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「恋弁(れんか)は毎回手伝ってんのー?」
糸が体育館を歩きながら恋弁に聞く。
「毎回ではないよ。たまに。お願いされて」
「愛しの風善(ふうぜん)くんからねぇ〜?」
と半回転し、恋弁の前に踊り出る糸。
「は!?なに言ってんの?」
「ぬははぁ〜」
ともう半回転する糸。恋弁は体育館倉庫のドアのドアノブを握る。
ドアはスライドドアでゴミが噛んでいるのか、タイヤが錆びているのか
スライドするときに少し開きづらく、ガゴゴと少し重いドアを開く。そこにはバレーボール
平均台、跳び箱、マットなど体育や部活で使うようなものがたくさん置いてあった。
キュルキャルキュル。古いような、少し錆びたような音をさせながら
バスケットボールの入ったキャスター付きのカゴを体育館倉庫から出してくる恋弁(れんか)。
その後ろをついて歩く3人。
「あとはぁ〜雑巾だ」
「雑巾?」
「バッシュの靴底を拭くためにそこらへんに置いとくための雑巾」
「へぇ〜」
「へぇ〜」
「へぇ〜」
感心する3人。
「少し濡らした雑巾の横に乾いた雑巾置いとく感じ」
と恋弁が説明していると
「濡れた方で拭いてから乾拭きするとブレーキの効きが良くなるんです」
と風善(ふうぜん)が会話に入ってきた。
「風善くん!」
「どうもです。皆さんお揃いでどうしたんですか?」
と言いながら右足を後ろに反らせ、バスケットボールシューズの靴の裏を右掌で拭くような仕草をする風善。
「付き添いです!」
「付き添い?保護者的な?」
と微笑み足を変える。
「ですです!主に恋愛において保護者が必要かと」
と糸が笑いを堪えながら恋弁の方に手を置く。
「は!?なに言ってんの!?」
恋弁はカゴからバスケットボールを手に取り糸に投げる。
「へーい」
スルリかわす糸。恋弁はもう1球糸に投げるがかわされる。
「へいへーい。かもんかもーん」
「これは気持ちの問題。気持ちを込めればあたる…」
バスケットボールを抱え、気持ちを込めて投げる。
しかし気持ちを込めすぎたのか、バスケットボールはあらぬ方向へ飛んでいき、バスッ。
「おぉ。ナイスパス」
と風善に飛んでいった。
「あらっ」
糸が嬉しそうに手で口元を押さえる。糸がちょこちょこと恋弁に近寄り耳元で
「気持ちが届きましたなぁ〜」
とニマニマしながら言うと
「マジで」
と今度は糸と恋弁の追いかけっこが始まった。
「仲良いなぁ〜」
と微笑みながら追いかけっこを眺める風善。
「あ、実は恋弁がバスケ部の手伝いをするっていうので、私たちもなにかできたらなと思いまして」
とヨルコが風善に言う。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
とバスケットボールを抱え、ペコリと頭を下げる風善。
「いえいえ」
「ただぁ〜…。兄ちゃんのほうが手伝いを欲してそうなんですけどね」
「サッカー部?」
「はい。ほら、バスケ部は体育館でやるし
コートも…まあ広いんですけどサッカー部のほうが広いので
エリア外にボール出たときとかボール広い行くのめんどくさいし
カゴからボール出してくれる人も欲しいだろうし、得点やってくれる人も欲しいだろうし」
「なるほど」
「はい。あと今度他校行って練習する予定があるとかぁ〜…ないとか」
「そうなんですね」
「そうなんです。だから、まあ練習とはいえ他校との練習なんで気合い入れたいから
得点とかボール出しをしてくれる人がいたら、その分練習に充てられるかなぁ〜って」
「なるほど。じゃあ、バスケ部はあの2人」
とヨルコが追いかけっこをしてバテた恋弁の周りをちょこまかと動き回る糸。2人に視線を送る。
「あ、私中がいい」
と嶺杏(れあ)がスマホごと右手を軽く挙げる。
「嶺杏は体育館ね。じゃあぁ〜…」
「ま、恋弁は元々バスケ部手伝う予定だったんだし
あの体力有り余ってるバカ連れてけばいいよ。ボール追っかけるでしょ。犬みたいに」
ということで
「おぉ!イサさんに女楽国(にょたくに)!手伝ってくれるんですか!」
体育館のバスケ部の手伝いは恋弁と嶺杏、校庭のサッカー部の手伝いは糸とヨルコがすることになった。
「はい。微力ながら」
「しゃーなしよ、しゃーなし」
「いやぁ〜しゃーなしでも助かる!
実はまだ決定ではないんだけど、他校で練習試合するかもってうちの顧問が言っててさ。
レギュラーまだ決まってないけど、ま、レギュラーであろうメンバーと
控えであろうメンバーも、練習試合だから出番あるだろうって割と気合い入ってるもんで。
助かります。ありがとうございます!」
糸とヨルコに頭を下げる雲善(うんぜん)。
「いえいえ。全然全然」
「おぉ。こんな真面目な雲善初めて見た」
と驚く糸。
「じゃ、イサさんが得点お願いします。女楽国はボール頼んだ!」
「なんで私ボールなんよ!」
「え。いや、イサさん元サッカー部だからある程度わかるかなーって。
あんまサッカー知らん女楽国でもボール投げるくらいは簡単にできるだろうな。って」
「おぉ。気遣ってんだかバカにしてんだか微妙なラインだけど
おそらく気を遣ってくれてんだろう。ありがとう」
自分で納得してお礼を言う糸。
「ホイッスルが鳴ったら手挙げたやつにボール投げて。あ、蹴ってもいいけどー…」
「ん?」
「パンツ見えるか」
と雲善が糸のスカートを見る。糸はスカートを押さえて
「どこ見てんだよ!」
と半分照れ顔で雲善を睨みつける。その顔に
え、かわいっ
っと思った雲善。その意識を現実に引き戻すように
「雲ぜーん!始めるぞー!」
と部長が声をかけた。
「うーす!じゃ、2人ともお願いします!」
と言って走っていった。その途中で振り返って
「あ!女楽国!エリア外出たボール、暇なとき拾っといてー!」
と笑顔で糸に言った。
「結局拾わされんのか」
ということで試合開始のホイッスルが鳴り、ゼッケン組対ゼッケン無し組の試合が始まった。
雲善はゼッケン無し組。理由はゼッケンはダサくて着けたくないから。
同じ高校内の対決、そして顧問の先生も実力に偏りが出ないように
メンバーを振り分けているため、なかなかゴールは入らない。
「ヨルコー。サッカーってこんなもんなのー?」
「こんなもんだね」
「全然ゴール決まらんじゃん」
「だからおもしろん…じゃない?」
「じゃない?って。経験者」
と笑う糸。ホイッスルが鳴り、選手が手を挙げたので
糸がサッカーボールの入ったカゴからボールを取り出し蹴ろうと思ったが
「パンツ見えるか」
という雲善の言葉を思い出し、投げることにした。
するとすぐの雲善にパスが回り、雲善の表情が明らかに生き生きとし始める。
足の速さはそこまででもないものの、ボール捌きが異常に上手い。
「おぉ。なんかすぎょい」
サッカー知識ほぼゼロの糸も感嘆の声を上げる。
「楽しそう」
ヨルコも思わず呟く。そう。ボールを持った雲善の顔は楽しい表情そのものである。
「たしかに楽しそう」
ヨルコと糸の横を通り過ぎる。
え。カッコいい?
と思った糸。雲善が仲間にパスを出す。
事前のチームでの作戦としては「雲善から回ってきたパスは即雲善に返す」というものだった。
なのでパスを受けた仲間がすぐに雲善にパスを返す。
そうやってパスを繋いでいるうちにどんどん相手チームのゴールの前に攻め込んで行った。
ゴール前まで来て、パスする仲間もゴール前に集まる。しかし仲間が来ているということは
仲間についているマーク、相手も必然的に来ているということになる。
「おぉ!」
糸も盛り上がる。雲善はパスを出した瞬間すぐに動き、仲間が見やすいように手を伸ばし、無言で
「ここ!」
と示しているため、仲間もパスが出しやすい。仮に少し目測と外れたところにパスが行ったとしても
雲善は長い足でスライディングするようにボールに足を伸ばし
すぐに別の仲間にパスを出し、体勢を整えてからまたパスをもらう。
雲善は仲間の位置把握、そしてボールへの執着、ボールキープ力
さらには華麗なボール捌き、すべてに長けているのだ。
「これが「猫の雲客(うんかく)」という異名を持つ雲善様の力よ!意味は知らんけど!」
と仲間にパスを出し、即座に仲間が雲善にボールを返すことで
まるで雲のようにスルスルと相手の隙間を縫って、ついにはゴールキーパーと1対1ということになった。
「雲善様が世界一のエゴイストじゃい!」
と足を後ろに振り上げる。
「「おぉ!」」
糸とヨルコも思わず声が出る。しかし
「あぁ…」
と言う糸。その視線の先には雲善の右側からスライディングしてくるゼッケンを着けた選手が。
ゼッケンを着けたその選手も
残念だったな雲善。1年の中では抜きに出てたお前だったが、2年ではそうはいかねぇ。
後輩にも尊敬されたいんでね!
とゴールを阻止できることを確信していた。そしてゼッケンを着けた仲間も
よし!ナイス!
行け!ファウルでもいい!
いっつも雲善ばっかカッコいいから、今日こそカッコ悪いとこ見たんねん!
と願っていた。スライディングし
伸ばしたその足があと数センチでボールに触れる。というところでボールが雲のように消えた。
「へ?」
スライディングは空振り。スライディング中、顔に影が落ちた。
スライディングしながら顔を上げる。するとそこにはニヤッっと笑った雲善がいた。
そう。スライディングしてくるのが見えた雲善は直前でボールを宙に上げ
自分もジャンプしてスライディングをかわしたのだ。
「“世界一”のエゴイストだっつったろ?」
と得意気な顔で空中でボールを蹴ってみせた。
蹴られたボールはゴールの左下、ゴールポストギリギリに吸い込まれるようにゴールに入っていった。ピピー!
「しゃー!」
仲間が駆け寄る。
「ナイス雲善!」
「カッコよすぎだろ!」
「さすが猫の雲客(うんかく)!」
「それどーゆー意味なん」
とわちゃわちゃ笑っていた。
「え。カッコよ」
思わず口をついて出た糸。雲善が糸のほうを向き、満面の笑顔でピースを突き上げた。
「おぉ…」
糸も拳を挙げる。
「サッカーおもろ」
「たしかにおもしろい」
とサッカーの面白さの片鱗に触れた糸とヨルコ。
その後も雲善の活躍により、4対1でゼッケン無し組の勝利となった。
「ふぅ〜…。疲れたぁ〜」
と糸の近くに座る雲善。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
「ありがとうございます。…ふぅ〜…」
雲善が水筒の飲み物をガブ飲みする。
「うめぇー!」
「うまいんだね」
「いやぁ〜うまいね。活躍した後はなおさら
ラブデリ(ラブデリシャスというスポーツドリンクの略称)がうまい!」
「いや、ラブデリの話じゃなくて」
「?」
「サッカー。うまいんだねって」
糸が言う。
「あぁ、そっちな?サンキュー。ま、好きだからな」
と言う雲善の横顔が異常に魅力的に感じる糸。後ろを向き
「え。今カッコいいって思った?魅力を感じた?雲善に?“あの”雲善に?…いやいやいやいや」
と呟く。
「ん?どーかした?」
「いや…。なんでもない」
という2人を微笑ましく見守るヨルコ。サッカー部が終わり、バスケ部も終わり、それぞれ片付けも済ませた。
「んじゃー帰りますか!」
「うん。そうだね」
「バスケ部どうだった?」
「どうだったとは?」
「いやぁ〜そりゃぁ〜風善くんよ」
「そこは」
と嶺杏(れあ)が発言を恋弁に譲る。
「ん?」
「どうだったん?どうだったん?」
ニマニマ顔で恋弁に擦り寄る糸。
「…まあ…いつも通り…」
「ほおほお。いつも通りカッコよかったと」
「いっ、言ってない!…よね?」
「言ってない言ってない」
と笑うヨルコ。
「今し方の自分の発言に自信持て」
と笑う嶺杏。女子は4人で和気藹々、仲良く帰った。
「ふーちゃぁーん」
「兄ちゃん。お疲れ」
「ふーちゃんもお疲れさん!」
「ご機嫌じゃん。…ま、いつもか」
「んふふ〜」
「あ、やっぱりいつもよりご機嫌だ」
「今日はいつもより調子良かった」
「おぉ。じゃあ他校との練習試合も勝てそう?」
「もちろん!この雲善様がいるからな!…あと応援も来て欲しいなぁ〜」
「応援か。母さんと父さん、姉ちゃんたち?」
「いや、そこは別にいい。なんなら気が散る」
「じゃあ、誰?」
「いやね」
と雲善、風善、木扉島(ことじま)兄弟も仲良く帰っていった。