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そして初日の夕食後。なぜかクラスで肝試しの予定になっていた。
近くにある廃墟まで二人一組で歩いて行き、一番奥の部屋に置いてある番号札を持って帰ってくる、という流れらしい。
肝試しは夏の風物詩だからなぁと思ったものの、よく考えると近場にたまたま廃墟があるなんて出来すぎているし、ご都合設定の臭いがする。きっと原作にも出てくるイベントなのだろう。どうせ、幽霊か何かに驚いて攻略対象に抱きつき、好感度が上がるとかいうありきたりなイベントに決まっている。
(アーロン殿下とかライルとペアになったらミアが騒ぎそうだから、別の人とペアがいいな)
そんなルシンダの思いも虚しく、組み合わせを決めるクジを引けば、避けたかったアーロンとのペアになってしまった。
しかも出発順も一番手になり、心の準備もないままにランタン一つを持たされて、すぐに廃墟へと送り出されてしまった。
すっかり日が落ちて暗くなった夜道を、ランタンの灯りだけを頼りに廃墟を目指す。
廃墟までは分かりやすい一本道で、十分も歩けば到着する距離らしいので助かった。
道中のお喋りは「真っ暗ですね」「そうですね」という無難すぎる話から始まり、昼のスープ作りの話でしばらく盛り上がったあと、なんとなく会話が途切れてしまった。
夜道を無言で歩くのは少し気まずい。ルシンダはとりあえず試験の話題を振ってみた。
「定期試験、アーロン殿下は1位でしたよね。成績優秀でさすがです。私は兄やレイ先生にも勉強を見てもらって、やっと15位でした」
「15位だって十分立派な成績ですよ。私は将来国を背負う立場ですから、一位をとって当然です。それに……一位だったとはいえ、満点ではありませんでした」
「いやいや、満点を取るなんて難しすぎますよ」
国の王子というのは試験で1位を取っただけで満足してはいけないのかと、ルシンダが内心で同情していると、アーロンがぽつりとこぼした。
「いや、それでも私じゃなくて彼だったら満点を取っていたはずだと思って。私は所詮、二番手なんです。それなのに将来の国王だなんて烏滸がましい……」
「殿下……?」
「……すみません。今のは忘れてください」
ランタンの灯りの向こうで、アーロンが儚げに微笑んだ。
何かを諦めてしまったような、哀しい微笑み。
ルシンダはなぜだか胸が締めつけられて、このまま黙り込んではいけないような気がした。
「……私にはよく分かりませんが、仮に殿下が二番手だとしても、二番手が王様になってはいけないんですか?」
「ルシンダ……?」
「そんな風に自分を卑下しないでください。たしかに、バランスブレイカーの圧倒的なパワーで無双するのは楽だし爽快かもしれません。でも、二番手には二番手なりの戦い方があるし、大抵そっちのほうがやり甲斐があるんです」
ルシンダが拳を握りしめ、二番手への思いを熱く語る。
「それに、たった一人で戦う訳じゃないでしょう? サポートメンバーもいるんですから、頼ったっていいんです。そのための仲間です。もちろん私だって力になります」
ルシンダがアーロンの瞳を真っ直ぐに見つめる。アーロンもまた静かにルシンダを見つめ返した。彼の瞳に映るランタンの灯りがゆらゆらと揺らめく。
「……二番手には二番手なりの戦い方、か……。ありがとう、少し冷静になれた気がします」
ゆっくりと目を伏せて、噛みしめるように呟いた。
内容が若干ゲーム寄りだった気がしないでもないが、アーロンの心には何かが届いたようだった。
それからもう少し歩いたところで、無事に廃墟に到着した。
長年放置されていたのか全体的に薄汚れ、壁には蔦が張っていて、たしかに肝試しにはぴったりな雰囲気だった。
「さすがに夜の廃墟は不気味ですね。ルシンダは怖くありませんか?」
「はい、平気です」
前世でも、夜の墓地や遊園地のお化け屋敷も特に怖いと思ったことはなかった。
だから、この廃墟もさすがに居心地がいいとは思わないが、大して恐ろしいとも感じない。
屋敷のどこからか聞こえる水滴が落ちる音や、隙間風の音にも怯むことなく、どんどんと廊下を進んでいく。そして、あっという間に最奥の部屋へと辿り着き、番号札を手に入れた。
乙女ゲームイベント、恐るるに足らずだ。
(簡単だったな。さっさと帰ろう)
そう思いながら廃墟を出た瞬間、ランタンの光に寄せられて大きな蛾が飛んできた。
「きゃあっ!!」
ルシンダは思わず悲鳴を上げて、すぐ隣にいたアーロンに抱きついた。
「ルシンダ……? 大丈夫ですか?」
アーロンが心配そうに声を掛ける。
「急にすみません……。私、虫が本当に苦手で……」
「虫が?」
「はい……。もう虫はいなくなりましたか? 体に止まってたりしませんか?」
ルシンダが怖々と顔を上げ涙目で尋ねれば、アーロンはなぜか一瞬固まって少し咳き込んだ後、ルシンダの背中をそっと撫でた。
「虫は追い払いましたし、体にもついてないから大丈夫ですよ」
「ありがとうございます……。ご迷惑をお掛けしてすみません。あと、急に抱きついて本当にごめんなさい……」
ルシンダがしがみついていた手を離し、心底申し訳なさそうに謝ると、アーロンは首を横に振って微笑んだ。
「ルシンダは芯の強い女の子ってイメージがありましたけど、弱いところもあるんですね」
「すみません、旅に出る前に虫嫌いも克服しなきゃと思ってるんですけど……」
「大丈夫、なんとかなりますよ」
アーロンはくすりと笑うと、ルシンダの目を見つめながら言った。
「ところで、これからは私をアーロンと呼び捨てで呼んでもらえませんか?」
「えっ、呼び捨てだなんて不敬じゃありませんか?」
「私が許すんですから、不敬も何もありませんよ。それに、ライルだって私のことを呼び捨てているでしょう? 友人の証です」
「友人の証……そういうことなら……」
友人の証という響きにつられて、ついつい頷いてしまった。
「では、これからはアーロンと呼んでくださいね」
「は、はい、アーロン……」
ルシンダが少し恥ずかしそうに名前を呼ぶと、アーロンは嬉しそうに目を細めた。
◇◇◇
肝試しも無事に終わり、就寝の時間となったが、とある女子たちの夜はまだ終わらない。
ルシンダと、同室のミア、キャシー、マリンの四人は、友人との初めての外泊にすっかり浮かれてしまい、身体は疲れているのになかなか寝付けない。
ということで、みんなでベッドに入りながら、女子のお泊まりの定番である恋バナで盛り上がっていた。
「ライル様、格好よくて素敵よね〜。ルシンダさんとミアさんは同じ班でいいなぁ」
「キャシーはライル様が好きなの?」
「え〜、好きっていうか、顔が好みかなぁ。アーロン殿下のお顔も、また違ったタイプだけど惹かれちゃう」
「キャシーはイケメン好きだからね」
「そういうマリンはどうなのよ?」
「私はレイ先生に憧れてて……。大人の魅力っていうか……」
「なるほど、マリンは年上好きってわけね」
「ミアさんは好きな人いないの?」
「うーん、わたしは箱推しっていうか、みんな違ってみんないいから選べないかなぁ」
「ふぅん……? じゃあ、ルシンダさんは?」
ミアとキャシーとマリンが興味津々といった顔でルシンダのほうを見る。
「好きな人は……特にいないかな」
「え〜、そうなの? じゃあ、好みのタイプとか」
好みのタイプを問われ、ルシンダはぱちぱちと瞬いた。
(そういえば、好みって何だろう? 前世でも、恋なんてしたことなかったし、好きな芸能人とかもいなかったんだよね)
「そうだなぁ……強いて言うなら」
「言うなら?」
「火力のある戦士タイプが好きかな」
キャシーとマリンが「え? 強い人が好きってこと?」と戸惑う中、ミアは「ほんと、ゲームオタクなんだから……」と自分のことは棚に上げながらため息をつくのだった。