TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

春の光、夜の音

一覧ページ

「春の光、夜の音」のメインビジュアル

春の光、夜の音

3 - 「揺れる午後と静かな声」

♥

100

2025年06月14日

シェアするシェアする
報告する







第三話:「揺れる午後と静かな声」


 白は、図書室の隅に座っていた。


棚の影になった読書スペースは、他の誰の声も届かない静寂に包まれていた。




 いや――実際には、届かないのではなく、白がそれを拾えないのだった。



 彼女の耳の奥では、時おり波のように音が揺れていた。鼓膜ではなく、頭の中が左右に傾ぐような感覚。



今日もまた、メニエール病の発作が彼女を静かな孤島に連れていっていた。




 そこへ、黒がやってきた。




 彼は足音をほとんど立てず、白の視界にそっと現れる。





 「……来てたんだな」




 黒の声はかすかだった。白は読んでいた本を閉じ、ゆっくりと顔を上げて、彼の唇を読む。




 「今日も、調子悪い?」




 白は頷いた。




 黒は、ため息ひとつついて、彼女の隣に腰かける。そして、持ってきたノートを取り出すと、さらさらと何かを書きつけて見せた。





 『ここ、静かだからいいね。君のペースで話してくれていい』





 白は小さく微笑むと、自分のペンを取り、下に返事を書く。




 『ありがとう。……今は、誰の声も聞こえない。でも、あなたの字は、ちゃんと届く』




 黒は首を傾げたのち、もう一度ノートを回す。




 『俺はさ、君が言葉を出さなくても、わかるようになりたい。たとえば、目が合っただけで気づけるくらいに』




 白はしばらくペンを動かさず、ただ彼の字を見つめていた。やがて、震えるような線で書き始める。




 『私の世界は、波の底みたい。音が沈んで、光もゆらゆらしてるの』




 『でもあなたがいてくれると、その海に月が浮かぶの。静かで、やさしい月』




 黒は、しばらく何も書かなかった。ただ白の肩に手を置き、彼女が嫌がらないのを見てから、そっと背中をさすった。




 『じゃあ、ずっと君の月でいるよ』




 その言葉を、白は唇の動きだけで読んだ。




 そして、何度も頷いた。





この作品はいかがでしたか?

100

loading
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚