テラーノベル
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居酒屋は混んでいた。
周りは楽しそうなカップルでいっぱい。おそらくこの居酒屋で今一番不幸なのは自分だけに違いないと鈴奈は確信する。
向かいの席では曽根が、満面の笑顔を浮かべながら鈴奈の顔とカラダを舐め回すように見つめていた。
「幸手さあ。あれから成長して、めっちゃエロくなってね? もうちょっとケツがデカければ完璧なんだけどなあ」
鈴奈にとっては初対面なのに、いきなり失礼すぎる。セクハラ全開だ。自分はじゃがいものくせに。
曽根はビールを一気に飲み干すと、人目も憚らず大きなゲップをした。
「やっぱ、あれか? 経験人数が多いと、エロくなるんだろ。なあ、これまで何人の男とヤッた?」
「……そんなこと、言えません」
「いいじゃねえか、教えろよ。10人? 20人? いや、ひょっとして100人超えってか?」
最低だった。
こんな下品な男に対しては、水でもぶっかけてやって憤然と席を立つのが当然であろう。
さすがに鈴奈も、怒りがふつふつと湧いていた。
だが、曽根はカモである。無下な態度はご法度だ。顔をひくひくさせながら、無理やり笑顔を作り出す。
「まさか。ほんの数人ですよ。普通です」
心を無にしてそう言うと、孝は疑いの目を鈴奈に向けた。
「ったく女は嘘つきだからな。まあ、いいや。ところで、こうやって昔の同級生に奇跡の再会できたんだし、苗字で呼ぶのも堅苦しいから、スズナでいい? 俺のこともタカシで構わねえからさ」
馴れ馴れしいにも程がある。
とっても嫌で、じゃがいもに名前で呼ばれるのは鳥肌が立つが、今はやむを得ない。
「はい。スズナでいいです」
「あのさ、その敬語もやめてくれる? 一緒に飲んでるんだから、もう友達、いや恋人みたいなものじゃねえか」
なぜ、一緒に飲むだけで恋人へと飛躍するのだ。
「にしても、スズナがはっぴいに登録してたなんて驚きだなあ」
「そ、そう?」
「絶対モテるだろ。その容姿じゃ、男に苦労しないだろ。なのに、なんで婚活サイトなんかに登録したんだ?」
「それは、その」
婚活サギを命令されて、とは絶対に言えるはずもない。鈴奈が口篭っていると、タカシは下品そうな口をニヤリと歪めた。
「まさか、婚活サギとか?」
「ええっ!?」
いきなりの図星に心臓が跳ね上がる。
「ま、まさか。ななななんでそんなこと」
「最近、マッチングアプリを使った婚活サギが流行ってるからよ。メールだけで登録できるから身元がバレにくい上に、被害に遭う奴も小心者ばかりだから警察沙汰になりにくい。所詮は、下心あってアプリを使ってるからな。だから、今や犯罪の温床だ」
「ず、ずいぶんと詳しいんですね……いや、詳しいんだね」
するとタカシは、小さな目をとたんに鋭くさせる。
「だって、俺。警視庁捜査ニ課の刑事だもん」
「けけけけ刑事!?」
こんな男が!? あり得ない!!
「そう。特殊詐欺の犯罪を担当してるんだ。婚活サギも専門分野なわけ」
鈴奈の額から、汗がどくどくと吹き出す。
最初のターゲットが、よりによって刑事だなんて。なんて運が悪いんだろう。
どうしよう、どうしよう……。ああ、お腹が痛くなってきた。
ちょっとお手洗いへ、タカシにそう伝え鈴奈はそそくさと席を立った。
トイレの個室に入った途端、電話が鳴る。黒崎だ。
スマホを耳に当てた途端、あのダミ声が飛び込んできた。いつだってタイミングが悪すぎる。
「どうだ、カモとは接触できたか!」
「それが、まずいことに」
「ああっ!? おまえ、しくじったらソープ行きだと理解してるだろうな!!」
まさに前門の虎、後門の狼とはこういう事態を指すのだろう。
「だって、相手は高校の時の同級生で顔や名前を知られていて、しかもサギ専門の刑事だって言うんです」
「バカ言え、そんな偶然あるわけねえだろ。冗談もほどほどにしろ!」
「冗談なんか言える状況じゃありません! お腹も痛いし!」
鈴奈は必死に窮状を訴えるが、黒崎には通じない。
「知ったことか! こっちは社長から早くカネを回収しろと怒鳴られてイライラしてるんだ。とにかく、その男……どんな感じの男だ?」
「じゃがいもです」
「その、じゃがいもとやらを虜にしろ。手段は選ぶな。なんならこのままホテルへ連れ込め!」
「ええっ、そんな。生理的に無理です」
「つべこべ言ってると、海に沈めちまうぞ! やれって言ったらやるんだ。おまえに拒否権はねえ!!」
電話がぷつっと切れる。
鈴奈はすっかり絶望していた。いったいどうすれば良いのか、さっぱり見当もつかない。
トイレを済ませ仕方なく席に戻ると、タカシはビールの生ジョッキを何杯もお代わりしたのか既に赤ら顔だった。すっかり目がすわっている。
「スズナ、遅いぞ」
「す、すみません」
「だから敬語はやめろって」
「ご、ごめんね」
「じゃあ、さっきの続きだ。どうしてスズナは、はっぴいに登録したんだ? いいか、正直に答えろ」
酔っているとは言え、それはまさに刑事の尋問口調だ。
パニックに陥った鈴奈は頭が朦朧とする。黒崎に攻め立てられ、タカシに疑いの目を向けられ、もう逃げ場はどこにもなかった。
緊張という名の水がコップから、ぽとりと溢れ出したそのとき。
鈴奈はがくっと首を垂れた。意識がふっと遠ざかる。
「おい、どうした。スズナ」
様子がおかしいことに気づいたタカシは、手を伸ばして鈴奈の肩を揺さぶった。
すると鈴奈は、すっと顔を上げる。まるで悪い夢から覚めたようなスッキリとした表情で、まっすぐタカシを見つめる。
「気安く触らないで」
今までと打って変わった鋭い眼光に、タカシはたじろいで「ご、ごめん」と声を落とした。
「はっぴいに登録した理由、知りたい?」
「う、うん」
「最近カレシと別れたばかりで。気持ちを吹っ切るために、新しい出会いが欲しかったの」
「な、なるほど」
「それでタカシくん。キミならどうやって、鈴奈の心とからだを癒してくれる?」
いつしか鈴奈はねっとりとした目でタカシを見つめている。
その色気のある口調にたじろぐタカシへ、妖艶な笑みを浮かべていた。
「どどどどうやってって……?」
「あたしは今、世界で一番不幸なの。夜空にたった一つの星すら輝いていない。寂しくて悲しくて、誰かにめちゃくちゃにされたい気分」
「めちゃくちゃに」
「そう、思いっきり激しくね。お返しになんだってしてあげる。あんなことや、こんなことだって」
「ま、マジで?」
「タカシくんって、なんだか気が合いそうな気がするな。それに同じ高校だなんて偶然に、運命すら感じちゃう」
「お、俺も、そう思ってたんだよ!」
興奮して声を上げるタカシを前に、鈴奈は艶かしく舌でじっとりと唇を舐め回した。
タカシはごくりと唾を飲み込む。
「とととりあえず、ここを出ようか」
「どこへ行くの?」
「どこって……そりゃあ……」
「ホテル、行きたいの?」
「う、うん。行きたい行きたい。行きたいです!」
「いいけど。その前に、聞きたいことがあるの」
我慢できないとばかりに慌ただしく腰を上げかけたタカシをじっと見つめながら、鈴奈は手で制した。
「一夜限りの遊びなんて、嫌。これまでそれで、いっぱい失敗しちゃったから」
「あ、ああ。わかる、わかるよその気持ち」
「だからまずは、もっとタカシくんのことを知りたい」
「なんだって聞いてくれ」
鈴奈はそこで勿体ぶるように一息置くと、姿勢を正しこくんと首を傾げた。
「貯蓄額は?」
「は、はあ? いきなりそれかよ」
「これはふたりにとって大事なことなの。お金がなきゃ、結婚やそれからの生活も厳しいじゃない。タカシくんが将来をしっかり考えているかどうかは、どれだけ貯金しているかで判断できるんじゃないかしら」
「うっ、正論……」
タカシは肩を落として、しゅんとする。それはまるでしなびたじゃがいもみたいに。
「ぶっちゃけると、正直そんなに貯金はないんだ。遊びで殆ど遣っちゃうから」
「いくらあるの?」
「うーん、かき集めても30万くらいかな」
「30万。それでよく婚活しようと思ったわね。あたしの価値は30万円ってこと?」
お話にならないわ、と言って鈴奈が立ちあがろうとすると、タカシはぶんぶんと首を振る。今やすっかり酔いが覚めていた。
「待ってくれ。確かに俺はカネがないけど、実は親が金持ちなんだ!」
その言葉に鈴奈は浮かしかけた腰をゆっくりと下ろした。
そうしてテーブルに肘を付いて両手に顎を乗せ、にっこりと微笑む。
「ふうん。その話、もっと詳しく聞きたいな」
コメント
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うわあ、この第4話すごいですね……! 鈴奈の窮地にハラハラしっぱなしでした。よりによって最初のカモが刑事で、しかも同級生って偶然にもほどがある(笑)。でもその後の豹変シーンは痺れました。あの「気安く触らないで」からの切り替え、地の文で人格が変わったのがすごく鮮やかで、一気に物語の空気が変わった感じがしました。そして貯蓄額を聞く流れ、ちゃんと騙す気満々じゃん!って思わずニヤリ。続きが気になりすぎます。