しろせんせー(💙)×まちこりーた(💚)
???
※全年齢
お題『人形』
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Playing with a doll【💙💚】
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※大正パロ
※死ネタ、微ホラー注意
モブ視点。解説を後日雑談部屋の方に投稿する予定です。是非、そちらも合わせてお楽しみください。
◆登場人物
💙しろせんせー:白井 裕太
💚まちこりーた:葉隠 まちこ
💛ニキ:黄瀬 仁輝
💬語り手:井上 千代子
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大日本帝国、陸軍参謀。
其れが、私めの仕える白井家の一人息子、白井裕太様の御職業なので御座います。
明治天皇が崩御されて数年。新たに大正天皇が即位され、欧米では様々な戦が行われながらもこの国では束の間の平和が続いて居りました。
私─井上千代子と申します──十四のときに此の白井家に仕え始めて、五十年近く経ちましたでしょうか。平凡な老婆では有りますが、お陰で、今では女中頭も務めさせて頂いて居ります。
白井家は、代々素晴らしい軍人を輩出している家として国中でもよく知られて居りました。
現在は床に伏せ気味になって仕舞われた旦那様も、以前は戦場を纏める総帥として立派に御活躍されていたのですよ。
無論、その御子息──裕太様も大変な腕前の軍人でございます。二十四という若い年齢ながらも、東京専門学校を卒業したのち、参謀として的確に指示を出しながら影で軍を支えていらっしゃるのです。
ですが、そんな裕太様は民の前に姿を現すことは滅多に御座いません。其のせいか、世間の裕太様への印象は『冷酷将校』として伝わっておりました。
長らくここで働いている私とて、最近は殆ど顔を合わせることのない状態が続いているのでございます。
昔の裕太様は、もっと活発で明るい少年だったはず。
きっかけは、今から丁度十年前の冬のことでした。
実は裕太様には、一人の幼馴染が居らっしゃるので御座います。
名前は葉隠まちこ様。旦那様の仕事仲間の御令嬢です。裕太様よりも二つ歳上で、その肩ほどで切られた涼しげな髪を揺らす大変美しい女性でした。
お二人は大変仲が良く、お勉強や訓練の合間によく遊んでおられたのを覚えております。
共に美男美女だと持て囃されており、そのまま婚約の流れになるのも自然な流れでありました。
そんなある時、まちこ様は裕太様に告げたので御座います。
「結婚、なんてさ。せんせーは、せんせーなのにね」
そうあっけらかんという彼女に、裕太様への恋心など微塵もありませんでした。
幼馴染として共に過ごしてきた距離感が、『友達』というその関係性が、何よりも居心地が良かったのでしょう。
「っやけどまちこ、俺は…っ」
対して裕太様は、この言葉に酷く憔悴されておりました。裕太様はまちこ様に確実な恋心を向けており、まちこ様もそうであると当然のように思い込まれていたからです。
その後も特に恋愛的な進展はなく、まちこ様の気持ちが裕太様に向くことはありませんでした。
気づけば年月が過ぎ、ある冬のことです。──そう、それが十年前のことなのです。
その日は、雪が降っておりました。お二人はいつものように、大変楽しそうにお話をしておられました。
「…私、さ。ニキニキのこと、好きかもしんない」
「…はっ、?」
ニキニキ、というのは、裕太様の親友である黄瀬仁輝様のこと。現在では陸軍大佐を務めていらっしゃる、優秀なお方です。
まちこ様のことが昔から好きでいらした裕太様にとって、この告白は大変複雑なものだったことでしょう。
「……ちょっと、散歩せえへん?」
少し歪んだ表情を隠しながら歩き出す裕太様の背中は、どこか痛々しいものでありました。
お二人はもう十四歳。独り立ちも考え始めるようなお年頃です。
そんなお二方がお散歩へ行かれるということで、私は旦那様の執務室でのお仕事に戻りました。
旦那様にもその旨をお伝えしましたが、「大丈夫だろう」とお笑いになりました。
──ですが、それは全て間違いだったのです。お二人が帰ってくるまで、しっかりと見守っておくべきだったのです。
夕刻になってお二人の様子を見にと歩いていけば、裕太様のお部屋から啜り泣くような声が聞こえてきました。私は驚いて、すぐにその扉を開けたのです。
「井上さん…ッ、まちこが、まちこがっ…!」
そう泣きながら仰る裕太様を宥め、お話を聞いてみると、お散歩中にまちこ様が行方不明になってしまわれたと告げられました。それを聞いた私は、すぐに旦那様に報告したのでございます。
大変高貴な身分のご令嬢が行方不明ということで、長い間大人数での大規模な捜索が続けられました。ですが、証拠の一つも得ることができず。
結局、何年経ってもまちこ様が帰ってくることはありませんでした。
それからです。裕太様が、自室から殆ど出てこられなくなったのは。学校に行く時以外は、殆どお部屋から出られなくなってしまわれたのです。
そんな裕太様には、最近、奇妙な噂が流れておりました。更に、それは外部からのものではなく、白井家の使用人やその周辺の者達──いわゆる、内部からの噂。信憑性も高まるというものです。
流れている噂というのは、裕太様はよくお人形で遊ばれている、という実に奇妙なものでした。なんでも、裕太様のお部屋から、夜中に人形に話しかけるような話し声が聞こえてくるのだとか。
旦那様や奥様が、裕太様にお人形を差し上げられていた記憶はございません。そもそも、裕太様が幼い頃にお人形遊びをされていた記憶もございません。
──そう。だから、裕太様のお部屋にお人形なんてあるはずがないのです。
ある日、ついにその噂は私の元にまで舞い込んで参りました。私の部下が、次々に辞めたいと辞表を差し出してきたのです。
どうして、と理由を尋ねるも、彼女たちは断固として口を開きません。ですが、度重なる部下たちの辞職を見ていれば、ふと気づいたことがありました。
──辞めていく部下たちは皆、その直前に裕太様のお部屋の掃除に入っていたのです。
裕太様のお部屋は基本整頓されており、ご本人の希望もあって私たち使用人がお掃除に入ることは滅多にありません。
ただし、お仕事等で裕太様がお部屋を空けている時は話は別。そんな時は、順を回して私たちがお掃除をすることになっていました。
しばらく裕太様は戦もなくご在宅だったためお部屋に足を踏み入れることはありませんでしたが、最近またお仕事がお忙しくなってこられたようで。
少し前から、一週間に一度ほどそのお部屋に足を踏み入れ、使用人でお掃除をさせて頂いているのでした。
存在するはずのない“お人形”の噂。
裕太様のお部屋の掃除を担当した使用人達が、次々に辞めていく事実。
なんらかの結びつきがないと考えるほうが不自然です。
女中頭として、これほどまでに噂が広まり、辞職者が出ているのを無視することはできません。さっそくお仕事の分担を切り替え、私は次に裕太様がお仕事でいらっしゃらない日、裕太様のお部屋のお掃除に入らせて頂くことになりました。
裕太様のお部屋のお掃除を担当させて頂く当日。
そのあまりに異様な光景に、私は目を見剥くことになります。
たくさんの使用人達が辞めていくほどの“人形”──私はせいぜい、恐ろしい異国の人形だと思っておりました。仕事柄、裕太様の周りには異国のものもよく流通しているからです。
だから。
──まさか裕太様のお部屋にこんなものがあるなんて、誰が思っていたことでしょう。
私はまず、ゆっくりとその重たい扉を開けました。
一見よく整頓された、何の変哲もない書斎のようなお部屋です。裕太様個人の寝室や納戸へ続く扉も、しっかりと閉められておりました。
(…やっぱり、何も無いのかしらねぇ……)
不思議に思いながら淡々とお掃除をしていると、突然ガタッ、と大きな物音がしました。──寝室、いえ、納戸のほうからです。
ふいに、背中に冷たい悪寒が走りました。開けてはいけない、恐ろしいものが待っている。そう本能が告げているのです。
しかし、恐怖と好奇心は紙一重。
もうこの高齢の身、好奇心なんてものは消え失せた。そう思っていたのに、なんということでしょう。
頭の中では警告が鳴っているのに、私の足は止まることなく納戸の方へ向かっていきました。
気づけば扉に手を掛け、ゆっくりと握り玉を右に捻ってその重い扉を押します。
納戸──つまり物置のはずなのに、その小さな部屋には埃ひとつありませんでした。黴のような湿り気のある臭いも、何一つありません。確実に、寝室や書斎よりも掃除が行き届いていました。
ですが、私が驚き、腰を抜かしかけたのはこれではありません。
薄暗く、狭い室内でそっと顔を上げて目に入ってきたのは、約一・五米くらいの大きな女の“人形”でした。
成人女性一人、等身大といったところでしょうか。
肌は青白く、痩せこけたその人形。不気味さはそこらのドールや日本人形よりも上でしょう。
それに対比するように艶々の髪はよく手入れされていて、納戸の隅には櫛と椿油が桶と共に置かれていました。
──そして、何より。
この時代には珍しくさっぱりと短く切られた、美しい緑がかった髪。見覚えのある左目の泣きぼくろ。
古い記憶の中にある、彼女にそっくりなのです。そう、十年前に失踪された、まちこ様に。
そのお人形から、生気は感じられませんでした。
当たり前です。どんなにまちこ様そっくりでいても、あくまで目の前にあるこれは“人形”なのですから。
私はそっと手を伸ばし、その青白い肌にゆっくりと触れました。恐怖に震えながらも、私には本物のまちこ様が目の前にいるように感じたのです。
「……う…え、さん…」
彼女に触れた瞬間、その唇が微かに動いた気がしました。冷たい肌にどこかぬくもりを感じて、すぐに手を引っ込めます。
「まちこ、様……?」
私はしばらく呆けておりましたが、恐ろしくなって、慌てて納戸から飛び出しました。
仄かに残る、そのぬくもりのある感触。
私を呼ぶような微かな声。
本当に綺麗で唯一無二のその声は、まちこ様の声そのものでした。
──人形にぬくもりなんて、あるはずがありません。ましてや、人形が喋るなんて以ての外です。
そういえば、屋敷に備蓄されている食べ物が減っているように感じるという噂も聞いた事がありました。
途端に、背筋に寒気が走ります。
そう。裕太様のお部屋にあったのは、お人形なんかでは御座いませんでした。
つまり、私が見たものは───
◆ ◆ ◆
長らくこの屋敷に勤めていた井上が辞めたらしい。
俺がその話を耳にしたのは、数日の出張から帰ったあとだった。
(…惜しいな、使える奴だったのに)
彼奴が居なければ、俺がこうして未だ彼女と一緒にいることは絶対に無かったはずだ。
「──まちこちゃーん、ほら。ご飯やで」
備蓄の食べ物と水を適当に取って彼女──もとい、愛しのまちこに食べさせる。
「…せん、せ、」
途切れ途切れの、透き通るような綺麗な声。
妙な噂が立っているようだが、無論、これは人形なんていう馬鹿げたものでは無い。
十年前に失踪した──ということになっている、葉隠まちこ、その人である。
十年前──。
散歩に行く、と言って向かったのは、寒い寒い雪の中。まちこが寒さに弱いことを知っていて、わざと連れ出した。
「せん、せ…さむ、い……」
そう残して倒れた雪の中に倒れた彼女。
俺は口元が上がるのを隠しきれずに、自室の納戸に彼女を寝かせた。
「…これで、ずっとずぅっと一緒やな♡」
それからこれまでずっと、犯罪まがいのことを続けてきた。
──でも。
俺の事を好きにならなかった、ニキなんかに想いを寄せていた、全部全部まちこが悪いんだ。
「…せん、せ、たす、」
そう俺を見上げる彼女の瞼にそっと接吻をして、俺はゆっくりと納戸の扉を閉めた。
「──愛しとるで、まちこ♡」
たすけて、と。こんなの間違ってる、と。
彼女は、何度でも言う。
しかしそれは、俺の耳には何も入ってこなかった。
コメント
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井上さん目線の時の言葉などが、まさに大正時代の言葉使いだったり、昔の言葉になっているのが凄いと思いました… せんせーの狂った愛系、大好きです