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夏蝶と大和の身体がわずかに浮く。
旦那が、大和の身体諸共夏蝶の背中を蹴り飛ばしたのだ。
「夏蝶!!大和!!」
金襴の叫び声が大和の耳を劈いた。
大和は突然のことに反応が遅れ、体勢を崩して後ろに尻もちを着いた。胴体と尻に響く鈍い痛みと息苦しさが身体を襲い、すぐに体勢を戻すことが出来ず、腕に抱いていた夏蝶が旦那に奪われてしまった。
取り返そうと大和が動き出すよりも先に、旦那の暴挙を金襴と茉莉花が止めるよりも先に、旦那は夏蝶を天高く持ち上げると、医務室の壁に力の限り投げつけた。
力の限り投げつけられた夏蝶はまた頭を強くぶつけた。今度は歳の近い少女ではなく、老体といえど男性に投げつけられたせいで、夏蝶の後頭部からは血がとめどなく流れ出て、壁や畳を汚していく。
普段見ることの無い大量の血に恐れを為した禿や新造たちの絶叫が医務室を包んだ。
「旦那様!何をなさるのですか!!」
「夏蝶っ!!夏蝶!!!」
「夏蝶!!だめ、起きて!!姐さん!!どうしよう夏蝶の意識がない!!」
大和と茉莉花は手ぬぐいを使い止血を試みるも、どくどくと真っ赤な血が流れ続ける。
医務室は混沌を極めていた。いつも清潔な医務室の一角は夏蝶の血で汚れ、見慣れない大量の血に泣き喚く禿と新造たち。そして、夏蝶を軽蔑する冷ややかな目線を向ける三人の大人たちと、その大人たちを睨む女たちの目。
金襴は旦那を取り押さえ、今にも旦那を殺さんと首に手をかけている。が、金襴は怒りで旦那にしか意識が向いてなかったせいで後ろに忍び寄ってきた女将に気づかず杖で急所である頸中を強打され意識を失ってしまった。
「姐さん!!」
茉莉花と大和の悲痛な叫びが重なる。
旦那は、気を失い自分の上に横たわる金襴を蹴り飛ばし、茉莉花の前に立つと茉莉花の胸ぐらを掴み、美しい顔を拳で殴りつけた。
「茉莉花太夫!!」
大和が旦那の手を止めようと夏蝶から手を離す。これがいけなかった。女将は待ってましたと言わんばかりに、三人がひしめくわずかな隙間に腕をのばし、夏蝶の右腕を掴むと一気に引きずり出した。
いくら腰の曲がった女将でも、たった四歳の女の子を引きずるのにそう力は必要なく、夏蝶の身体は呆気もなく女将の手へと渡ってしまった。取り返そうと大和が立ち上がろうとするが、旦那の拳が大和の頭を殴り付ける。
一瞬だけぐらついた視界の端。そこに映ったのは女将に引きずられる夏蝶の姿だった。