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数時間前まで、大量の偽・魔術師が拠点としていた巨大ビルに、錬金術師『晃弘』の弾丸が放たれて2時間が経過した頃。
ビルの最上階付近に響く靴音。
階段の壁際に貼られていた階層の数字が剥がれ、何階か確定では無いが大体57階辺りと思われる場所にて。
広大な部屋の中に、オフィスチェアがひとつ。
そこに座っている人影も、ひとつ。
本来であれば、そこに居るはずのない人物。
妖術師である俺と創造系統偽・魔術師でぶっ飛ばした相手、『偽・妖術師』が座って待っていた。
「………待っていましたよ、妖術師」
「―――あぁ、俺もお前に会いたかった所だ。偽物ヤロー」
不機嫌そうな面とは裏腹に、その声色はどこか弱々しく感じた。
あの時、俺達が吹き飛ばした偽・妖術師か疑わしく思える程に。
この場に居るは妖術師と偽・妖術師、本物と偽物。
どちらが優れているかどうかは、勝敗によって決まる。 勝てば本物、負ければ偽物。
「………そんな怖い顔しないでくださいよ。なにせすぐに戦いを始めようって訳じゃありません………少し、話をしませんか」
だがその勝敗を決する時は今じゃない。 相手が対話を試みてる以上、余程な理由がない限りは それに応えなければならない。
「あなたに時間が無いのは分かっています。僕自身も悠長に無駄話ができるほど、暇じゃありませんから」
「―――。」
そう言う偽・妖術師の身体からは、ほんの少しだけだが魔力と妖力が溢れていた。
恐らく、なんらかの妖術を酷使し続けた結果、身体がその反動についていけなくなったのだろう。
となればコイツの言う通り、時間が無いのはお互い様だ。
それに、偽・魔術師がここに辿り着くまでの時間稼ぎ、という訳でも無さそうだ。
「で、倒すべき敵であるはずの俺と対話しようってこたァどういう事だ。今更怖気付いて降参しますってか?」
「まさか、僕はまだあなたを殺せる程の気力を残しているつもりですよ。降伏なんて有り得ません」
さぁ、どうぞ。と言わんばかりの表情をしながら、手を前に差し出して椅子を指す。
俺は渋々、目の前に置かれたパイプ椅子に手を掛け、夜市路との戦いで折れた『太刀 鑢』を影から取り出しながら座る。
座ってすぐに、偽・妖術師が何かを問い掛けてくる。なんてことは無かった。
ただ、数秒間だけの無言の時間が訪れる。
話そうにも話題が無ければ、敵同士が故に、自分から話し掛けるなんてことはしたくなかった。
話がしたいと言ったのはコイツなのに、一体何を考えているのやら。
「………貴方から受けた攻撃、まだ痛みますよ。『災禍』が無ければ命が危うかったでしょう」
突然、静寂を切り裂いて話を進めて来た。 それも恐らく、聞きたい事とは全く関係ない話だ。
本当にコイツの考えている事が、俺には分からない。
「はっ、そうかよ」
あの時のアレは、“死ぬ”とまでは行かない攻撃だったとは言え、アイツは超至近距離で『選定の剣よ、導き給え』を食らったのだ。
戦線復帰は不可能、瀕死状態な筈だったのにも関わらず、この偽・妖術師はここに居る。二本足で地に立っている。
それも、身体に傷一つ無く。
「テメェの『災禍』ごと砕くつもりだったんだがな。まさか無傷とはまた、自分の弱さを痛感しちまうなァ」
もしあの時に使う妖術が違えば、使う武器が『太刀 鑢』か『無銘・永訣』だったなら。物語は変わっていたのかもしれない。
生憎、今はどちらも使用不可の状態。唯一残っている武器は『岩融』とヴィヴィアンから受け取った『エクスカリバー』のみ。
「………冗談を。貴方のその顔、人の神経を逆撫でする憎たらしく不気味な笑み。どう見てもそうは思ってない顔をしていますよ」
顔、か。確かに、今の俺を、俺自身が第三者視点で見れば、とんでもない程の悪役顔をしているだろう。
―――自分が弱い?無力さを痛感した? そんなもの、アホらし過ぎて参っちまう。
あぁそうだ、偽・妖術師の言う通り、攻撃が通らかったから悔しいなんて思ってない。その真逆だ。
「そォだな。 ンな事ァ微塵も思っちゃいねェ、その逆だ。コイツは俺が殺さなきゃいけねェって逆に盛り上がっちまったよ」
俺の攻撃を完全に防ぎ切るやつは、これまでの戦いで存在しなかった。
どんなに苛烈な戦いを極めても、どれだけ自分より強力な相手であったとしても、俺の攻撃が通らなかったやつは一人も居ない。
だからこそ、面白いと思った。
こいつと本気で殺り合うなら、『遡行』することすら躊躇わないと思うほどに。
なんて、これは全て無駄話だ。
時間が無いと言ったクセに、時間稼ぎ紛いの事をしてくるとは、舐めた野郎だ。
「てか、テメェが聞きてぇのはソレじゃねェだろ?さっさと話せ、さっきもテメェが言った通り、時間が無いのはこっちも同じなンだよ」
数秒、偽・妖術師が止まる。
何かを考える仕草をし、ひとりで頷いて目線をこちらに向けた。俺には、何かの覚悟を決めたように見えた。
「ではお言葉に甘えて本題に入らせて貰います。…………貴方は不明の魔術師と、過去に戦った事がありますか?」
思わぬ質問に、俺は思わず目を細める。
偽・妖術師の言う『過去』がどちらを指しているのか分からない。時間的な事を表しているのかそれとも…………『遡行』のことなのか。
「どォいう意味だ?」
「………いえ、貴方と不明の魔術師は一度も顔を合わせていない。そのはずなのに、貴方から不明の魔術師の魔力を感じる」
「―――はあ?」
この大戦が始まる遥か前に不明の魔術師と接敵し、『コズミック・ウェブ・バースト』を使われて俺は負けた。
その『遡行』以降、偽・妖術師の言う通り、俺は不明の魔術師と一度も出会っておらず、戦ってもいない。
「………僕は偽物の妖術師であるが故に、妖力と魔力には非常に敏感なんです。現に僕の持つ武器であり、魔術師として必須となる魔導書 。コレが貴方の妖力に強く反応を示している」
カチン、という音と共に、一本の古く錆び付いた刀が姿を現す。
偽・妖術師の手にあるその刀。それは確かに俺と創造系統偽・魔術師が戦った時に使っていたモノだ。
「テメェの魔導書。前までそンなじゃなかっただろ」
「………色々と、ありましてね。すいませんが、いまは話せません」
偽・妖術師曰く、ただ妖力が強いだけなら妖術師が自分より格上の存在と証明するだけで終わる。
だが、その強力な妖力の中に一点だけ、異様に異質な異物が紛れ込んでいた。
「………話を戻しますが、貴方の中にある魔力にも妖力にもなる理から外れた力。まさに不明の魔術師が扱っていた神の御業と遜色ない」
まさか、と思った。
確かに、これまでの俺はどこかいつもより調子が良く、チート級の偽・妖術師、強敵であるヴィヴィアン相手に勝利を収めた。
少し前より妖力の巡りが良い。たったそれだけの違和感だった。
「なるほど……な」
けどそれもこれも全て、不明の魔術師の『コズミック・ウェブ・バースト』を受けた後。 あの攻撃を受けて以来、俺の妖力は以前より円滑に効率よく廻っていた。
「つまり俺ァ、アイツに全ての情報が筒抜けッて事だな」
「………そうです。貴方の中、貴方の妖力と執拗なまでに結びついている異能。それが魔力を通して不明の魔術師へと届く」
「ハッ、気味が悪いったらありゃしねェ」
偽・妖術師が提供した情報。そしてこれまでの実体験と不明の魔術師の言葉を全て結び、俺が導き出した結論。
不明の魔術師は、俺の『遡行』を知っている。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「………話は以上です。少し長話になってしまいましたが、貴方にとっては悪い情報はなかったはずです」
「あぁそうだな。こっちも知りてェ事も知れたし、もう十分だ」
互いに互いの目線がぶつかり、何かを悟ったかのように椅子から立ち上がってそのまま椅子を遠くに放り投げ、次の動作へ移る。
俺は影から折れた『太刀 鑢』を取り出し、偽・妖術師は持っていた刀を前に突き出す。欠けた刀と錆びた刀。
どちらも殺傷能力が著しく低いにも関わらず、どこか異様な雰囲気を纏っている。
「―――じゃァ、そろそろ始めるか?」
「………そうですね。始めましょうか」
どちらも刀を構え、攻撃を行う準備段階へと至る。
合図は無い、試合開始のゴングなども存在しない。
無音が続き、互いの息遣いが薄らと聞こえ、 刻一刻と、時間が過ぎていく。それがとてつもなく長く感じる。
よく漫画やアニメで表現される様に、椅子や時計の音で動き始める……なんて事は起きない。なにせ、俺と偽・妖術師の近くには物体が存在しない。
―――ただ、外から飛んでくるモノは例外だ。
「…………っ!!?」
この状況で、明らかな不意打ちなのにも関わらず、偽・妖術師は気配を察してビルの外側へと目線を向ける。
だが、遅い。その動作を行っている時点で、既に晃弘は引き金を引いている。
「―――『禍殃』!!」
「………『災禍』!!」
互いに妖術の詠唱を行った刹那、無音で強化ガラスを突き破り室内へと入り込む弾丸が一つ。
『京都の魔術師』が居るであろう最上階へ撃ち込まれた弾丸と同じ。着弾すると同時に起爆する、不可避の攻撃。
弾丸は物理法則に従って天井へと突き刺さり、僅かな猶予を与える暇などなく、大爆発を巻き起こす。
俺達が居る階層は一瞬で炎に包み込まれ、爆風でガラス全てが破裂。
防御させる時間さえ無く、例えどんな術師であれど、致命傷になりかねない一撃。それは錬金術師である晃弘であるからこそなせる技。
そして、そんな絶技を受けても尚、その場に立ち続けるのは『妖術師』である二人。
「やっぱ、テメェに効く訳ねェよな」
「………当たり前でしょう、たかが不意打ち。これで殺られるくらいならとっくに死んでますよ」
「そうだよ、ッなァ!!」
両者が視界を遮る炎を振り払うと同時に、黒く光る稲妻と青白く光る稲妻が衝突する。
折れた『太刀 鑢』と錆びた刀。その両方がぶつかりあった時、轟音が鳴り響き、ビル全体を揺らす。
「―――うおおおおおああああああ!!」
「………はあああああああああああ!!」
叫び、殺すと意気込む挑戦者の咆哮。
瞬き、一瞬すら見逃さない狩人の目。
妖術師と偽・妖術師。偽物であれ、本物であれなど今はどうでもいい。魅せるのは自分の全身全霊だけ。
「やはり、貴方は僕と同じだ!!」
根元から崩れ、打ち合う箇所など存在しないはずの『太刀 鑢』と、強い衝撃を与えただけでも割れそうな偽・妖術師の刀。
その二つが今、こうして衝突し合えているのには理由があった。
偽・妖術師が使った『災禍』という術。ソレは自身の肉体を強化し、例えどんな攻撃でも無効化するチート。
創造系統偽・魔術師と共に戦った時に、俺はそんな能力だと勝手に決めつけていた。
だが実際は違った。
『災禍』は自身の肉体を強化するのではなく、自身が直接触れた物体を全盛期へと回帰させる。
故に、例え錆びた刀でさえも全盛期……遥か遠い昔に使われた全盛の姿を取り戻す。
偽・妖術師の肉体も同じ。自身が万全だった頃を維持したまま、勝負を続けれる。
「三下と一緒にすンじゃねェ!!」
そして、もうひとつは俺の『禍殃』だ。
あの時。
偽・妖術師と俺が対面で話をしていた時、奴は教えた。 俺が忘れていた妖術を。
◇◆◇◆◇◆
「………最後にお伝えしなければならない事があります。これは貴方にとっては重要でかつ、この先戦う上で最も必要となる要素」
「………記憶を操る偽・魔術師。彼はこの世の魔術師とも、不明の魔術師とも、京都の魔術師とも契約を交わしていない稀な人物。そんな彼は貴方の記憶からひとつの妖術を記憶から『削除』しました」
「………『禍殃』と、僕は呼んでいます。言ってしまえば『災禍』とほぼ同じ力。貴方が忘れ去った究極の妖術です」
◇◆◇◆◇◆
何故。アイツが、夜市路が俺の記憶から『禍殃』を消したのかは分からない。
そしていつ、どのタイミングで。そんな事ばかりを考えてしまう。気になって気になって仕方がない。
魔術師にとって脅威となる『禍殃』を消したてしても、どの魔術師とも契約してない夜市路になんのメリットがある。
―――なんて考えてても、時間の無駄だ。
そう。
本人に聞かなくては何も分からない。 だからもう一度、夜市路と会って、偽・妖術師と同じように話をしなければならない。
俺にとって最も重要で、最も決別をしなくてはならない相手。その夜市路と会うためには、
「テメェが邪魔だ、妖術師ィ!!」
『災禍』と同じ力を持つ『禍殃』を使い、俺の愛刀『太刀 鑢』を全盛期へと回帰させる事で、本来の力をそっくりそのまま発揮出来る。
部屋全体を使った大規模な刀の打ち合い、散る雷に舞う炎。その一挙手一投足が、俺と偽・妖術師のボルテージを高みへの押し上げる。
素早い動きで部屋中を駆け回る偽・妖術師に視力を間に合わせ、行動を予測して穿つ。
ただしこれが必ず上手くいく確証は無く、大抵は避けられるか反撃を喰らう。何度も何度もやってみるが素早さがそれを上回る。
「チッ、『衝撃・打 』!!」
とてつもないスピードで迫る偽・妖術師の動きを読み、丁度タイミング良く妖術が当たる様に手を翳す。
俺の指先が偽・妖術師の服に触れる事に成功するが、偽・妖術師は身体を後ろへと逸らして術の発動を回避。
身体を逸らした勢いを残しつつ、偽・妖術師は両手を地面について足先を振り上げる。
ギリギリ、片手で持っていた『太刀 鑢』の塚で攻撃を受けきるが、受けた衝撃は完全に無効化出来ない。
俺とほぼ同じ体格なのに、俺より倍の力が伝わってくる。 そのまま衝撃をモロに受け、俺は後ろへと後退りしてしまう。
「焦りが見えますよ。言ったはずです、貴方には僕を越えて貰わなければなりません。そうしなければ、貴方は………」
「言われなくても分かってンだよ!!」
間髪入れずに迫ってくる偽・妖術師の攻撃を、時には正面から受け、時には受け流すので精一杯だ。
創造系統偽・魔術師と共に戦った時と全然違う。動きが格段に速くなっている。
一体この数時間で、偽・妖術師に何の変化が起きている。
いや、落ち着け。
まだ焦るには早い、時間はたっぷりと残されている。偽・妖術師を打ち破る手段は、驚く程に大量にある。
今は耐えろ。受けて受けて時間を稼げ、そうすれば偽・妖術師は妖力切れでその力を失う。
「………とでも思っていますか。甘い甘すぎる!!」
一点、俺の胸部を狙って刀が突き出され、それを『太刀 鑢』の頭で強く叩いて軌道を変える。
脇下を通り抜けた瞬間、俺と偽・妖術師の距離が縮まり、バッチリと目が合った。その目はどちらも獲物を狙う狩人の如く、強い信念を抱いていた。
「―――やっと捕まえたぜ」
今すぐにでも俺から離れたかったのか、偽・妖術師は力いっぱいに身体を引いて逃げようとしている。
だが無駄だ。 俺は既に偽・妖術師の刀の塚を握っている。
これまでとは比にならない程の馬鹿力で掴んでいるが故、俺から離れるとなるとその刀を手放す事になるだろう。
「―――そんじゃ お前たち魔術師の目的をさっさと教えやがれ。ここまで手の込んだ芝居をしたってこたァ、俺ら『Saofa』に知られたくねェ何かがあるンだろ?」
「………貴方たち『Saofa』を悪役に引き立てる事で、一般人の意識を誘導し、僕たちが表立って魔術師が活動出来る状況を作る。それが目的です」
はるか昔から、一般人に妖術師と魔術師の存在が知られないように『Saofa』と日本政府は裏で色々と手を回していた。
たとえどんな無茶だとしても、俺や俺以外の起こした不祥事……不始末は全て揉み消して来た。
その情報操作力を、魔術師は“使える”と睨んだ。
味方を作るのがどんなに時間が掛かり、大変な事なのかはみんな知ってる。それと同時に、敵を作るのも、たったひとつの情報だと言うことも、みんな知っている。
「いやはや……自衛隊と手を組み、信頼を得る為に妖の討伐に向かう……なんて無茶ぶりもありましたけど、 万事上手く行きましたよ」
ガッチリと俺の腕と偽・妖術師の腕が絡み合い、動くことすらままならないというのに。 偽・妖術師は身体を強く捻り、勢いをつけて俺を強引に引き剥がした。
多少、無理やりの動きで互いに骨が折れたりしたが、次の瞬間にはもう痛みなど消えている。
「テメェらが表立って活動してどォすンだよ。犯罪者の集まりが慈善活動でもしますってか?」
「………新しい魔術師の誕生を見届けるのですよ。その魔術師は一般人が見渡せる、表舞台でしか生まれない。僕たちが居る裏の世界だと、生まれない」
「新しい魔術師?不明の魔術師の事じゃねェのか………?」
そう言って偽・妖術師は鞘が無い状態で、抜刀術の構えを取る。
鞘が無ければ動きも読まれやすく、初速も落ちる。あの構え、そして偽・妖術師なら『天邪鬼』で一気に俺の動きを止める気だろう。
「………妖術師。僕の一刀を、確実に受け止めて見せろ」
「―――テメェっ!!ンな大事な話、さっきしろよ………!! 」
言葉を言い切るより早く、偽・妖術師の刀が俺の『太刀 鑢』と接触する。
凄まじい轟音がフロア中に響き、咄嗟に刀を刀で受けてしまったが故に、俺は姿勢を崩して後ろへと後退りしてしまった。
一歩引くという事は、敵に隙を晒すのと同等。
「………『逢魔が時』」
無理だ。
刀で攻撃を受けた俺の両手は、衝撃を逃がすのに精一杯。それこそガードを行うには判定がシビアな突き攻撃は、事実上不可避となる。
このままだと確実に、俺は死ぬ。
避けきれぬ程に素早い突き。その刀を俺の目は視認できず、回避に失敗した。
「……………が……ァ?」
俺の心臓部に、ひとつの穴が空いた。
偽・妖術師の刀が胸を貫通して、生命の起源である心臓を穿つ。その行為は勿論の事、俺の死を表す。
偽・妖術師は無表情のまま、突き刺さった刀を力強く引き抜き、俺の胸からは大量の血が吹き出した。
思考が乱れる。
全身に巡る痛みで、俺の思考が妨害される。
立っているだけでやっとの状況の中、俺の視線は鮮血に釘付けになった。視界が揺れ動くというのに、眼球はただ一点を見つめ続ける。
「終わりです、妖術師。この一撃……貴方なら守り切れると期待していたのですが………」
そう言うと、偽・妖術師は振り返って非常口へと歩き出す。
俺の体もバランスを崩し、フロアのど真ん中で床へと派手に倒れ込んだ。吹き出る 血がカーペットへと染み込み、次第に広がって行く。
死ぬ。
この出血量はダメだ。
治癒の術を施してはいるが、間に合わない。
このままじゃ失血死は免れない。
「………か……ぅ」
言え、言え。『禍殃』と詠唱すれば、妖術は発動して万全な状態へと強制的に戻される。
喉へと逆流する血を吐き出してでも、俺は言わなくてはならない。
「…………ぉ…ぅ」
言葉が出ない。
既に心臓が止まっているせいか、脳に新鮮な血液が送れず、まともに喋ることすらままならない。
………『遡行』もひとつの手だが、なるべく今は避けたい。
『遡行』した方が、今こうして苦しみ続けるよりも圧倒的に早く、なにより偽・妖術師の一撃を回避する事で逆転の一手を得られる。
迷う必要など無いほどに、究極の救済措置だ。
けれど、俺はそれよりも何倍も、何十倍も恐れている事がある。
―――不明の魔術師。彼がもし、俺の『遡行』を知ってるだけでなく、発動すらも感知出来たとしたら。
あの時、初めて不明の魔術師と戦った時に視た『神』の如き存在。
もしあれが本物の神であるなら、俺の想像していた『偽物の神を作り出す能力』では無かったとしたら。
人智を超えた神の力で、俺が『遡行』する前の記憶を引き継いでいたとしたら。
「………がァ…ァア”ァアア”……!!」
死ねない。
本当に不明の魔術師の能力がそうであるかは分からない。だが、不安要素を踏まずに歩いた方が良いに決まってる。
まだ死ねない。
それに惣一郎は俺に、死なせないと言った。ならここで生きなければ、惣一郎を嘘吐きにさせてしまう。
死ぬ訳にはいかない。
―――俺は、魔術師を殺す。そのために妖術師として戦い、全ての使命を背負い、歩んできたのだから。
何があっても、魔術師は殺す。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
妖術師は、魔術師を殺す者として強くあるべきだ。弱ければ人も、何より自分自身すら守れない。
だから、力を持つ僕が、強い妖術師へと成り代わる。
今の妖術師を殺し、否定して、新たな妖術師へと上り詰める。
それが僕。
偽・妖術師と呼ばれる魔術師の役割であり、再現の魔術師から“妖術師の力を見極めろ”と命令された男の、行く末である。
「終わりです、妖術師。この一撃……貴方なら守り切れると期待していたのですが………」
だから、僕の前で倒れた妖術師は妖術師ではない。妖術師という立場に酔いしれた、哀れな男だ。
僕は踵を返して、オフィス出口へと向かう。
本来、死体から目を離す事は許されないが、最上階に居る京都の魔術師に報告しなければならない。
報告した後は………そうだな。再現の魔術師へ、一石を投じるのもアリだ。
「………………。」
背後でなにやら、まだ生き続ける事に執着している妖術師の呻き声が聞こえる。
『禍殃』を使おうとしているのだろう。心臓を一突きでやられた上、血液は喉へと逆流している、無駄な事だ。
今は死にかけの妖術師よりも、京都の魔術師への報告を優先せねば―――、
「………ぃ、か………」
―――妙に聞き慣れた単語。僕がよく口にしていた言葉が、不意に耳へと入る。
聞き間違いかと思いながらも、僕は振り返るかどうかで一瞬で葛藤する。いや、不要だ。どうせまともに喋れず、変な声が出ただけ―――、
「……………『災禍』」
刹那、青白い閃光がフロア中へと染み渡る。
耳を劈くような金属音。それを越える程に大きな、妖術師の笑い声。
一瞬だけ僕の目が眩むと同時に、勢いよく妖術師の身体があった場所に目を向けた。
思考が追いつかない。
アイツは確かに言った。僕の使っていた術を、『災禍』と確かに口にした。口にして、ソレは発動した。
部屋に散らばった光の粒子が、貫かれた妖術師の心臓へと収束している。まるで、あるべき場所だった所へ戻る様に。
「…………貴方はどうして、どうして僕の妖術を……?!」
違う、違う。違う!!
僕の妖術を真似られるのは既に予測していたし、再現の魔術師からも、妖術師の持つ『複製』は聞かされていた。
だけど、一番と言っていい程に危惧していた事が起きてしまった。
知っての通り、僕は妖術師であり、魔術師でもある存在。………厳密には妖術師が7割、魔術師が3割と言った所だ。
そんな僕が扱う妖術は、少量ではあるが魔力を練り込めて使う。
他の魔術師とは違い、純粋無垢な魔力で術を構成していない為、発動には妖力と魔力のふたつが必要となる。
故に、僕の『災禍』を複製した妖術師の肉体は自ずと、魔力を求める。
「…………そうか、だから妖術師の身体に消えぬ魔力を刻み込んだのか………魔術師!!」
顔を合わせた時に感じた、再現の魔術師の魔力。妖術師の中に残った、微量な魔力だ。
その魔力と、既に妖術師の保有する妖力。ふたつが練り合わされ、織り交ざった瞬間に、奇跡は再び微笑む。
耳にタコができるくらい、何度も何度も聞かされた昔話。
魔術師と妖術師が袂を分かつより前に登場した、原初を司る術師。彼らの事を皆は時に崇め、時に恐れ、時に哀れんだ。
後に、災悪の術師と名付けられた存在『無垢の陰陽師』。
災いを引き起こす最強の陰陽師に。
妖術師は、成った。