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何だかんだで着替えも終わり、いざ外へ。
「ひゃあああ、恥ずかしい……」
「わ、わたしもです……。すごく複雑な気分……」
私とエミリアさんは着慣れない服のため、周囲が気になって仕方が無い。
この気持ちが分からない場合は、水着だけを着て街に繰り出す……そんな状況を想像して頂きたい。
逮捕されることは間違いないだろうけど、大体はそんな気分のような気がした。
……しかしいつまでもぐずぐずとはしていられないので、ひとまず賑やかな通りへと向かう。
まだ夕方というのに……いや、夕方だからと言うべきかな? 大勢の人々が、通りに集まり始めていた。
「――それにしても、何だかカオスな場所ですね……」
「あはは……。
ここは王都の中でも、独自の進化を遂げているからね……」
まさにジェラードの言う通りで、どこか違う街に迷い込んだというか、そんな印象を受けた。
周りの至るところで娼婦のような女性が客引きをしたり、男女が仲睦まじく話をしている。
雰囲気はまさに『街の裏』という雑多な感じで、衛生面もあまり良くは無さそうだ。
通りに面したところでは、いわゆるえっちぃお店と飲み屋のようなお店が混然と軒を連ねていた。
それ以外には良い子が入っちゃいけないお店とかがぼちぼち……って、いやいや、良い子は全部入っちゃダメか。
「思ったより凄いです……。私のイメージとは違うなぁ……」
「フレデリカちゃんの国なら、こういう場所も何だか綺麗そうだもんね」
確かに私の知る都心の『そういう場所』も、ここよりはよっぽど綺麗なものだ。
……まぁ、テレビでしか見たことは無いんだけど。
「――っていうか、そっちの名前を使うんですね」
フレデリカというのは、いつか決めた私の偽名。
こんなところで本名がバレるわけにもいかないから、ありがたい配慮だった。
「最近は有名になってるからね。アンジェリカちゃんもそういう感じで!」
「えぇー……。わたし、アンジェリカって言う名前は結構好きなんですよ……。
その名前をこの姿で名乗るのは、何だか抵抗があるというか……」
「それじゃ、今日はアンリでいきましょうか」
「安直ですね!?
……でも、今日はそれでお願いします!」
「ははは。アンリちゃんね、了解。
でもこんな場所で偽名を名乗るなんて、何だかドキドキしない?」
「「しません!」」
「あ、……そう?
……何だかごめん……」
私とエミリアさんの即答に、ジェラードはシュンとしてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あーら、お兄さん。可愛い娘を二人も連れちゃって!
酔わすのに良いお酒があるわよぉ~」
「ははは、今日はもうお店を決めてるんだ。ごめんね」
「そうなのぉ? それじゃまた来てね♪ 女の子にはサービスしちゃうから♪」
「うん、またねー」
怪しげな飲み屋の客引きを、軽くあしらいながら通りを歩く。
「さすがジェラードさん、場慣れしていますよね……」
「本当ですね。私だったら、もっとあわあわしちゃいますよ。
さすが遊びの達人……」
「一応、褒め言葉として受け取っておくよ……」
「褒めてるんですけどね?」
「うぐぐ……」
やっぱりジェラード、いつもと何だか違うなぁ?
「……ところで私たち、それなりの格好をしてますけど……どういう設定なんですか?」
「特には無いけど、遊び人の男が、遊び人の娘を二人連れている感じ?」
「ああ、どこかのお店で働いている、ってわけではないんですね」
「いや、そう見られてるかもしれないけど……。
でも実際は、こういう場所はあんまり人のことは見ていないもんだよ。
ただ『可愛い娘がいるなー』くらいで済むでしょ」
「逆にいつもの服だったら、確かに場違いでしたね。
わたしも王都暮らしは長かったですけど、ここは初めてですし――」
「そうなんですか?
……いや、そうですよね。安心しました」
「あ、違いますよ。こういう場所でも、ルーンセラフィス教の司祭が来ることもあるんですよ」
「え? お盛んですね?」
「えっ? あ、違います、仕事としてですよ、仕事として!」
「そ、そうなんですか? 早とちり、失礼しました」
「まったくですよ!
……それで、こういう場所では女性の病気が多いもので……。
治療のために、年配の司祭が訪れることがあるんです」
なるほど? こういう場所に免疫の無さそうな若い司祭が出向いたら、確かにいろいろと問題がありそうだもんね。
悟っていないと言われればそうかもしれないけど、まぁ現実的な話としては、仕方が無いか。
「――あの……すいません」
「うん? 何かな?」
通りを歩いていると、唐突に一人の男性が話し掛けてきた。
自然な流れで対応したのはジェラードだった。
「二人もいるなら、一人くれませんか?」
「……ふーん?
ははは、つまらない冗談だねぇ♪」
「そうですね、そっちの金髪の娘が良いです」
ちょっと? ……何だかこの人、おかしい人?
それに、こっちの話を聞いてないし!?
ちなみに金髪の娘……というのは、エミリアさんのことだ。
私たちは今、髪を染めているからね。
「あはは、つまらない冗談……!」
そう言いながら、私はその男性とエミリアさんの間に割り込んだ。
エミリアさんには手出しをさせない!
「……あれ? 君って案外、強気な性格?
ごめんごめん、やっぱりこっちの赤髪の娘にしたいな」
そう言いながらその男性は、私の肩に手を伸ばしてきた。
えーっと、さすがにご遠慮願いたいから、ここはアクア・ブラストかクローズ・スタンを使って――
……そんなことを考えていると、唐突にその男性は後ろの方に吹っ飛んでいった。
「ぐはっ!?
……ちょ、ちょっと君、痛いじゃないか!」
鼻から出る血を拭いながら、その男性は上半身を何とか起こしている。
「君が先に、ちょっかいを出してきたんだろう?」
ジェラードの低い声がするのと同時に、私の身体はジェラードに引き寄せられた。
「……はわっ?」
突然のことに顔を見上げると、すぐそこにジェラードの顔があった。
むぅ、この恰好でこの距離はちょっと……。これもご遠慮願いたいところだけど――
「この娘にちょっかいを出したら、次は許さないからね♪」
ザスッ!
鈍い音がした方に目をやると、倒れた男性の足元に、ジェラードの短剣が突き立っていた。
男性はそれを見て、恐怖で顔を引きつらせている。
「ひ、ひぃ!?」
「理解したかな? それじゃ、返事は?」
「ひ、酷いや!
二人もいるんだから、一人くらい――」
「まだ言うの?」
ジェラードはかなり不満そうに、倒れた男性の脇腹を蹴り飛ばした。
「ぐほ……っ! ひ、ひぃ~~っ!?」
そんな情けない悲鳴を上げたあと、その男性は這うようにして、その場から逃げていってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――と、このように」
「はい」
「ここにはちょっと変な人もいるから」
「はい」
「無謀なことはやめてね♪」
「はい」
通りの片隅で、静かにたしなめられる私。
さっきの変な人とエミリアさんの間に割って入ったことを、ジェラードから注意されていたのだ。
こればかりは申し開きができなかったので、ひたすらに注意を聞き続ける。
ここは普通と違う場所。治安の良いところから少し離れた、変な人がいるところ……。
……はい、しっかり学びました。
これからは気を付けます……。