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AK@アキ
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#ミステリーかもしれない
ねぎとろ
38
35
#何かがおかしい
夢喰【文月村】
141
「三十分と言ったはずよ、リリス」
お母様の声が、静まり返った図書館の天井に冷たく突き刺さる。
差し込めていた柔らかな陽光が、お母様の大きな影によって一瞬で遮られたような気がした。
私は咄嗟に胸の手紙を押さえそうになるのを必死で堪え、ゆっくりとお母様の方を振り返った。完璧な人形の顔をして、静かに頭を下げる。
「すみません、お母様。本の返却手続きに少し手間取ってしまって」
「そう。ならいいわ。さあ、帰りましょう」
母はそれ以上私を責めることもなく、踵を返した。その規則正しい足音が、重厚な床にコツコツと虚しく響く。
私は最後に一度だけ、窓際の席へ視線を走らせた。
そこにはもう、ヴェルの姿はなかった。ただ、彼が座っていた木製の椅子と、白磁のような彼がめくっていた古い革装丁の本だけが、何事もなかったかのように陽だまりのなかに取り残されている。
あの首筋に見えた、黒い呪縛の糸。
そして、あの本に書かれていた「七回目の対話」という青い文字。
(ヴェル、あなたは一体──)
「リリス。遅いわよ」
扉の向こうからの声に弾かれたように、私は並木道へと足を踏み出した。
邸へ戻る道すがら、お母様は一言も喋らなかった。いつもなら私のベージュ色の長髪の乱れを細かく注意するはずの母が、今はただ、前だけを見て整然と歩いている。その横顔には、感情というものが一切抜け落ちているように見えた。
冷え切った邸の扉が開き、私たちが中に入ると、重い金属音とともに鍵がかけられた。
「リリス。すぐに執務室へ来なさい。お父様も待っていますよ」
お母様は上着を脱ぎながら、淡々と言った。
心臓が、ドクドクと激しく波打ち始める。
お父様が待っている。あの、服の隙間から私のベージュ色の髪の毛を糸のように覗かせた、中身のないお父様が、またあの笑顔で私を迎えるのだ。
私は呼吸を整え、お母様の後ろを歩いて北棟の執務室へと向かった。廊下の窓は、相変わらず分厚いカーテンで固く閉ざされている。
執務室の扉が開くと、机の向こうで灰色の仕立ての良い上着を着たお父様が、いつもと全く同じ穏やかな笑顔で座っていた。
「おやリリス、おかえり。図書館は楽しかったかい?」
その口元が動く。声が響く。
だが、その声はお父様の輪郭から出ているのではない。部屋の隅にある古時計の裏側から、奇妙な反響を伴って聞こえてくるのだと、今の私にははっきりと分かってしまった。
「はい、お父様。とても静かでした」
私はいつものように完璧な娘を演じながら、お父様の正面に立った。
その時、お父様が書類をめくろうと、机の上に両手を置いた。
私の視線が、お父様の左手の薬指に吸い寄せられる。
「……え?」
息が止まりそうになった。
昨日、確かにそこにあったはずの、あの奇妙な紋章が刻まれた銀の指輪が消えていた。
代わりに、お父様の白くひび割れた薬指の付け根には、見たこともない鮮やかな「青いインク」のシミが、べっとりと、何かを拒絶するように滲んでいた。
背後で、衣服の擦れる音が小さく響く。
振り返ると、お母様が私のすぐ後ろに立ち、狂気を孕んだ引きつった笑みを浮かべて、私をじっと見つめていた。
コメント
3件
インク…?何故インクが…?やばいだんだん謎が…
いつもなら注意するはずというのが分かるくらいは一緒に居た時間が良くも悪くもちゃんとあるんだなぁ、とかふと考えてしまった お母様はもしかしてだけど色々と分かっててわざと声かけた?それとも動いたことによってこのループでは何かが変わったとか?いやでも笑ってたっぽいしなあ…事情通そうだしわざとかなあ…それはそれとしてまだ少年の正体不明すぎていっそ怖いけど
**タイトル:** 剥がされた誓約 **作者:** ゆず さん 第6話、読み終えたわ…! いやもう、冒頭からお母様の「三十分と言ったはずよ、リリス」の冷たさが刺さる刺さる。本をめくるヴェルの首筋の黒い呪縛の糸、あの古い革装丁の「七回目の対話」…謎が緻密に積み上がってて、次が気になって仕方ない。 そしてラストの執務室、父の指輪が消えて青いインクのシミ、振り返った母の狂気の笑顔——あそこ、めちゃくちゃ怖かった。描写が映像みたいに浮かぶわ。「心臓がドクドク」ってリリスの感覚に引き込まれるし、家族の裏に何がいるのか、もう気になって夜しか眠れない🔥 ゆずさん、この空気感ずっと味わっていたいです! 続き、めっちゃ楽しみにしてます🔥