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耳が壊れてしまうのではないかというくらいのオーケストラの演奏、天井には大きく輝くシャンデリア、そして終わりの見えない客人への挨拶。お父様の後に続き会釈をして回る。
そんな私の今の気持ちは…
暑い。忙しい。つまらない。
夢の舞踏会?華やかな舞踏会?
想像していたものと全然違う。夢なんてどこにあるのかしら。大人の社交場だと思っていたから楽しみにしていたのに…
「花月、もう少し笑いなさい。」
「私、あちらのテラスで少し休んでいます。」
「あ、待ちなさい。勝手に動いたら危ない……。」
「私、もう子供じゃありませんの。すぐ戻りますので少し放っておいていただけますか?」
「仕方のない…少しだけだぞ。」
どうにかお父様から離れ、自分の時間を作ることができた。
こういう場所が嫌いなわけではない…これでも。
ただ、ずっと同じことを繰り返しているのが嫌なだけ。
そんなことを考えながらテラスに出た。
テラスからは星がよく見え、私の気持ちを晴らしてくれる。
「レディ、レモネードはいかがですか?」
「ありがとう。」
グラスに口をつける。さわやかな酸味が口の中に染み渡る。程よい甘さだ。
「これはこれは…女性がこのようなところで1人でいるだなんて危ないですよ……貴女、初めてお会いする方ですね。」
声のする方を見ると、背の高い眼鏡をかけた男性がこちらに向かって歩いてきていた。
「私に何か御用ですか?」
「威勢のいい眼だ。お名前は…?」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀ではありませんか?」
「これは失礼いたしました…私は藤林悠夜(ふじばやし はるや)と申します。」
「白梨…花月です。」
私は睨みながら言った。この人からはなぜか危険な香りがしたからだ。
「踊らないのですか?」
「華やかな社交の場だと伺ってましたけど、挨拶周りばかりなのでつまらないんです。」
「ほう…随分と我が儘…いえ、変わった淑女ですね。」
「私のことをバカにしているんですか?」
「とんでもない…ただ自由な方だと感じただけです。」
「自由……ですか。私には無縁のものです。親から何もかも決められ、与えられる毎日。いっそこのままどこかへ行けたらいいのに……。」
「では、ご案内いたしましょうか?」
「え……?」
「貴女の望みをかなえて差し上げます。」
彼の不敵な笑みと怪しげな瞳から目をそらすことができない。
「私に貴女を託していただけるのであればお手を…。」
目の前に差し出される綺麗な手。
この手をとれば私は自由を手にいれることができるのだろうか……?
「そうね……貴女の話に乗るわ。私を自由にしてちょうだい。」
「かしこまりました、レディ。」
「お嬢様~!」
「雪乃……!なぜここに…?」
「旦那様にパーティーに参加するお許しを頂きました。お嬢様が私にと言ってくださったドレスを着られるだなんて…夢のようです。」
「そう……お父様は…?」
「それが、先ほどから見当たらないのです。最後にお会いしたとき、顔色が優れないようでしたので休まれているだけだと思いますが…。」
「そう……。」
「お嬢様はなぜこちらに…?」
「ちょっと疲れちゃって…休んでいたのよ。そしたらそこの男性に声を掛けられて…。」
「男性…ですか…?そのような方はいらっしゃらないようですが……。」
慌てて後ろを振り返ると、先ほどまでそこにいたはずの藤林さんはいなくなっていた。
いつの間にいなくなったの……?
「それと、これは御夫人方の立ち話を小耳に挟んだものなので、あまり気に留めないほうが良いと思うのですが……近頃、舞踏会を行うと女性が謎の行方不明に遭うそうです。それもお嬢様くらいの年頃の女性だそうです。」
「行方不明…?」
「はい…単なる噂話のようですが、もしもお嬢様に何かあったらと思いここに来た次第です。」
「心配してくれてありがとう…。少し冷えてきたから中に戻ろう。きっと、もうすぐダンスも始まる。」
「はい。私はダンスはできませんが、お嬢様を見守らせていただきますね。」