めていた。
誰もまだ国などという言葉は使わない。
大和も。
千代も。
榊も。
だが気付けば全員が同じ方向を向いている。
生き延びるためではない。
ここで生きていくために。
その最初の石が、今まさに積み上げられようとしていた。
しばらく設計図を眺めていた俺は、もう一度最初の紙へ視線を戻した。
見れば見るほど良く出来ている。
最初は住居の配置図かと思った。
だが違う。
これは単なる建築図面ではない。
人の流れを考えている。
物資の流れも考えている。
防衛まで考えている。
「しゆら」
名前を呼ぶ。
隣にいたしゆらが少しだけ背筋を伸ばした。
怒られると思ったのだろうか。
紫色の瞳がどこか不安そうに揺れている。
「はい」
「これ、本当にお前が描いたのか」
聞いた瞬間。
しゆらが固まった。
どうやら言い方を間違えたらしい。
慌てて補足する。
「いや、違う」
「そういう意味じゃない」
「予想以上だった」
そう言いながら再び図面を見る。
防壁は地形へ沿うように配置されている。
無理に一直線で囲わず、山肌や岩場そのものを防衛設備として利用する設計になっていた。
さらに居住区と倉庫の位置も悪くない。
戦闘になった際の避難経路まで描き込まれている。
昨夜、少し話しただけでここまでまとめたのかと思うと正直驚く。
「かなり良い」
率直にそう言った。
お世辞ではない。
本音だった。
「……本当ですか?」
「本当だ」
即答する。
「防壁の配置も理にかなってるし、倉庫を中央へ寄せたのも正解だな。物資管理が楽になるし、防衛時も守りやすい」
紙へ指を置きながら説明する。
「それに居住区を川から少し離してるのもいい」
「洪水ですか?」
「それもある」
しゆらが考えていた通りらしい。
「それだけじゃなく、敵に川沿いを利用された時の被害も減る」
言いながら感心する。
本当にそこまで考えていたのか。
「あとこの地下通路」
さらに別の図面を持ち上げる。
「正直驚いた」
しゆらが目を丸くする。
「ここまで考えてるとは思わなかった」
避難路としてだけではない。
地下倉庫としても利用できる。
食料保存。
怪我人の避難。
最悪の場合の脱出口。
用途が多い。
研究所時代の設計担当でもここまで考える人間はそう多くなかった。
しばらく説明しているうちに、しゆらの顔が少しずつ赤くなっていることに気付く。
耳まで赤い。
分かりやすい。
「予紬さん」
「なんだ」
「褒めすぎです」
「そうか?」
「そうです」
即答だった。
だが嫌そうではない。
むしろ嬉しそうだった。
それが分かる程度には付き合いも長い。
「褒めてるんじゃない」
図面へ視線を落とす。
「評価してる」
自然とそんな言葉が出た。
研究所にいた頃からそうだった。
褒め言葉は曖昧だ。
だが評価は違う。
良いものは良い。
悪いものは悪い。
それだけだ。
だからこそ。
「助かった」
そう続ける。
「俺一人じゃここまで考えられなかった」
今度こそ、しゆらが完全に停止した。
何か言おうとしているのだろうが声にならないらしい。
白い髪の隙間から覗く耳が真っ赤になっている。
少し離れた場所では、巨大な岩を運んでいた千代がこちらを見ていた。
そして。
大きなため息を吐く。
「なんじゃあやつら」
呆れた声だった。
近くにいたルカが笑う。
「また始まった」
「何がじゃ」
「無自覚同士」
「意味が分からぬ」
千代は本当に分かっていない顔をしていた。
もっとも。
こちらも何が問題なのか分かっていない。
ただ目の前の図面がよく出来ていて、それを描いたしゆらが凄いと思っただけだ。
そんなことを考えながらもう一度設計図へ目を落とす。
紙の上にはまだ線しかない。
だが不思議と、その向こうに完成した景色が見える気がした。
石造りの防壁。
並ぶ住居。
鍛冶場の煙。
走り回る子供達。
眠る魔獣達。
そして。
誰にも奪われない居場所。
それはまだ想像でしかない。
だが初めて、その未来が現実になるかもしれないと思えた。
コメント
1件
めっちゃエモかった…!😭✨ 岩を拳で割る千代、完全にバケモノやけどそれがこの世界の日常になってるの好きすぎるw そしてしゆらの設計図を「評価してる」って真顔で言う大和、無自覚に口説いてるやつやん!!耳赤くなるしゆら可愛いすぎて鼻血出るかと思った🩸💕 住人たちが自然に役割を得て、生きるための場所を作り始める空気感、すごく沁みました。この先どうなるかマジで気になる…!