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浸の指示に従い、和葉が月乃の元へ向かうと、月乃は刀を用意してカシマレイコとの戦いに臨もうとしていた。

「月乃さん!」

「和葉ちゃん! ここを離れて!」

「それが……浸さんが、月乃さんも連れて離れてくださいって……!」

「なんですって!?」

驚く月乃だったが、それと同時に浸に起きている変化に気づく。

浸の霊力が、更に強まっている。正確には鬼彩覇の霊力だが、以前よりも数段跳ね上がっているのだ。その上浸の身体は半ば霊体化しており、半霊と言っても差し支えない状態だ。

「……鬼彩覇の力を、更に解放してる……?」

浸は今まで、自身を半霊化させずに鬼彩覇の力を使ってきた。

だが今は違う。自身を半霊化させることで鬼彩覇と一体化しているのだ。

鬼彩覇は普通の霊具ではない。瑠偉が半霊化しながら邪蜘蛛を扱っていたのとはわけが違うのだ。

鬼彩覇程強力な霊具と一体化するということがどういう意味なのか、考えるまでもない。今すぐにでも止めたかったが、もう戦いの幕は切って落とされている。

これから始まる浸とカシマレイコの戦いを考えると、月乃ですら足手まといになりかねない。悔しいが、ここは浸の言う通り和葉と共にこの場を離れるしかない。

「……和葉ちゃん。出来れば霊盾で周囲の人達を守って欲しいの」

「は、はい……!」

「多分、周囲に被害が及ぶわ」

月乃達の作戦通りなら、カシマレイコはある程度弱体化しているハズだった。

だが、今カシマレイコから感じる霊力はどういうわけか以前よりも強い。

町の人々が襲われる最悪の事態こそ回避出来たものの、あては外れたと言って良い。

「頼んだわよ……浸……!」

師でありながら、もう祈ることしか出来ない。

自身の力不足を、月乃は痛感せざるを得なかった。



***



カシマレイコの霊力が高まっている。

どう考えても、以前戦った時よりも強化されているのが浸にも理解出来た。

「何だその顔は。苦虫でも喰ろうたか? それとも……」

ゆっくりと、カシマレイコが”歩”を進める。

「妾が地に足をつけておるのがそんなに不思議か?」

カシマレイコはこれまで、現れる度に四肢を一つずつ取り戻していた。

露子と絆菜が出会った時には右腕、浸と初めて戦った時には左腕。そして墓地で戦った時には右足。そして今、カシマレイコは左足を取り戻している。

その意味はすぐに理解出来た。

「完全復活……と言ったところですか」

「予定とはちと違うがの。お前のせいで折角増やした怪異を自ら喰らい尽くすハメになってしもうたわ」

「……そういうことでしたか」

何の計画もなく姿を消すようなカシマレイコではない。町から怪異が消えていたのは、カシマレイコ自身が回復のために取り込んでいたからだったのだ。

「本来ならばじわじわと取り戻し、怪異共と共に町を蹂躙してやるつもりだったが……まあ良かろう。妾一人で嬲り尽くしてやれば良いだけだ」

「残念ですがそれは叶いません。あなたはここで止めます」

「わざわざこの地で妾を止めようとは……皮肉が過ぎる。面白い」

その瞬間、カシマレイコが殺気を放つ。再び戦闘態勢に入った証拠だ。

浸も身構え、カシマレイコを見据えた。

全身を鬼彩覇の霊力が駆け巡っている。今、浸は鬼彩覇の霊力を全て解放し、自身と一体化させている。このまま使い続ければ、間違いなく浸の身体は霊化するだろう。

以前のままではカシマレイコを祓えなかった。仮に弱体化した状態だったとしても、祓い損ねればカシマレイコは再び現れるだろう。

確実に仕留めるために浸が取れる手段は、もうこれだけだ。

それが、和葉との小さな約束を破ることになるとしても。

「来るが良い。先手は譲ってやろう」

カシマレイコの言葉には答えず、浸は高速で駆け出す。鬼彩覇の霊力で跳ね上がった浸の脚力は、まるで飛ぶように浸の身体を動かした。

薙いだ鬼彩覇をカシマレイコが右手の鎌で受け止める。思った以上に重い一撃だったのか、カシマレイコは一瞬だけ目を見開いた。

だがすぐに、笑みを浮かべる。

そこからしばらく、浸とカシマレイコの剣戟が繰り広げられた。

お互いに一歩も退かない。実力はほとんど拮抗していた。

それが数分続いた後、カシマレイコが浸を弾き飛ばす。ややのけぞりかけた浸に、カシマレイコは容赦なく迫った。

(頼みましたよ……早坂和葉!)

そのカシマレイコを迎撃せんとして、浸は鬼彩覇を振って赤い霊撃波を放つ。すると、カシマレイコも黒い霊撃波をぶつけた。

高密度の霊力の塊がぶつかり合い、弾ける。その衝撃は地面を抉り、飛び散った霊力が塀を砕く。

「良いぞ! 威力が上がっておるな!」

今度はカシマレイコが黒い霊撃破を浸へ放つ。浸は身体を翻すようにしながら高く跳ね、回避しつつ今度は上空から赤い霊撃破を放った。

カシマレイコは心底楽しそうにそれを見た後、即座に前進することで斜め上からの霊撃破を回避する。

外れた霊撃破は轟音と共にカシマレイコのいた場所の地面を抉った。

落下し、着地しようとする浸より高くカシマレイコが跳び上がり、右手の鎌を振り下ろす。浸はそれを鬼彩覇で受けたが、落下する力と振り下ろされる鎌の力で、結果的に地面へ叩き落された。

「かっ……!」

呻く浸に、カシマレイコがそのまま上から斬りかかる。浸は慌てて鬼彩覇でそれを受けるが、状況はほとんどマウントポジションだ。脱出しない限り、浸に勝利はない。

「終わりか? そんなわけはあるまい」

じりじりと。鎌が浸の眼前に迫りくる。どうにか鬼彩覇で受け止めているが、刃先はもう目と鼻の先だ。

強引に力で押し返そうと力を込めても、中々押し返すことが出来ない。

「ええ、終わりませんよ」

次の瞬間、鬼彩覇が赤い輝きを放つ。霊力を鬼彩覇に集中させて、強引にこの場を突破するしかない。

少しずつカシマレイコが押し返されていく。このままだと危険だと回避したカシマレイコは、跳ね上がるようにして浸から離れた。

「そうでなくてはな」

「……随分と楽しそうに戦うのですね」

以前戦った時もそうだったが、カシマレイコは明らかに浸との戦いを楽しんでいる。

「何分これまで退屈だったのでな。お前には感謝しておるよ」

「あなたは……祓われないまま長く封印され続けていましたからね」

カシマレイコという強すぎる怨霊は、今まで誰にも祓うことが出来なかった。二度に渡って封印され、その霊魂は一度も休まることなく現世に残り続けた。

それは悲劇だ。

誰も彼女を救ってやることが出来なかったからに他ならない。

「ふ……ははははは! お前、妾に同情しておるのか! 久方ぶりだなぁ、同情されたのは」

「……私があなたを……いえ、あなただけではありません。霊を祓うのは、その霊魂を救うためです。私はあなたを、この世から解放したい」

「仮に解放されるとしても、それは妾がこの町に生きる人間全てを嬲り殺した後だけだ。お前の救済などいらぬよ」

カシマレイコの恨みは強い。今の浸でも、祓い切れる保証はない。

だがこれ以上、彼女に殺戮を繰り返させるわけにはいかない。守るべきもののためにも、彼女自身のためにも。

殺して殺して、町を蹂躙し尽くしたところできっとカシマレイコは成仏しない。次は町の外へ目を向けるだろう。

「そもそも……お前は妾を祓えもしない」

「――――っ!」

カシマレイコの霊力が更に膨れ上がったことに気づいて、浸は戦慄する。

ここまでの攻防さえ、彼女にとっては戯れでしかなかったのだ。

「さあて頑張るが良いぞ雨宮浸。第二幕だ」

ギチギチと厭な音を立てて、カシマレイコの腕の数が増えていく。彼女は確かめるように八本の手を握ったり開いたりした後、その全てを鎌へと変えた。

「いや何、手足をもがれたのを根に持っているのでな……。ちと増やし過ぎたか」

最早会話をしているような余裕はない。

すぐさま浸はカシマレイコへ霊撃波を放ったが、それは八本の鎌で切り刻まれ、散り散りになって周囲に被弾した。

「もう少し加減してやれれば良かったのだがなぁ。お前らが悪いのだぞ。準備不足の時に呼び出したりするから――――」

「くっ……!」

「加減が出来んではないか。妾もまだ、慣れてはおらんのだぞ?」

霊撃波での攻撃はもう通用しない。直接斬りつけるしかないが、圧倒的に手数で不利だ。

それでも挑むしかない。浸は果敢にカシマレイコへ斬りかかったが、今度の剣戟は圧倒的に不利だった。

攻めに行ったハズがいつの間にか防戦一方に追い込まれ、代わる代わる襲いかかる八本の鎌を受け止めるので精一杯だ。

否、受け止めきれてなどいない。

多過ぎる手数のせいで浸は手足や腹部に傷を負い始めている。

「この腕で抱きしめてキスでもしてやろうかえ? どこぞの誰ぞが言うておったな、キスは抱きしめてからするものだと」

鬼彩覇を弾かれ、たたらを踏んだ浸に、カシマレイコが掴みかかる。

八本の鎌が容赦なく浸の背中に食い込み、鮮血を散らした。

「ぐっ……!」

「褒美だ。キスをやっても良い」

恍惚とした表情で、カシマレイコは浸へ顔を近づける。

拮抗していたハズが、今は完全に弄ばれていた。

背中の傷が深い。麻痺してしまいそうな程刺激された痛覚が、浸の意識を消し飛ばしかけている。視界が霞み始めたが、浸は気合と根性で意識を保った。

ここまでやって弄ばれるのなら、最早祓う手段など浸にはない。

だが祓うことは出来ずとも、止めることは出来る。

なるべく最後まで選びたくはなかったが、もう時間もなければ選択肢もない。

(どうか……保ってください……!)

己の身体と精神(こころ)に祈りつつ、浸はなんとか踏ん張りながら左腕でカシマレイコの身体を掴む。半霊化した浸の霊魂に、淀んだ霊力が混ざり込み始めたがどうにか正気を保ったまま鬼彩覇を握りしめる。

鬼彩覇の霊力と、カシマレイコの霊力が浸の中で拮抗している。いつまで正気を保てるかわからなかったが、恐らく今が最後のチャンスだ。

鬼彩覇を振り下ろすと、思いの外簡単にカシマレイコの頭部を斬り裂くことが出来た。だがカシマレイコはすぐに、その身体を再生させる。

そしてこの時、鬼彩覇はカシマレイコの胸元に突き刺さっているような状態になった。

「うおおおおおおおおおおおお!!」

浸の叫び声と共に、鬼彩覇から濁流のような霊力が放出される。それは前方ではなく後方だ。放出された霊力が浸をカシマレイコごと押し出していく。

「む……?」

霊力に押し出され、浸とカシマレイコが向かった先は――――かつてカシマレイコが封じられていたあの場所だった。

「お前……まさか」

祠まで辿り着くと、霊力の方向が上へ傾く。すると、浸とカシマレイコは地面へ向かって押し出されていく。

その勢いで祠を破壊し、その下にある扉をぶち抜いて二人は地下室へと落下していく。

そしてカシマレイコの身体は、その場で地面に張り付けにされた。

「ほう……考えたな。ここで自身もろとも妾を封印するつもりか!」

「ええ……。申し訳ありません。私では、あなたを救うことは……出来ませんでした」

「阿呆が。この程度で縛り付けられる妾では――――」

すぐに浸から逃れようとするカシマレイコだったが、その身体を鬼彩覇の霊力が包み込む。

雨宮浸と、極刀鬼彩覇の全身全霊の霊力が、カシマレイコをその場に完全に縛り付けた。



***



浸とカシマレイコの戦いを、和葉達は固唾を呑んで見守っていた。

その激しすぎる戦いに手を出す余地などない。巻き込まれたら最後、月乃であっても巻き添えを喰らって死ぬだろう。

次第に追い詰められる浸を、和葉達はただ見ていることしか出来なかった。

だが不意に、戦いに変化が訪れる。

「浸さん!?」

鬼彩覇から霊力を放出し、凄まじい勢いでどこかへと向かう二人を、和葉は思わず追いかける。その後ろを、月乃も追いかけていった。

向かった先は、かつてカシマレイコが封じられていたあの場所だった。

祠も地下への扉も破壊されており、中を覗くと血まみれの浸と鬼彩覇で張り付けにされたカシマレイコがいた。

「浸さん!」

和葉の声に気づくと、浸はゆっくりと上を見上げる。

「早坂和葉…………」

「大丈夫ですか!? 倒せたんですか!?」

「ふふ……すいません、どちらも肯定出来ません……」

「え……」

浸の身体の霊化は、先程よりも更に進んでいた。

あの戦いの中で、鬼彩覇の力を使い過ぎている。その上、カシマレイコとの戦いでダメージを負ったことで、身体が死に近づき過ぎていた。

「カシマレイコは、ここで私が封じます……。ですから、お師匠に伝えてください……。この地下室を、私ごと封じるようにと……」

「な、何言ってるんですか! そんなことしたら、浸さんまで……!」

「浸!」

すぐに追いついた月乃が、地下室を覗き込む。

そして浸とカシマレイコの様子を見て、すぐに状況を理解した。

雨宮浸は、ここで自分もろともカシマレイコを封じるつもりなのだと。

「この地下室は……私が閉じます……。ですから、その後上から封印を……お願いします」

「閉じる……? 閉じるって、どうやってですか!」

出来るわけがない。

だから、別の方法を。

そんな和葉の思いを踏みにじるように、浸は片手で威力を抑えた霊撃波を放つ。それが壁を抉ったのを見て、和葉は唖然とした。

浸は霊撃波で壁を破壊して、この地下室を埋めるつもりなのだ。

「浸……さん……」

鬼彩覇を介さずに霊撃波を放つなど、もう人間の所業ではない。そんな芸当は月乃だって知らない。

雨宮浸はもう、霊だ。命はほとんど失われている。

「今の内に精々茶番に興じておけ。いずれ全員妾に嬲り殺しにされるのだからな」

「……させませんし、出来ませんよ。その証拠に、あなたは先程から動けていないじゃありませんか」

「お前の命が尽きるまではな。全てを投げ捨ててまで妾を止めるとは大した女よ雨宮浸」

浸は今、自身の命を焼き尽くす勢いで霊力を使い、カシマレイコを縛り付けている。

カシマレイコの言う通り、浸の命が完全に燃え尽きればカシマレイコはすぐにでも解き放たれるだろう。

もう、あまり時間はない。

「……皆さんに伝えておいてください。帰れなくてすみません、と」

「い、嫌だ……嫌だ! 浸さん! どうしてそんなこと!」

「あぁ……珍しいですね。聞き分けの良い早坂和葉がこんなに駄々をこねるなんて」

それがなんだか愛おしくて、浸は笑みを浮かべる。

そんな彼女の上に落ちた滴は、身体をすり抜けて地面に染み込んだ。

「夏祭り! 来年一緒に行くって、約束してくれたじゃないですか! 他にももっともっと、たくさん、色んなこと……私っ……浸さんと……っ!」

どんどん嗚咽混じりになっていく。言葉もうまく出て来ない。伝えたいことがあり過ぎて頭の中でまとまらなかった。

浸は困ったような、申し訳無さそうな笑みを浮かべていた。

伝えたいことがたくさんあって、まとまらないのは浸だって同じだ。

だけどたった一つだけ。

「早坂和葉……ありがとうございます。あなたに会えて、良かった」

胸が詰まる。余計に言葉が出て来ない。和葉は涙で顔をぐちゃぐちゃにしたまま、ただひたすら浸の名を叫び続けた。

答えぬまま、浸はそっと左手を壁へ向ける。

その所作の意味することに気がついて、月乃はすぐに和葉を引っ張った。

「和葉ちゃん! 離れて!」

「嫌だ! 浸さん! 浸さん!」

「お師匠……今までありがとうございました」

金切り声を上げる和葉を引っ張りながら、月乃は涙を飲み込む。弟子の覚悟に応えるのが、師としての最後の務めだ。

「放して! 月乃さん放して! 嫌だ! 浸さん! 浸さんっ!」

月乃が強引に和葉を連れて行ったのを見届けて浸は左手に霊力を込める。これが最後の一撃だ。

この一撃でこの地下室を閉じ、カシマレイコを封じる。

「……良いのか? ここは退屈だぞ」

微笑するカシマレイコに、浸は同じく微笑で返す。

「……ええ。もう一人にはしませんよ」

浸が呟いたその言葉に、カシマレイコは一瞬だけ目を見開く。

だがすぐにいつもの調子で笑みを浮かべた。

「阿呆め。底抜けのお人好しだのぅ」

カシマレイコが楽しそうに笑ったのと同時に、浸の渾身の霊撃波が放たれる。

それは大きく壁を抉り、地響きを立てながら地下室の入り口を破壊し、浸ごとカシマレイコを埋めていく。

「浸さんっ!」

暗闇に埋もれていく中で、最後に浸は、和葉の声を聞いた気がした。

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