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俺は澪の家の前にいた。

上着から銀の懐中時計を見ると二十一時を回っている。

この時間なら澪も千里も家にいるだろうと、寄ってみたものの。


澪の家に明かりがついてなかった。


「もう寝たのかな?」


懐中時計を上着にしまう。

二人は今日は休み。それでも就寝時間にはやや早いと思った。

とりあえず静かに門を潜り。玄関を叩き、二人の名前を呼ぶが反応は帰って来なかった。


「せっかく珍しい品種の苺を貰ったから持って来たけど……まだ出掛けているとか、かな」


どうしようかと逡巡する。

二人が出掛けているとしても澪がこの時間まで、千里を外に連れ回すとはあまり思えなかった。

紙袋の中にある苺だけでも渡したいと、思っていると庭からぱしゃんと水音がした。


「──水の音?」


それが気になり。玄関から中庭へといくと澪が居た。しかし上半身裸になり、桶の中の水を頭から豪快にざぶりと掛けていた。


派手に水飛沫が飛び散り、月夜の下に水がきらめく。


「み、澪っ?」


びっくりして澪に駆け寄る。

気温が暑くて水浴びをしているとかではなく。

井戸から水を汲んでは躊躇なく。何かを反省をするように、バシャバシャと一心不乱に水を頭から被っているように見えた。

「澪っ!」


もう一度、鋭く名前を呼ぶと澪の動きが止まった。

そして、前髪にたっぷりの水滴をまとわせて俺を見た。


その澪の顔は目つきが鋭く。

いつも明るい翠緑の瞳はギラついて見えた。


「……兄上か」


澪は小さくため息をついた。


「おい、幾らなんでもそんな行水をしたら風邪を引く。それに千里が、そんなお前の格好を見たらびっくりするだろ」


澪の身体付きはとても良い。

露西亜の血のせいか、全体的に引き締まっていて運動選手のようだ。

しかも身体全身が濡れそぼっていて、実の兄でも弟に色気を感じた。

千里なら目のやりどころにさぞ困ると思ったのだ。しかし澪は水滴を滴らせながら。


「千里はおらん」


ぶっきらぼうにそう言った。


「……いない? どこか一人で出掛けているのか?」


「それやったら、どれだけ良かったか」


苦笑すら億劫だと言うふうに月を見上げる澪。その様子に何かあったと思い、澪の左腕をがっと掴んだ。

その腕はとても冷たくて。しかも掴んだ腕の先。その拳は何かを殴ったらしく、擦過傷があった。


ケンカでもしたのかと心配になり、自分の体に引き寄せて澪の瞳を見た。


「何があったか話して欲しい。澪、俺はお前の兄だ。困ったらなんでも言え」


すると澪は瞳をゆっくりと閉じて。水滴を滴らせながらありがとうと、小さく呟いた。


それから濡れた澪に手拭いや浴衣を渡して、家の中へと入った。


澪の言った通り、家には千里の姿が見当たらず。


しかも和室の机の上に汚れた紙幣。汚れた帽子。片方の靴が無造作に置かれてあった。


千里はいったいどこに?


なにがあったのか胸がザワザワしたが、着替えた澪に温かな白湯を渡して。怪我をした拳を治療して、和室で落ち着かせるのを優先した。


その間。澪は机の上の紙幣を睨んでいた。この金は千里となにか関係あるのだろうか。

そう思ったとき。


澪がぽつりぽつりと喋り出した──。


全てを聴き終わったとき、澪に渡した白湯からは湯気が消えていた。


「千里が連れ去られた……」


相手は千里を追っていた桐紋の連中。

しかも銃や刀を持ち出すと言った手の込みよう。普通の家ではない。桐生家とは一体なんだと疑問が過ぎるが、それよりも。


「千里は大丈夫なんだろうか」と、小さく呟くと澪がギリっと畳に爪を突き立てた。


その音にがむしゃらに水浴びをしていたのは、きっと反省とか、怒りを鎮めるためにしていたのだろうと察した。


もう一度、机の上にある紙幣と靴。帽子を見つめれば千里のことがとても心配になった。


同時によくも俺の弟に銃を突きつけてくれた。

卑怯な真似をしてくれたなと、怒りが沸々と湧き上がる。


いけない。冷静にと大きく呼吸をしてから、未だに暗い表情の澪を見据える。


「澪」


「なんや」


「まずは澪が無事で本当に良かった」


「…………」


澪はすいっと俺の視線を避けた。それは自分一人が無事でも意味がないと言っているように見えた。


「紙幣もよく拾ってきた。これは丁重にお返ししなくてはいけない。そうだな、イロをつけてお返ししなくては、ね」


澪は無言。

構わずに喋る。


「千里は既にうちの藤井屋になくてはならない人材。何よりも恩人だ。千里が納得して、自分の意思で桐生という人物の元に向かったのならば、何も言わないが──これは脅されて行った。誘拐に違いない」


俺の言葉にぴくりと澪が反応した。


「じゃあ、警察に言うか?」


「まさか。言うわけがない。澪も通報していないだろ?」


ふっと儚く笑う澪に同意だと判断する。


「そうだ。言ったところで警察はどうにも出来ない。なんて説明すればいい。まさか本当のこと──千利休と《《淀君》》のご落胤の子孫。その千里が、かつての臣下の末裔に攫われました、なんて言えないだろう」


「確かに言われへんな」


皮肉だが、千里が攫われたことで俺達が思っていたことは当たったと思った。だからやっと口にした。淀君と言う貴人の名を。


それは敢えて千里の前で言わなかったことだ。


千利休のご落胤。

それだけでもその血筋に歴史の重みはあるだろう。しかし、元を正せば千利休は堺出身の豪商。俺達と変わらない身分なのだ。


そして、当たり前だが子を成すには女がいる。

その女こそ──浅井家三姉妹の長女。淀君。

豊臣秀吉の側室、正室の一人だとも言われた女性に俺達は予想を付けた。


何故なら桐紋、豊臣の臣下が追い求めるのは高貴な身分の女性に違いない。

数多く女性を囲っていた豊臣秀吉だが、高貴な身分となると淀君が筆頭ではないだろうか。

有名な武将の妻は他にもいたが、淀君は織田信長の妹。お市殿の長子だ。


それほどの知名度があれば、戦国の世が終わり。大正の時代へと移り変わっても、追い求める価値があるのではと考えた。


これは確証もないこと。だから千里には言わなかったこともある。


あともう一つ。

千里が──時折みせる美しさは、戦国一の美女と讃えられた淀君の母。お市殿を彷彿させた。凛とした芯の強さは、淀君の御心を現代に引き継いでいると感じた。

それこそ、実際にお市殿や淀君を見たことがある訳じゃない。しかし、千里にはそう思わせる浮世離れした美しさが備わっていた。


そこからこじ付けではないが、淀君という存在が俺達の中でしっくりしたのだ。


淀君だからこそ、かつての主君の血縁者でもある存在に、豊臣秀吉は罰することが出来なかった。

その全ての罰は相手の千利休にぶつけた。千利休が処刑された理由は曖昧にするしか出来なかった──。


いずれもこの筋書きは信じるも信じないも、人の勝手だろう。


ふぅとため息をついて澪をみた。


「千里の祖先が淀君じゃない可能性だって、あるとは思っていたけど。これは確定だろうね。桐生黎夜とか言う、二ヶ月も様子を伺っていた──変態が『雲の上』と千里のことを指したんだろ?」


言葉が鋭くなってしまったが仕方ない。

桐生という男に対してこちらは良い感情など、何ひとつないのだから。


そんな俺の言葉に澪がぴくりと反応して「変態……兄上は容赦ないな」と、苦笑してから。澪はいつもの顔つきになった。


「そうや。浅井三姉妹の血は今も続いている。その血の一筋は偉大なる天子様に繋がっている。千里はその天子様の遠縁と言っても過言ではないと思う。それは──『雲の上』と表現してもおかしくないやろ」


澪の言葉を受け取り。深く頷くが。


「でもそれがどうしたの言うのだろう。千里は千里だ。俺はね、自分のものが勝手に奪われるのは凄く嫌いだ。それが正当な手続きであれば、まだ納得もできるのだけどね」


「気が合うな。僕もや。千里がどんな存在とか関係ない。千里は桐生黎夜とか言う変態には勿体ない。あれにくれてやるなら……」


くれてやるなら?

その言葉の先を少し待ったが、澪は緩く首を横に振っただけ。


「あかんな。また、頭に血が昇る。冷静に……こう言うとき、千里のお茶が飲みたいな」


「今日は俺の白湯で我慢してくれ」


「もう冷めて水やけどな」


互いに小さく苦笑したあと、澪が白湯をぐびっと飲み干し。ハッキリと告げた。


「じゃ、美味いお茶を飲むためにも千里を奪い返すということでええかな。兄上」


「もちろんだ。弟よ。しかしこれは綿密な準備がいる。相手は銃や刀を持ち出している。きっと……軍人か警察関係。そう言った連中だろう」


「身なりも良かったからな。身分も金持ち、華族が妥当ってところやな」


「ならば調べる時間はそれなりに必要だ。千里はその間大丈夫だろうか」


「千里の身の安全は問題ないと思う。変態もその部下も千里を敬っていた。手荒なことはしないはず」


淡々とした会話が続く。迷いのない会話は頭が冴えてくる。


「それは不幸中の幸いだな。まずは桐生家を調べよう。その他にも根回しが必要かもしれない。だから澪。風邪を引いている暇はない。体を大事にすること。いいね」


「まるで子供扱いやな」


「子供みたいなことをするからだ」


「そうやな。気を付けるわ」


明るい翠緑の瞳に軽い口調の澪を見て、ようやく澪の心が整ったと思った。そのことに安堵しつつ澪はふと、再度机の上にある靴や帽子を見つめて。


「千里、泣いてないかな。それが心配やな……」


小さく呟いた。その言葉には紛れもない、千里への愛情を感じた。


それは男女の愛ではなく。

俺が澪に向けるものと近いのではと感じた。あるいは……俺がそう思いたいのかもしれなかった。


いずれにせよ。

千里を取り戻したらわかること。そう思い、今は千里の無事を祈るのだった。

男装大正浪漫〜堺の街に香る恋と茶香譚〜

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