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#成り上がり
aohana
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#ざまぁ
寺町朱穂
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和泉
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コメント
1件
よかったです……第10話、じんときました。 ルクス視点だからこそ、召喚獣たちの“乃亜への見え方”と“守り方の温度差”がすごく伝わってきました。セレネの優しさ、フェルの怒り、シオンの苛立ち、バハムートの格の違う包み方――みんな違うのに「乃亜を壊した世界を許さない」という一点で繋がっている感じがして、ゾクゾクしました。 ラストの「両方を、俺はまだ許していない」が重くて、すごく好きです。
主がまだ目を覚ます前から、俺はずっとその小さな魂の匂いを嗅いでいた。
深く、暗い場所に沈んだ、壊れかけの魂。
ひどく細い――少しでも手を離せば、そのまま闇へほどけて消えてしまいそうなほど脆い灯だった。
それが、この身体の本来の持ち主――乃亜だ。
俺たちは、主の魂を追ってこの世界まで流れ着いた。
完全な顕現ではない。
契約の核だけを引きずり、かろうじて形を保っているにすぎない。
だが、それでも主の側へ辿り着いた時、そこにいたのは主ひとりではなかった。
壊れかけた少年が、同じ器の奥底で沈んでいた。
最初に気づいたのはセレネだった。
セレネーー月影の巫霊。
月銀の髪を持つ、治癒と浄化、魂への干渉に長ける。穏やかに見えて、怒らせると一番怖い。
『……この子、まだいるわ』
あの女は、闇の中で膝を抱えた乃亜を見つけるなり、そう言った。
白い指先で月光を散らしながら、まるで傷ついた幼子に触れるような手つきで崩れかけた魂を包んだ。
『主の器に宿った子ですもの。消させるわけにはいかないでしょう?』
当然のように言ったが、その声音には怒りが混じっていた。
誰がここまで壊したのか、魂の傷を読んだのだろう。
フェルがすぐに噛みつく。
フェルーー炎精霊王の末子。
赤髪の少年姿をした短気な炎の塊だ。
口が悪く、すぐ怒る。だが主が傷ついている時、一番分かりやすく怒るのもこいつだ。
『誰だよ、こんなになるまで放っといたやつ! 焼くぞ!』
『今は静かになさい、フェル』
『でもよ、セレネ!』
ヴェインも低く唸っていた。
ヴェインーー深淵竜の幼体。
黒い小竜で、まだ幼いぶん感情がまっすぐだ。
主に優しくされるのが好きで、主を泣かせるものは単純に壊したがる。
『こわい匂いする。やなやつ、いっぱい……』
『ええ、そうね』
シオンは露骨だった。
シオンーー毒花の妖姫。
花と毒の香りを纏う、美貌の妖。
人間嫌いで皮肉屋だが主にだけは甘いが、人間には最初から期待していない。
『ふふ……なるほどね。人間って、本当に醜い』
『黙れ、シオン』
俺が言うと、あいつは紫の瞳を細めて笑った。
『何か間違ったことを言ったかい、狼王。主の器をここまで壊しておいて、まだ“人間”と呼ぶ価値がある?』
『今はその話じゃない』
『でも気に入らないだろう? 君も』
気に入らないどころではなかった。
この家の空気は腐っている。
日々積み重なった悪意と、見て見ぬふりの匂いが染みついている。
殴った痕跡のような分かりやすい傷ではない。もっと陰湿で、逃げ場のない壊し方だ。
泣いている弟。
困ったように笑う母。
失望を向ける父。
見ない姉。
そして学校、周囲の人間たち。
誰もこの子を見なかった。
見ないくせに、悪者にする時だけは一斉に視線を向ける。
それを見て、吐き気がした。
『……主が知れば、悲しむでしょうね』
アステルが静かに言った。
アステルーー星詠みの鳥人。
理知的で冷静な指揮補佐役だ。
未来の断片を読む分、感情を表に出さない。
『だから、先に処理してしまうのも一案です』
『あら、珍しく気が合うわね』
アステルは相変わらず物騒な言葉を言う。
対し、セレネが微笑む。
その微笑みは優しい形をしていても、背後の月光は冷たい。
『だめだよぉ、すぐ壊しちゃったら主が困るでしょ』
黒猫の姿で尻尾を揺らしたのはミュールだ。
ミュールーー夢喰い猫妖精。
甘ったるく主にまとわりつくくせに、敵には陰湿だ。
『まずはこの子を守るのが先。ねえ、乃亜。こわくないよ、ぼくらは』
けれど乃亜は震えるばかりで、こちらを見ようとしなかった。
当然だ。知らない化け物たちが、いきなり自分の魂の周囲に現れたのだから。
その時、シオンが小さく舌打ちした。
『怯えさせるな、猫』
『君だって見た目こわいじゃん』
『何だと?』
空気が険悪になる。
いつもの事――特にシオンは気に入らない。
主に近づくものを片っ端から嫌ううえ、言葉の端々がいちいち癇に障る。
『主のためなら人間なんて全員枯らしてしまえばいいのに』
『それを主が望むと思うか』
『望まなくても、傷つかないならその方がいい』
こいつは本気でそう考えている。
だから嫌いだ。
俺も人間を信用していない。
だが主の意思を飛び越えて世界を壊す気はない。
だが、その時だけはシオンの苛立ちに少しだけ同意した。
ここまで乃亜を壊した連中を、噛み砕いてやりたくなかったと言えば嘘になる。
乃亜は細い声で、ただ一度だけ言った。
『……ごめん、なさい』
その瞬間、全員が黙った。
何も悪くない子どもが、怯えながら謝る。
何度、そうさせられてきたのか?
どれだけ長く、自分が悪いと思い込まされてきたのか。
セレネがしゃがみ込み、乃亜の目線へ合わせた。
『謝らなくていいのよ』
『でも……』
『いいえ』
柔らかい声――母親のようでいて、九条乃亜の母とはまるで違う温度をしていた。
『あなたは悪くないわ。だから今は消えないで。主が目を覚ましたら、きっとあなたを見つけてくれるから』
その言葉に、乃亜の瞳がわずかに揺れる。
主の名だけが、この子を繋ぎ止めているように思えた。
俺はその時、はっきり決めた。
主が助けようとする魂なら、俺たちも守る。
主の器に宿る子だからではない。
主が見捨てないなら、俺たちも見捨てる理由がない。
『――ルクス』
セレネが俺を見る。
『この子を支えましょう。主が来るまで』
『言われるまでもない』
フェルが腕を組んで不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『……主が助けるっていうなら、俺も助ける。ついでに泣かせたやつは燃やす』
『私もです』
静かな声が落ちた瞬間、空気そのものが変わった。
現れたのはバハムートーー原初竜王と言われているが、彼女の姿は幼い少女だ。
しかし、本質は世界を焼く竜の王だ。俺でさえ逆らう気になれない格の存在。
銀白の髪を揺らし、彼女は乃亜の前にしゃがみ込む。
その圧を限界まで抑えて、ひどく優しく。
『こわがらなくていいのですよ』
乃亜はぽかんと目を見開いていた。
バハムートは小さく微笑み、頭をそっと撫でる。
『あなたをなかせたひとたちは、あとでかんがえればいいのです。いまは、ここにいてね』
『……』
『おねえちゃんって、よんでいいからね、のあ』
その言葉に乃亜は困ったように、でも少しだけ泣きそうに顔を歪めた。
セレネも隣へ寄り、白い衣の袖でそっと乃亜を包む。
『私の事も、好きに呼んでいいのよ。無理に笑わなくていいし、無理に強くなくてもいいわ』
乃亜は何も言えなかった。
けれどその小さな魂の灯が、ほんの少しだけ強くなったのを、俺は確かに嗅ぎ取った。
――主。
あなた自身が助けようとしているのは、こういう子だ。
なら俺たちは守らなければならない。
主のために。
そしてこの子が、もうこれ以上一人で謝らなくて済むように。
外の人間どもには、いずれ報いを受けてもらう。
家族も、学校の連中も、その周りの有象無象も。
主が望まぬ形ではまだ壊さない――だが、必要とあれば牙を立てる。
主を傷つけた世界と、乃亜を壊した世界。
その両方を、俺はまだ許していないのだから。