テラーノベル
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はっと目が覚める。
急いで身を起こしてあたりを見渡すと_____そこは見慣れた自分のアパートだった。
朝の光が薄いカーテン越しに室内を照らしている。
頭ががんがんと痛んだ。鈴奈はよろよろとベッドから起き上がると、冷蔵庫から取り出した水をぐびぐびと飲む。ペットボトルを手にしたまま、ふうと大きく息を吐いた。
昨夜、タカシに会ったのは覚えている。
刑事だと聞いてあわてふためき、黒崎の脅しの電話でトドメを刺されてパニックを起こし。
それから、どうしたんだろう。記憶がぷつんと途切れている。
「おはよう、鈴奈」
突然、背後から声が聞こえた。
はっとして振り返ると、そこにいたのは。
失踪したはずの祐也だった。祐也は壁にもたれて、その整った顔に少年ぽい笑みを浮かべながら鈴奈を見つめていた。
「ゆ、祐也!?」
「やあ、元気だったかい」
その顔を見つめると、ほっとした安堵感とともに湧き上がる猛烈な怒りといった複雑な感情に気持ちの整理がつかなくなる。鈴奈はひくひくと顔を歪ませた。
「なんか俺のせいで、やっかいなことに巻き込まれたみたいだな。本当にごめん」
優しげな祐也のその言葉に、感情が爆発して目から涙が溢れ出してしまう。
「祐也のばかっ! いったいどこへ行ってたのよ!!」
鈴奈は握りしめた拳をぶんぶんとさせながら、祐也の胸に飛び込んだ_____。
かと思ったら、そのからだをすっとすり抜けて、頭がごつんと壁に当たる。
「いたっ!……えっ、えっ!?」
頭を押さえて呆然としていると、祐也は鈴奈の耳元で囁いた。
「ごめん。実は俺、幽霊なんだ」
はっとしてその顔を見つめる。そう言われると、その存在はどこかうっすらとしていた。
からだを通して後ろが見えてて、半透明というか……。
「ゆ、幽霊!?」
「そう。幽霊。だから実体はないのさ」
「私、寝ぼけてるのかな。ベッドから幽体離脱してるのかな」
「いいや、鈴奈はちゃんと起きてるよ。まあ、いきなり信じられないのも無理はないが。とにかく俺は、数日前に殺されちゃったんだ」
「殺されたって……誰に」
「それが、わからないんだ。俺の死体がどこにあるのかもね。成仏できてないから、こうして幽霊になっちゃったのかも」
ぽかんとする鈴奈に、祐也、いや祐也の幽霊は困ったような笑みを浮かべた。
「鈴奈にお願いがある。俺を殺した犯人と、俺の死体を探してほしい。その代わり……」
「その代わり?」
「鈴奈の婚活サギに協力してあげよう」
鈴奈はただ、目をぱちぱちさせることしかできなかった。
あまりのことに、頭が混乱している。
いきなり幽霊になった祐也が出てきて、おかしな取引を持ちかけてきた。
だいたい、なぜ自分が婚活サギを働こうとしてることを知っているのか。
「実は昨夜、ずっと見てたんだ。あの男、タカシだっけか。そいつと鈴奈が居酒屋で話をしているところを」
「見てたの?」
「ああ。俺って幽霊だからどこへでも行けるのさ。なんなら鈴奈が黒崎に脅されて婚活サギ師にされた経緯も知っている。この数日、ずっと鈴奈のそばにいたから」
「そばにいたって……それなら、なぜもっと早く出てきてくれなかったの! どうして黒崎を止めてくれなかったのよ!」
「だって、俺も黒崎が怖いし」
「怖いって、あなた幽霊じゃない」
「幽霊だろうが関係ない。性格は変わらないからね。俺が昔から極度の怖がりだって、知ってるだろ」
そうだった。
ホラー映画は絶対に観ないし、部屋でいわゆる黒き忌まわしい虫なんか出現しようものなら、悲鳴をあげて家を飛び出してしまう。道を歩いていて目つきの悪い野良猫に睨まれただけで、鈴奈を盾にして逃げたくらいだ。
「いやあ、しかし鈴奈も大変なことになったね」
「ひとごとみたいに! こうなったのも、元はと言えば祐也が私に借金を押し付けたせいじゃない!」
「それは、すまないと思っている。心の底から」
「だいたい、借用書にどうして私のサインがあるわけ?」
「それは……鈴奈が寝ぼけてるすきに、婚姻届だからサインしてって頼んだら素直に応じてくれたんだ。半分寝ながらとっても嬉しそうにね」
開いた口が塞がらない。
どうして私はこんな男が好きだったんだろう。
「ほんと、ごめんね」
ああ、このイケメンの優しい笑顔だ。いつもこんな表情に騙されて……でも、やっぱり好き。たとえ幽霊だとしても。
「わかった。許してあげる」
あっさりそう答えてしまうところが、鈴奈であると言えよう。
「ところで、昨夜のことだけど。途中から記憶がないの。もし見てたんなら、あれからどうなったか教えて」
「やっぱり、そうだったか」
「やっぱりって?」
「鈴奈。この際だからはっきり言うけど、鈴奈の身にとんでもないことが起こってる」
「えっ、どういうこと」
幽霊にも関わらず、祐也は感情豊かに眉をひそめた。
「どうやら鈴奈は、二重人格になってしまったらしいぞ。しかも、もうひとりの鈴奈は、とんでもない性格なんだ」
鈴奈は怪訝な顔で、二重人格?と聞き返す。
「ああ。突然もう一人の鈴奈に切り替わって豹変した。堂々としていて、しかも言葉巧みに男を惑わす。それはまさしく_____」
言葉を切った祐也は、身を震わせながら怯えたように鈴奈を見つめた。
「サイコパスな悪女。目的のためには簡単に人をも殺す凄みのあるオーラを放っていた」
「そ、そんなはずないじゃない。私がどんな性格か、祐也は知ってるでしょ」
「だから。なんかのはずみで、裏のダークな鈴奈が現れたんだって」
鈴奈は昨夜のことを必死に思い返す。
トイレに駆け込んだら電話で黒崎に、どうしたって生理的に無理なタカシをホテルに連れ込めと脅され。席に戻れば今度はタカシに刑事口調ではっぴいに登録した理由を問い詰められ。
そう。パニックの限界に達した途端に、そこでいきなり意識が途絶えてしまった。
その後の記憶はない。あの時、自分でも全く知らない別の人格が現れたとでも言うのだろうか。
「いったい、あれから何があったの?」
「タカシの心を操って、親が資産家だと聞き出した。どうやら都内にたくさんの不動産を所有しているらしい。一人っ子で甘やかされて育ったが、刑事となった今は親に頼らず生活しているみたいだ。あんな顔して、意外とマトモなんだな。俺なら親の金使って遊びまくるのに、なんてもったいない」
「それで? そのあとは?」
「話を聞いた鈴奈は_____」
_____鈴奈はすっと席を立ち上がった。
そうして、おどおどとするタカシを上から冷ややかな目で見つめる。
「ど、どうした? お、俺、なんか悪いこと言ったか?」
「いいえ。あなたって最高じゃない」
鈴奈はつかつかとタカシのもとへ歩み寄ると、その隣の席に腰を下ろした。そしてタカシに体を密着させる。腕を肩に絡ませ、胸をぎゅっと押し当てた。
「あたし。タカシくんをずっと待ってたのかも」
唖然とするタカシに顔を寄せて熱い吐息を吐くと、いきなりキスをした。
それはとっても激しくて、濃厚な。
「んん……っ!!」
がしゃんと音がする。突然始まった美女とじゃがいものラブシーンに驚いた店員が、手に持った食器を床に落としてしまったのだ。だが、そんなこと意にも介さず、鈴奈はねっとりとしたキスをひたすら続ける。
それはタカシの心が、すっかり鈴奈の虜となるまで。
_____と、いうわけだ。と、祐也は昨夜の経緯を語った。
そうして肩をすくめる。そんな鈴奈なんか、まるでありえない、といったふうに。
「私からキスした!? タカシさんと!?」
「ああ。初対面から1時間も経たないうちに、とびっきり熱烈なやつをね」
「そんなの嘘よ、嘘。イケメンならともかく、じゃがいもは無理なの!」
「だけど、したんだ。別人格の鈴奈が」
泣きたくなった。
もうひとりの自分って何者? なんで、そんなことが簡単にできてしまうの?
恐ろしい予感が、ふと訪れる。
「……ちょっと待って。そのあとは?」
「タカシにもたれかかるようにベッタリとくっつきながら、店を出た」
「そ、それで?」
「聞きたい?」
鈴奈はうんうんと激しく首を縦に振る。怖くて聞きたくないが、聞かずにはいられない気持ちのほうが勝ってしまう。激しい動悸が止まらない。
そんな鈴奈の様子を観察しながら、祐也はふっと寂しげな笑顔を浮かべた。
「話したいけど……もう時間なんだ」
「時間って?」
「こうやって幽霊の姿で鈴奈の前に現れることができるのは一日につき10分間だけ。霊界の掟でそう決まってる。だから話の続きは、明日まで待ってね」
「それ、早く言ってよ! 一番大事なところで話を打ち切らないで!」
「無理なんだ。ほら、俺を見てごらん」
気づくと、祐也のからだは更に透明化していた。そして、その気配すら次第に薄くなっていく。
いつしか鈴奈の耳に、祐也の声だけが微かに聞こえていた。
「忘れないで、約束だよ。俺を殺した犯人を……」
その声さえも消え失せた。唐突にテレビの電源をぷつんと切ったように。
ひとりになった鈴奈は呆然とするしかなった。小さい頃、かっこいい推しの主人公が登場するヒーローアニメを毎週楽しみに観ていたことを思い出す。主人公が最大のピンチを迎えたところで、続きはまた来週。クレジットがそう画面に映し出された気持ちにどこか似ている。
待ち遠しくてワクワクするのか、もどかしい不安でドキドキするかの違いだけだ。
祐也が死んでいたことに対する実感は、まだ湧いてこない。
それよりも今は、祐也の幽霊から聞かされた恐ろしい話のほうが、頭から離れなかった。
私が二重人格? そんなこと、ありえない……。
落ち着かないまま、ローテーブルにあるスマホを手に取る。
ラインを開くと、タカシからの新着メッセージが入っていた。
『昨夜は、最高だったね。次はいつ会える?』
思わず、ひいと悲鳴をあげてスマホを放り投げた。
昨夜は最高って。
まさか、まさか……もうひとりの自分は、あのあとタカシとホテルへ……!?
コメント
1件
うわあ、まさか祐也が幽霊になって現れるとは…!しかも極度の怖がりってギャップが面白い(笑)それにしても二重人格って展開、恐ろしすぎるよ。別人格の鈴奈がタカシとあんなことになってるなんて…続きが気になって仕方ない。あの「最高だったね」メッセージ、嫌な予感しかしない~!