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復帰してすぐ、俺は特殊部隊の隊長に任命された。いつだか、次期署長という大役を回避したはずなのに、現署長はそれを許してはくれない。渋々引き受けたという訳だが、仕事量が増えたり責任が問われたり、面倒事はほとんどなかった。しかし、引き継ぎがだるいからという理由で、経理はそのままやらされている。それだけは気に食わない。
(好きでやってた訳じゃないけどなぁ。)
と、そんな経緯で経理作業をしていたある日。俺は、逮捕者を記録したリストと罰金額を照らし合わせ、切符の切り忘れ等がないかを確認していた。逮捕者と罰金額の計算が合い何も問題ないな、とPCを閉じようとしたが、ふとあることに気づく。今日、俺が対応に参加して捕まえた指名手配犯の名前がないのだ。システム上、記録されないなんてことはないため、対応した者が意図してやったことになる。
(確か、タコが牢屋まで護送したって…。)
考えれば考えるほど彼女を怪しく思ってしまうが、動機が思い当たらないため確証にはならない。目的が犯人を逃がすことにあるのか金なのか、後で本人に聞こうとするも中々聞けずにいた。
「タコ〜、この前刃弐にカスタム代あげたから、経費からおとしといていいか?」
「あ〜…。それ今すぐ欲しい感じ?」
「いや、そっかわざわざ面倒臭いよな。」
「違う、そうじゃなくて…」
「ふーん。まさか、金庫の中空っぽだったり?(笑)」
「…そんなことはないけど、OK。今日中にお前んとこの口座振り込んどくわ。」
「あ、まぁいつでも大丈夫よ。」
「ん、給料日前でレダーさんも金ないっしょ。数百万くらいすぐ出せるって(笑)」
この何気ない会話に少し違和感を覚えた俺は、こっそり警察金庫を開けに行ってみた。前署長に臨時で管理を任されていたことがあり、金庫を開ける権限がまだ残っている。すると、給料日前とは思えないほど中身がなかった。
(ざっと見た感じカスタム代は払えるとして、署員全員の給料とボーナスはどうすんだ?)
先日の指名手配犯の件、もしタコがやったのなら間違いなく金目的だろう。指名手配犯の切符ではなく、個人請求できったのなら全ての辻褄が合う。この推理はあくまで自分の憶測にすぎないが、汚職していると突き出すにはあまりに酷な動機も見えてきた。
(あいつは俺らのために自分の手を汚してる?)
こうして、仲間に複雑な想いを抱いたまま、俺は38歳の誕生日を迎えてしまった。
(「実は、タコさんが薬売るとこ見ちゃって。」)
刃弐の言葉は信じ難いものだったが、今までのことを考えると認めざるを得ない。確信とは言えないが、あの刃弐が深刻な顔して言うくらいだから察す他ない。同じ現場を見た牢蓮も、相当ショックを受けただろう。ただ俺らが共通して思っていることは、成瀬タコは理由なく汚職をするような奴じゃない、ということだ。本人に問い詰めて諸々の事実確認をする方が手っ取り早いが、あいつはそう簡単に口を割らない。加えてややこしい事に、最近タコに関する妙な噂も広まっている。そう、あまりにもヘイトが向きすぎているのだ。
(こんなにヘイトが向いてるなら、俺らがしらみ潰しに証拠を集めて真意を見抜くまでだな。)
こうして、タコの部下たちによる真相究明が始まり、少しずつ、でも着実に違和感の紐を解いていった。
「ねぇ、これナニ?タコの机にあっタ。」
早朝、牢蓮と刃弐と3人で談笑していると、芹沢が1枚の封筒を持ってきた。そこには、辞表という2文字が並んでいる。なんの冗談かと思ったが、それを確かめるためにも急いで封を切る。そこには間違いなく彼女の手書きで、汚職を理由に署長を辞めるという旨が書かれていた。タイミングがいいのか悪いのか、今日は上官会議が開かれる。俺はこの辞表を持って、署長の辞任を議題に挙げる他なかった。
「あの成瀬が突然の辞任て。そんなことあるかぁ?」
「うん。タコさんがもう街を去ったとか…なんか変じゃね。」
「オレもずっと思ってタ。タコ……。」
「ヨージローさん、やっぱ[ネズミ]の仕業じゃない?」
「う〜〜ん。」
「え?ねずみってなんの話?」
タコが残していったダンボールの中身や署長室にあるファイルを整理しながら、そんな会話が飛び交う。タコの辞任を素直に受け入れられない俺たちは、中々寝付けずにこうして遅くまで片付けをしている。俺自身気にかかっていたこともあり、音鳴と芹沢にはこの場で全貌を話すことにした。余談というほどでもないが、俺が誘拐された時、ギャングボスの間で[ネズミ]という言葉が出たらしい。牢蓮からその共有を受けてから、俺ら3人の中で密かに[ネズミ]ないしは[裏切り者]の信ぴょう性が増してきたのだ。そして、その[ネズミ]という奴が、一連の違和感とタコの辞任を紐解くカギだと信じて、地道に探っている。
「なるほどな〜って、なんでもっと早く俺らに言わんねん!なぁ芹沢!」
「そう…!だけど、どっちにしろオレには難しい話かモ。」
「大丈夫、音鳴なんか全然むしろまだ早いよ。」
「なんやねん、まだ早いって。ちょっと馬鹿にしすぎなんとちゃうん?」
「まぁまぁ、結果全部話したんだし、ね。そんで君らに聞きたいんだけど、些細なことでもいいからなんか知らない?その[ネズミ]の情報。」
「あ〜。なんか関係あるかどうかは知らんけど、指名手配のやつならちょっと怪しいのあるわ。」
音鳴によると、大型犯罪を終えた牢屋対応の時、護送していた犯人の中に指名手配犯がいたのだが、ある人物に引き渡す羽目になったらしい。その人物とは、俺の同期で同じ上官をやっている奴だった。タコの後任として、署長を務めることになるあいつだ。
「成瀬が署長になる前の話やから、たまたまの可能性は全然あるで。しかも、そん時の指名手配犯、俺誰か覚えてないから証拠は調べられへんし。」
「でも、元々ギャングと繋がってたなら、いつからとか関係ないんじゃね?」
「じゃああいつは逃走補助して、裏で取引でもやってたんかな。なるほどね〜。」
「え、でもタコさんを辞めさせたのは何?流れでギャングに頼まれた的な?」
「いや、元々署長になってやる、みたいなことは言ってたんよ。タコと同じ、だけど知っての通りって感じ。」
「ふーん、じゃあ動機は署長の座を奪うためなんかな。それにしても結構な規模でやったもんやな〜。市民にあんなデマを広めるなんて、回りくどいというか手が狡いというか…。」
「タコさんが嫌ってる、[ダサいこと]だよね。」
情報共有をしていくと、徐々に真相が見えてきた。だからと言って証拠がある訳でもないし、あいつを署長の座からおろしたところで何の利益にもならない。警察として出来る手段が何一つ思い浮かばず、俺はただひたすら手を動かした。やり切れない気持ちなのは、タコが辞任して街を出たという事態に、市民は歓喜に包まれていたからなのもあった。せめて、タコに着せられた濡れ衣と被った汚名をどうにか出来たら、なんて眉間にシワが寄る。そこにツンと触れたのは、端でウトウトしていたはずの芹沢だった。
「面白い顔してたよ、レダー。」
「ほんと?ごめんごめん。」
「オレ、タコを殺った奴許せない!」
「芹沢〜?別にタコさん殺された訳ではないかな、一応。」
「そうだよな、市もどうこう動いてくれる訳じゃないだろうし。普通に俺らで殺っちゃうか。」
「え、レダーまで嘘でしょ?」
「てか考えてみたらさ、俺らタコさんが汚職した金で今日まで食ってた訳でしょ?ワンチャン共犯に変わりないし、今なら無敵なんじゃないか?」
「やばい音鳴、まともなの俺らだけかも。」
「せやな、こいつら結構捻くれてるわ。」
警察という職が俺らを縛っている以上、救急隊だけではなくタコの件でさえ何も出来ずに終わってしまう。前までの俺なら、法に従う平和で何も無い日常を選んでいたが、今はどうしても抗ってみたかった。タコが教えてくれたことを、俺たちもやってのけたかったのだ。
「でも、無敵なら良い考えがあるよ。」
牢蓮のその言葉で覚悟を決めた俺たちは、早速実行しようと計画を立て始める。この作戦を話していた時間は、何故かとても楽しかった。
タコの無念を晴らせるから?
初の犯罪を成し遂げようとしているから?
いやどちらも違う。背中を預け合える仲間と未来を変えようとしているからだ。ギャングを片っ端から潰そうなんて思想を忘れ、仲間との時間が優先するべきかけがえのないものだと気づいた。それを最初から教えていたのはタコで、今必要としているのもきっとタコだ。
「仲間意識高すぎ、俺ら警察向いてないんじゃね(笑)」
「ほんまやで。現場で倒れた芹沢とか、俺普通に救いに行きたいもんな。」
「ェ、なにそれ。キモっ!」
「音鳴さん、そのカッコつけ方はちょっと…。」
「いや、冗談ですやん!」
「流石に無理あるよ音鳴(笑)」
彼女は桜のように強く美しく咲いて、何も言わず静かに散ってしまった。でも木は残っているし、新たな芽も隠れている。再び花を咲かすのは何時だっていい、自由でいい。ただ、花が堕ちる時だけは同じでありたい、なんてね。
A. 否、咲かないとあの物語は始まりませんね。
コメント
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長い間お付き合いいただきありがとうございました!!お陰様で無理やり完結に持っていくことができ、嬉しい限りです。色々語りたいことは後日【付録】に出そうかな、と。予定していたものより長編でくどくなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!!♡