夜。なつは処方された薬の袋を
机の上に 置いたまま、
一粒も飲まずに布団に潜り込んだ。
枕元の時計の針が、
静かに秒を刻む。
(もう一度だけでいい。
…もう一度だけ、会いたい)
瞼を閉じた瞬間、
心臓の鼓動が一瞬止まったように感じた。
次に目を開けた時――
そこは真っ暗だった。
音もない。
空気が動かない。
呼吸をしても、肺が膨らんでいる
感覚がない。
“夢だ”と気づくより先に、
“いるまがいない”と悟った。
「……いるま?」
声は自分の口から出たはずなのに、
返ってきたのは、どこか遠くの方からの
反響だけだった。
――まるで、空洞の中で自分の声が死んでいくように。
ふいに、遠くに“光”が見えた。
まるで水面のように、
静かにゆらめいている。
なつは息を呑み、足を動かす。
足音がしない。
けれど、確かに前へ進んでいた。
やがて、光の中に“何か”が見えてくる。
――鏡。
ぽつんと立つ、一枚の鏡。
そこだけが、異様に現実的だった。
なつは無意識のうちに手を伸ばす。
鏡の中の自分が、同じように動いた。
けれど――何かがおかしい。
鏡の中の“なつ”は、
血まみれだった。
頬に、首に、手に、
どろりと赤が張りついていて、
その右手には、
――血のついたナイフを握っていた。
なつの喉が凍りつく。
「なに、これ……俺、?」
鏡の中のなつが、ゆっくりと笑う。
唇が動いた。
“お前が殺したんだよ”
「……やめろ……誰を……」
鏡の“なつ”が、もう一度笑う。
声は、いるまの声だった。
“俺だよ、なつ”
「……いるま?」
“そう。
お前が俺を刺したんだ。
だからお前はここにいる。
一緒にいようって言ったのは
お前の方だろ?”
なつは首を振る。
手を伸ばして鏡を叩く。
「違うッ俺はッッッ!!」
鏡がひび割れた瞬間、
足元の地面がずるりと沈んだ。
崩れる世界の中で、
なつは必死に光を掴もうとする。
――けれど、もう光はどこにもなかった。
◇
目を覚ましたとき、
なつの手のひらには、
小さな赤い跡があった。
夢の中で握っていたナイフの形と、
まったく同じ角度で。
なつはしばらくそれを見つめて、
ゆっくりと息を吐いた。
「……俺が、いるまを……?」
その呟きは、
現実の空気に吸い込まれて消えていった。
最悪な目覚めをし
その夜、なつは眠れなかった。
枕元の灯りをつけたまま、
右手の赤い跡を何度も見つめる。
(あの跡……夢の中だけじゃなかったのか)
もう夢を見る気力もない。
ただ、頭の奥に“誰かの声”がこだまする。
――「お前が俺を刺したんだ」
俺がやったらな え…、
そんなこと許させるわけない
あの声を思い出すたび、胸がざわついた。
違う。違うはずだ。
けど、脳のどこかが“知っている”。
自分は、あの夜――
確かに“血”を見た。
◇
昼過ぎ、なつは病院の
カウンセリングルームを出た帰りに、
ふと道を逸れて、ある場所へ足を向けた。
警察署の裏通り。
あの事件からもう3ヶ月ぐらい経った。
まだそこには、いるまが殺されたとされた
現場があったて線香の香りが風に混じる。
花束がいくつも置かれ、
通行人が小さく頭を下げて
通り過ぎていく。
なつは、しゃがみこんで手を伸ばした。
その時――
一瞬、鼻を刺すような鉄の匂いが蘇った。
(……この匂い、ッ、)
頭の奥がぐらりと揺れた。
視界がぼやけて、過去の断片が押し寄せる。
――リビング。
――テレビの音。
――アイスがない。
そして、
玄関の扉が閉まる音。
なつの呼吸が乱れる。
思考の隙間に、ノイズのような
記憶が割り込む。
──
「なつ、待ってろよ。アイス買ってくる」
「……いるま?」
「すぐ戻る」
「待って、今夜はやめとこう?」
「なんで?」
「なんか嫌な予感して……」
「大丈夫」
──
あの夜。
なつは引き止めようとした。
けれど、笑いながら出て行く
いるまの背中を、
ただ見送ることしかできなかった。
その次に思い出したのは――
血のついた手だった。
「……うそだ」
なつの体が震える。
誰かが悲鳴をあげていた。
いや、それは自分の声だった。
“ひまちゃん!、ちょっと”
遠くからすちの声が聞こえる。
彼が走ってきて、なつの肩を掴む。
「何してんの!ここ、危ないでしょ」
「警察の邪魔になるし行くよ!」
「すちッ……俺、……俺が……」
「…、?」
「俺が、いるまを……刺したかもしれない」
すちの顔が、凍りついた。
◇
その夜、なつは警察に行くことを決めた。
記憶が本物なのか確かめたかった。
取り調べ室の空気は重い。
机の上に並べられた資料の中に、
“凶器:台所用包丁”という文字があった。
その瞬間――
頭の奥で何かが弾けた。
──夢の中で刺していた感覚。
あれは、幻想なんかじゃなかった。
刺したのは、本当でなつ自身だった。
なつの口から、勝手に声が漏れた。
「……俺だ。俺が、いるまを殺した」
部屋の中が、静まり返る。
「でも、なんで……、なんで俺……
そんなこと……」ポロッ
涙が止まらない。
罪悪感よりも先に来たのは、
自分の手で奪った愛の記憶が
戻ってきたという、
どうしようもない“恋しさ”だった。
「ひまちゃん…大丈夫だから」
抱きついてくれて頭を撫でて
安心させようと 努力するすち
「帰ろ?」「うん…、、ッ」
すちはなつがもう歩けるほどの体力はないと悟りLANに連絡だけしてなつをおんぶし
家の方へと歩き出す。
疲れたのか数分後にはなつは寝ていて
なつの閉じている瞼から涙が出ていることに気づくが起こさないようにし
無事家に着き
ベットにそっと置いて布団をかけてやる。
「おやすみ…ひまちゃん いい夢見てね」
そう願いながら頭を人撫でして
家を去った。
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本当にありがとうございます。
次が最終回になります。
自分なりに結構自信作が出来たと
思っていまして公開するのがワクワクです
コメント
1件
次で終わっちゃうのか……泣 まさか赤様が○しちゃったかもしれないとは……。。 続き楽しみです🫶🏻🫶🏻