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「おんりーはさ、よくがんばってるよ。」
愛おしそうに目を細めてそう言われる。
愛おしそうに、と言っても込められた感情は恋愛ではない。息子や小さな子供を見るような、そんな眼差しだ。
「なんですか急に」
子供扱いだとしても愛されていることが、大切にされていることが嬉しくてたまらない。けれど喜んでいることがバレたくなくて、わざと素っ気ない返事をする。
「んー?別に。なんとなくね、そう思ったから。」
素っ気ない態度を取っても変わらず笑ってくれるのが悔しくて、更に冷たく当たってしまう。いつもこうだ。
「…子供扱いするのやめてください」
「まだまだ子供でしょ?おんりーちゃんは。」
余裕のある笑顔がムカつく。
同じくらい子供になって、馬鹿になってくれたらいいのに。それを言ってしまったらほんとうに子供だな、と口を噤んだ。ポン、と頭に手を乗せられ目を見開く。
「えっ、なに」
ぐちゃぐちゃに頭を撫でられる。
「もう、いい加減に」
なかなか撫で終わらないことに苛立ち、抗議をしようと顔をあげると、聞いたことのないような低い声で名前を呼び止められる。
「おんりー。」
「な…、なに。」
「目、閉じてて。」
言われるがままに目を閉じると、額にキスをされた。
ピピピ、とアラームの音が部屋に響き、先程の光景が夢だったことを知る。
え、何。なんて夢を見てるんだ、俺は。
どういう状況かもどういう心情なのかも理解出来ない。ぼんさんのことは好きだが、そういう意味ではない。断じてない。それにぼんさんもぼんさんで意味がわからない。子供だと思ってるのか好きなのかなんなんだ。
朝から変な夢を見て気分が悪い。布団から出る気になれなくて、再び目を閉じる。
二度寝を終えて目が覚めてからもどうにも気分が晴れなくて、散歩をすることにした。どうしてかずっと夢の中のぼんさんが忘れられない。あんな顔も声も知らない。知らないはずなのに確かにぼんさんで、なんだかモヤモヤする。
スマホと財布と家の鍵だけ持って、行く宛てもなくブラブラ歩く。ただそれだけだ。心地良い日光と風を浴びながら、のんびりと歩く。平日の昼間だからすれ違うのなんて買い物帰りのおばちゃんくらいだ。静かでのどかで、だんだん先輩のことなんてどうでもいいやと思えてきた。思えてきたのに。
「あ!おんりー!」
なんで、今会うんだろうか。外で偶然会うなんて初めてだ。
「こんにちは、ぼんさん。」
「珍しいね、おんりーちゃんと偶然会うとか。なにしてたの?」
「散歩です。ぼんさんは?」
「俺も散歩。」
お揃いですね、と言って会話を終わらせる。今はあまりぼんさんと一緒に居たくないがいきなり帰るのは失礼だろう。どうしようかと悩んでいると、悩み事?と聞かれる。なぜこういう時は感がいいのだ。
「…まあ。はい。」
「そっか、俺で良ければ話聞くよ?」
「……ぼんさんにキスされました。」
ほんの好奇心だ。話すつもりなんてなかった。
けど、いつも笑顔を崩さない男の驚いた顔が見てみたくて悪戯心が芽生えてしまった。嘘は言っていないんだ。そっと見上げてみると少し狼狽えていたから、なんだかかわいそうになった。身に覚えのないことを言われたら気分が悪いだろう、そう思い補足をする。
「夢の中で。」
「な………なんだよもう!!」
「ふふ、驚きました?」
「当たり前でしょうが、酔ってるときとかにやらかしたのかと………」
あれ。これって、もしかして。
「ぼんさん。」
「はぁー…もう、なによ」
「顔、赤いですよ」
「…気のせいだよ」
一瞬目が泳ぐ。やっぱりそうだ。
「照れちゃってかわいー」
「感情こもってないのよ…」
呆れたように突っ込まれる。なにか言いたげな目で見られているのにも顔が熱いことにも気づかないふりをして、歩くスピードを上げた。