「当たり棒」
夏休みに入って、夏期講習が始まった。
夏期講習って言っても、午前中終わりで午後はフリーだったので僕はいつも通り「嘉村堂」に向かった。
もう七月が終わりそうな時期なのでさすがに暑い。
太陽が僕を容赦なく照らしてくるので、僕の首筋には大量の汗が流れていく。
何処を通ってもセミの鳴き声が僕の耳を困らせる。
小道の木陰で休憩をしながら、ゆっくりと道を歩いた。
それから、通りに出て真っ直ぐ「嘉村堂」まで歩いた。
やっとの思いで「嘉村堂」に到着し、戸を開ける。
店内に入ると右手に扇風機が回っていて、僕は扇風機の前でしゃがみ込み暑さから逃れる。
扇風機の回復魔法を浴び終わると、僕は菊さんのいる会計台に足を運ぶ。
「あっ、晴ちゃん。お疲れさん。」と僕が今日特科があったのを察したのか菊さんはそう言った。
「今日はどうする?」
「う~ん、どうしようかな」
やっぱりこんな暑い日には冷たい物だよな。
でも、ラムネはこの前飲んだし。
すると、僕の頭の中にあの涼しげな物が浮かんだ。
「アイスにしようかな。今日暑いし。」
僕は菊さんにお金を払うと、アイスを一本買った。
僕が買ったのは当たりがあるもので、当たり棒が出るとそのアイス棒と引き換えにもう1本貰えるのだ。
アイスを持って店内の椅子に座り、アイスの袋を開ける。
ちなみに僕がこのアイスの味で一番好きなのはソーダ味だけど今日は無難にバニラ味にしてみた。
アイスを口に運ぶと、キンキンに冷えたアイスに僕の歯が当たりジンジンとしみ、一度僕はアイスへの攻撃をやめ、戦略的撤退を試みる。
10秒ほど待ち、もう一度アイスを口に運ぶと先ほどの歯への衝撃は起きなかった。
とは言っても、一度撤退した身なのでゆっくりとアイスを一口かじる。
僕の口の中でミルクの甘い風味が容赦なく溢れ出してきたので僕は『逃がしてたまるか』と口をきつく結ぶ。
濃厚なミルクの味と共にバニラの香りが僕の鼻を通った。
僕は無心でそのアイスを食べ続けた。
僕がアイスを殆ど食べ終わったとき、アイス棒の「はずれ」と黒く、大きく、平仮名で書かれた文字が目に入った。
「まぁ、そんな簡単には当たんないよな。」
アイス棒を店内のゴミ箱に投げ入れて帰ろうとしたとき、「もう1本買おうかな。」という考えが頭をよぎった。
僕は菊さんにもう1本アイスを頼んで、お金を払った後、アイスを片手に帰路に着いた。
駅までの道のりを歩きながら、僕はアイスを口に運ぶ。
「やっぱり、ソーダも美味い!!」と小声で口にし、再度ソーダの良さを認識する。
すると、アイス棒に「当たり」という文字が記されていた。
当たった。
翌日、僕は昨日の当たり棒を持ち「嘉村堂」に向かった。
駅から降りて、15分ほど歩いた。
それから、嘉村堂がある通りに入ろうと僕は目的地の方向に向かって右折した。
その時、僕の腰の高さぐらいの何かにぶつかりそうになった。
瞬時に体を右手に切り、衝突を避ける。
よく見ると、僕がぶつかりそうになったのは小学校低学年ぐらいの少年だった。
「大丈夫だった?怪我してない?」と僕がその少年に尋ねると「う、うん」と涙ぐんだ声で答えた。
どうしたのか気になり尋ねようとすると、少年の足元に落ちているアイスが目に入った。
多分、少年はアイスを落として落ち込んでいたのだろう。
どうしたものかと考えていると、手元にあるアイス棒を思い出す。
「じゃあ、これ君にあげる。これで新しいアイスを貰いな。」
「良いの?」とまだ小さな声で聞いてくる。
「うん。お兄ちゃん甘いの苦手だから。」
それを聞いた少年は、顔を明るくして「ありがとうございます!!」と片言の敬語でお礼を言って「嘉村堂」に向かって走っていった。
「少しだけ良いことをしたなぁ。」と満足感でいっぱいになって、そのまま帰路に着こうとしたとき背後から声をかけられた。
「優しいね。」
突然そんな声をかけられたのだから、僕は後ろを慌てて振り返る。
そこには自分の見覚えがある人物の姿があった。
「佐藤さん!?」
僕が名前を呼ぶと、彼女は大きな笑み浮かべた。
辺りにはまだ蝉の鳴き声が響き渡っていた。
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