次の日は銀行で金貨13万枚を受け取ったあと、大聖堂で儀式の申し込みを済ませてきた。
早めの昼食をとってからお屋敷に戻ると、12時を過ぎたところだった。
それからしばらく経った12時半頃に、ジェラードがやってきたのだが――
「こんにちは♪
……あれ? 二人とも、どうしたの?」
「ジェラードさん、聞いてください!
アイナさんがわたしを連れていけないって言うんですよ!」
「だって今日行くのはそういう場所なんですよ!? エミリアさんは、今日はお屋敷で待機です!」
「わたしがそういう場所に行くのがダメなら、アイナさんだってダメですっ!!」
「私が行かないと始まらないじゃないですか!」
「では、わたしも付いて行きます!」
「ダメです! エミリアさんがそんなところに行くのを見たくないです!」
「わたしだって同じです!!」
……『そういう場所』というのは『風俗街』のことだ。
そこは主に、男性に性的なサービスをするといった感じの場所。
もちろん今回は、ファーディナンドさんと会うために行くんだけど――
……しかしこの世界に来てから意識はしたことがなかったけど、やっぱりこっちにも、そういう場所はあるものなんだね。
「あはは……。アイナちゃんとエミリアちゃんの口論なんて、初めて見たよ……。
まぁまぁ、エミリアちゃん。風俗街とは言っても、別にサービスを受けに行くんじゃないんだから……。ほら、僕もいるし?」
「それは安心する要素になりません! このナンパ師!!」
「え、えぇっ!? こっちに飛び火した!?」
まぁ確かに。出会った当時、ジェラードは夜な夜なナンパをする優男……だったからね。
そんな優男と二人だけで風俗街に行くなんて、本来はとても安心できるところでは無いんだけど……。
いやまさか、ジェラードは仲間だし? そんなことは無いとは思っているけど――
……うーむむむ。
「……分かりました、エミリアさん。
エミリアさんが風俗街に行くところなんて見たくありませんが、私も軽率だったかもしれません」
「……ッ!! やっと分かって頂けましたか!!」
「だから、一緒に行きましょう! 苦渋の決断ですが!!」
「いえ、それは英断です……! 精一杯、わたしがお護りしますので!」
「私も、エミリアさんを精一杯お護りします!」
私とエミリアさんは、そこで熱い抱擁を交わした。
何せこの話を始めた朝から今に至るまで、ずっとこんな調子だったのだ。
銀行や大聖堂でもこんな感じだったから、実は午前中の記憶がいまいち無かったりする。
「……な、何とかまとまったようだね……?」
「はい、ジェラードさんのおかげです。ありがとうございました!」
「えぇっと……? 僕、何もしていないけど……?」
「行動というか、存在ですね!」
私の言葉に、エミリアさんも『確かに』といった感じで頷いた。
「――さて。言い合っていたら、もうこんな時間になってしまいましたね」
「せっかく昨日はのんびりして休んだのに、今日は無駄な体力を使ってしまいました……」
「まったく、本当に……」
確かに何となく、どこか疲れが溜まってしまっている。
……体力的にも、精神的にも。
「うーん……。実際に会うのは16時からだから、それまではゆっくり向かうことにしようか。
少し遠いから、今日は馬車を用意してきたんだよ」
「え? 馬車で行くんですか?」
そんなもので風俗街に乗り入れるだなんて、悪目立ちも甚だしいのでは……。
「もちろん馬車は、途中で待たせるんだけどね。途中で寄るところがあるんだ」
「寄るところ?」
特にそんな話は聞いていないけど――
エミリアさんと目を合わせて、二人で不思議にそう思う。
「ほら、そういう場所には|然《しか》るべき格好があるでしょ?
アイナちゃんはそういう場所に行くような服装じゃないし、エミリアちゃんに至ってはいつもの法衣だからね……」
……ああ、途中で着替えて行くということか。
確かにお屋敷で着替えをしていったら、使用人や近所の人にも見られてしまうからね。
「考えすぎなのでは……とは、今回は少しも思いませんね!
ばっちり変装していきましょう! 何なら髪も染めちゃいましょう!」
「賛成です! 行きたいと言ったのは自分ながら、特定されたら後々面倒ですし!」
エミリアさんの言葉に、私も深く頷いた。
ここにきて、今日一番でエミリアさんと心が通じ合ったような気がする。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車で移動したあとは、いかにも怪しくて賑やかな通り……その近くにある建物に三人で入った。
何でもここは、私たちと同じような目的の人が使うための場所らしい。
まぁ、それはそれとして――
「……この服のチョイスは、ジェラードさんの趣味ナノカナ……?」
私に渡されたのは、特に上半身の露出が多い服。
スカートの丈もいつもより短くて、色も私好みではないくらいに派手だ。
「ここで何を言っても、それはアイナちゃんの心には届かないと思うんだ。
だから、思ったことを真実として受け止めて欲しい……!」
「ジェラードさんの好みだ、と」
「直球ッ!!」
反面、エミリアさんに渡された服は、裾の長いドレスのような感じの服……なんだけど、胸元が酷いことになっている。
全体的に白いデザインの中で、胸の隙間が黒いリボンだけで編み上げになっているものだから、どうしてもそこに目がいってしまう。
なるほど、私があっちの服だったら少し寂しい結果になっていたかもしれない。
『ほら、だから胸は大切だって――』
どこかから、錬金術師ギルドの食堂のおばちゃんの声が聞こえた気がした。
まずい、幻聴まで聞こえてくるとは。
「ふえぇ……、これは恥ずかしいです……」
「も、もしあれなら私のと交換しますか……?」
それはそれで、私もつらいんだけど。
「いや、そっちを着るくらいならこっちで……」
「そうですか――……、って、何ですと!?」
「あ、いえ!? その服がどうと言うか、わたしには似合わないなって!?」
「た、確かにエミリアさんが丈の短いスカートっていうのも革命的な衝撃が半端ないですね……」
「アイナさん、言葉が少しおかしくなっていますよ……!?」
うーん……。どうもここに来てから調子が狂いまくりだ。
ここはもうさっさと着替えて、早々に違う自分に慣れてしまった方が建設的かもしれない。
でも、この服を着た自分がいまいち想像できない――
「……あ、そうだ! せっかくなので私は髪を染めます!
水場もあるし、ぱぱっと染めます!」
「え? そんなにすぐに染められるものなんですか?」
「私の国にはスプレーで、ささっと染められるものがあったんですよ。
それを参考にすれば……!」
バチッ
はい、できた!
スプレー缶のデザインが少しアレだけど、しっかり出来てはいるようだ。
「私は赤色でいきます! エミリアさんも染めますか?」
「そうですね、それでは……!
んー……。この服は赤色って感じじゃないから……金色?」
「そうですね、それじゃ金色で」
そう言いながら、エミリアさん用の髪染めスプレーもバチッと作る。
「ありがとうございます、では早速……。
……おお、これは便利ですね! ちょっと髪の量があるので大変ですけど……」
「それじゃ、私がやっちゃいますね。エミリアさんも、あとで私の髪をお願いします」
「わ、分かりました……!」
そんな感じで髪を染め合ったあと、別の部屋でそれぞれ着替えをする。
着替えてから元の部屋に戻ってみると、そこには遊び人風のチャラい服を着たジェラードが立っていた。
ジェラードも同じタイミングで着替えをしてきたようだ。
「……うわぁ。
ジェラードさん、やっぱりそういう服が似合いますね」
「……アイナちゃんの方は凄いねぇ……。いつもの雰囲気がもう懐かしいよ……」
「ふふふ♪ どうですか? ジェラードさんの好みにはなれましたか?」
何だかもう、どうにでもなーれ☆
ついつい悪戯っぽく、言葉が口をついて出てくる。言ってから1秒後には後悔したけど……。
しかし――
「……大人をからかうものじゃないよ……」
――あ、あれ? 予想外の反応?
目を逸らすジェラードを不思議に思っていると、エミリアさんが静かに戻ってきた。
変装したエミリアさんはいつもと髪の色は違うし、髪型もいつもと違う感じで結っているし、何よりも服装がいつもと全然違うし。
「「――うわぁ、誰ですか……」」
私の素直な感想は、エミリアさんからの感想と見事にハモってしまった。
う、うーん……。変装って凄い……。
あと、やっぱり恥ずかしい……。
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